10「レオ君の、ばか…」


「皆、お正月はゆっくりと休むことが出来ましたか?今年もこうして皆で新年を迎えることが出来て、とても嬉しい限りです。 それでは、魔族のさらなる繁栄と皆様のご健勝を願って、乾杯!!!」
「「「「かんぱーーーいっ!!!!」」」」
「…かんぱーい」

カンッと樽ジョッキがぶつかり合う音が食堂に響き渡る。 レオ君の乾杯の音頭を合図に、楽しそうにエールを飲み始める皆とは裏腹に、私はムスッと頬を膨らませグラスに注がれたオレンジジュースをちびちびと飲んでいた。

「なまえちゃん、お酒弱いんだっけ?」
「そうなの…私お酒好きなんだけど、とにかく弱くって、少し飲むだけで記憶飛んじゃうんだよね…」

お正月が明けてから1週間程過ぎた頃に毎年行われる魔王城新年会。 今年の抱負や年間行事の発表など、心を新たにして1年の始まりを祝うの日…というのは建前で、皆でデロデロになるまで飲み明かす日、と言った方がしっくりくる。 私もこれに乗じて浴びるようにお酒を飲めれば良いのだけど、いかんせんお酒にはめっぽう弱い。 毎年始まってすぐに酔ってしまうので、私の新年会の記憶は始まりを知らせるレオ君の乾杯の音頭のみと言っても過言ではないのである。

「お酒強そうなのに、意外だね」
「それよく言われるんだー!いつもなら調子に乗って飲んじゃうんだけど、今年はレオ君に絶対飲まないように!って釘刺されてるの。 記憶にないから分からないんだけど、よっぽど迷惑かけたのかと思うと、飲まない方が良いかなあって…あーあ、皆が羨ましい」
「よしよし」
「ふふっ、私いつも姫によしよしされてるねぇ」
「本当、いつも困ったもんだよ」

ホカホカと暖かいホリ=ゴ・ターツに入りながら、姫と冗談を言って笑い合う。 正直なところ、お酒が飲めないことをそこまで辛いと思ったことはないけれど、楽しそうにしている皆を見るとやっぱり羨ましくなってしまうのが性というもので。 私はやけになって、手元のオレンジジュースをグイッと一気に喉に流し込んだ。 すぐ近くでグビグビと喉を鳴らしてエールを飲む睡魔さんを発見し、羨ましいあまりジーっと見つめてしまう。 コクッコクッと喉元が動いて、いい飲みっぷりだ。 私もあんなに清々しい一気飲みをしてみたい…!そう思いながら、そのまま彼の喉元をジッと見つめる。

「見過ぎだよ、なまえちゃん…ッ!」
「ひゃっ、」

睡魔さんを見つめる私の目の前が突然暗くなった。 冷んやりした手の平が私の瞼に当たり驚いて声を上げてしまう。 その直後に頭上から大好きな彼の声が聞こえてきて、ホッと胸をなでおろした。

「レオ君…?ど、どうしたんですか?」
「それはこちらのセリフだよ…っ!ど、どうしてそんなに睡魔を見つめていたんだいっ!?」

後ろに立って私の顔を両手の平で覆っている彼は、なんだかとても焦っている様子。 そんな彼に私は睡魔さんを見つめていた理由を話そうと口を開いた。

「えっと、お酒をあんなに気持ち良さそうに一気飲み出来て羨ましいなぁと思って…」
「…えっ!?あ、そ、そうだったんだね、ごめんっ、私はてっきり…!」

てっきり、そう言ってレオ君はそのまま黙り込んでしまった。 私の瞼の上にある彼の手の平が少し熱を帯びてきて、そこで私は気づく。 …私が睡魔さんに見惚れてるって勘違いしたんじゃない?…可愛過ぎかッ!!!!どれだけ想いを伝えても、名前で呼び合うようになっても、彼の心配性は一向に治らない。 こんなにレオ君のことが大好きなのに何を心配する必要があるのかと思うが、こうやって心配して私の元へ駆けつけてくれる彼が堪らなく愛おしい。 …そうだ、良いこと思いついちゃった!ふふふと心の中でにたりと笑う。 今だに私の瞼の上にある彼の両手にそっと自分の手を重ね、ゆっくりと指を絡ませた。

「!?」
「ねぇレオ君、『てっきり』、どうしたの?」
「えっ!?あ、いや、その…っ!」
「…私が睡魔さんに見惚れてるって、思った?」
「…ッ、!」

やはり図星だったのか、またもや黙り込む彼に思わずフフッと笑みがこぼれる。 独占欲を丸出しにしてくれる彼がどうしようもなく可愛く思えて、胸がきゅううんと切なくなる。 大好きが過ぎてどうにかなってしまいそうだ。 堪らなくなった私は握りしめた彼の手を自分のお腹へと回す。 グイッと少し強引に引っ張り、彼もホリ=ゴ・ターツに入るよう布団の中に引きずり込んだ。 すると、彼に後ろから抱きしめられているような体勢になる。

「ッ!?!?!?」
「ふふっ、レオ君大っきいから、私の体すっぽり収まっちゃった」
「ッ、!!あ、あのなまえちゃん?、こ、この体勢はッ、ちょ、ちょちょっと、まずいというか…っ!ほ、ほら!皆も見ているし!ねっ?」

せっかく触れ合っているのに、私から離れたがる彼に、悲しい気持ちが溢れてくる。 私とくっつくの嫌なんだ…そう思うと目頭が段々と熱くなってきて、思わず俯いてしまった。

「…っ、なまえちゃん、?」
「…私はレオ君ともっとくっついていたいのに、レオ君は違うの?」
「っッッなまえちゃん!?!?」

すぐ後ろにいる彼を見上げて問いかける。 私の問いかけに顔を真っ赤にしたまま狼狽える彼に痺れを切らした私は、ぐるんと体の向きを変え彼の膝の上に跨った。

「レオ君が離れるなら、私がくっつくもん!離さないんだからっ」
「なまえちゃぁぁんッ!?!?」

レオ君の腰に手を回しギュッと力を込める。 大きな声で私の名前を呼ぶ彼を無視して、ピタッと体を密着させた。 温厚な彼のイメージとは正反対のしっかりとした胸板にまたキュンっと胸が高鳴ってしまう。 このギャップが堪らないのだ。 私は鼻いっぱいにレオ君の香りを吸い込んで、スリスリと胸に擦り寄った。

「…レオ君の大きな体、だいすき。 男の人なんだなぁって、ドキドキしちゃうもん」
「なまえちゃんッッ!?、こ、これ以上からかうつもりなら、流石の私もっ、怒るよ!?」
「怒っちゃ、ダメです!めっ!」
「うぐっ…ッッ!!(あーーー!!!もうッッッッ!!!『めっ!』って何!?可愛いが過ぎるよッ!?!?)」
「何をやっとるんだ、お前さん達は…」
「あ、師匠」

私とレオ君が騒いでいると睡魔さんがふわぁっとあくびをしながら、そばに寄ってくる。 呆れた様子で私たちを見ている彼は、チラリとホリ=ゴ・ターツの方を見ると、気怠げに口を開いた。

「お前さんが飲んでたそれ、酒じゃないか?」
「へ?」
「えっ!?!?」
「ぬっ?」

それ、と睡魔さんが指差す先にあるのは私が先程まで飲んでいたオレンジジュースのグラスだった。 …え、これがお酒?…オレンジの甘い味がしたし、そんなわけ…ないよね?え?

「これ、お酒なの?」
「おそらくカクテルだな、カシスかブロッサムか…とにかくオレンジで割ってあったんだろう」
「だ、大丈夫かい?君はお酒に強くないはずなのに…」

言われてみれば、なんだか頭の中がぽわーんとしている気がする。 酔いというのは厄介なもので、自覚すると余計に回ってくる気がしてくるのだ。 それでも過去に飲んだときよりも、意識がハッキリしていることに気が大きくなった私は、目の前で私を心配そうに見つめるレオ君に、またもや甘えるように抱きついた。

「っッッ!?あ、あの、なまえちゃん!?」
「こんな時しか独り占めできないから、今のうちに堪能しておきますっ!」
「っッッ!君はまた、そんなことを…っ!す、睡魔っ!た、頼む!私には(この状況がご褒美過ぎて)彼女を振りほどくことが出来ないんだ…ッ!代わりにお前が…!!!」
「おーおー、お熱いことで。 お前さん、心の声がダダ漏れだぞ?オレ達はお邪魔みたいだし、退散するとしようか、姫」
「睡魔!?お前っ、ちょっと、待って、」
「ウン、そうだね。 レオ君…ヘタレで年甲斐も無く恋に浮かれちゃって空回りしてるレオ君には、またとないチャンスなんだから…君もしっかり堪能しとかないと」
「何ひとつ間違ってないのが辛い!!!そうなんだよっ!?最もな意見なんだけどね…ッ!?ひ、姫からも、なまえちゃんに離れるよう言ってくれないかい…?こ、これじゃあ、私が(なまえちゃんのあまりの可愛さに)耐えられない…っ!!!」

あーだこーだと、睡魔さんと姫に必死に声を上げるレオ君。 私がこんなにも甘えているのに、離れようとするなんて!!!私が腰にギュッと手を回しているにも関わらず、彼の手は宙に彷徨ったまま行き場を失っている。 …抱きしめ返してほしいのに!そんな欲張りな心が溢れてきてしまって、止まらない。 向かい合っているのに目も合わないし。 なんだか私ばかり彼を求めているようで、虚しくなってきた。 …あぁ、やっぱり慣れないお酒なんて飲むもんじゃないと、酔った頭の中の冷静な私が囁く。 それでも甘えたい気持ちが上回り、乙女心をちっとも分かっていない彼にモヤっとしてしまう。

「……」
「あ、あれ?なまえちゃん、?どうしたんだい?も、もしかして、気分が悪くなったんじゃ…!?」
「レオ君の、ばか…」
「えっ、?」

大人しく黙り込んだ私を心配するレオ君に、私はポツリと呟く。 思いがけない言葉に慌てている姿でさえ、可愛くて好き、なんて思うんだから本当に重症だ。

「レオ君、ギュッてして?」
「へっ!?な、なななな、そ、そんなこと、」
「そこで抱きしめられないなんて、男が廃るぞー」
「ソウダソウダー」
「退散したんじゃないんかい!!!ちょっと黙っててくれるかなっ!?そこの睡眠マニアたちは!!!!…なまえちゃんっ、あ、あの、こういうことは、こんなところでするものじゃないし、ね?」

諭すように言う彼に、自分が我が儘な子供みたいだと突きつけられているようで、虚しさばかりが募っていく。 確かに彼の言う通り、こんな恋人同士のやりとりは人前でするものじゃないけれど…頑なに私を止めようとする彼に、私の不満はついに爆発した。

「どうしてそんなに嫌がるんですかっ!冷静なんですかっ!私ばっかり、欲求不満なんですかっ!」
「な、っ!?」
「もっと、レオ君に触れたいのにっ、レオ君は違うの…??」
「…っ、!!!あぁぁぁ!!!もう!!!」
「ひゃっ!?」
「おお…!」
「おーおー、やっとか、レオにしては中々やるじゃないか」

レオ君は突然大きな声で叫んだ後、ガバッと私の背に腕を回す。 ギューっと少し痛いくらい胸に私の顔を押し付けて抱きしめてくれた。

「んぐっ、れ、レオ君、くるしっ」
「…君が悪いんだよ?あんなに私を煽るから…」
「…ひゃっ、!」

私の耳元でソッと囁かれる甘い声にゾクゾクっと体が震える。 腰が砕けてしまい足に力が入らなくて、くたりとレオ君の胸に寄りかかってしまう。 それでも難無く私を抱きとめてくれる男らしい姿にまたもやキュンッと胸が高鳴った。 本当にどれだけ私を夢中にさせたら気が済むの…!!!

「レオ君、すき、だいすき」
「っ、ハァァァ、本当に君は…っ!」
「…?ど、どうしたの?」

溢れる気持ちを言葉にして伝えれば、返ってきたのはハァァと大きなため息で、私は少し不安になる。 彼を見上げると、眉を寄せて苦しそうな表情のレオ君がいて、さらに私の不安は膨れ上がった。 そんな私の心配をよそに彼はソッと私の耳元に口を寄せるとまたしても甘い声で囁き始める。

「…私が冷静に見える?いつもいっぱいいっぱいなのに…それに欲求不満なのは、私も同じだよ」
「えっ?」
「毎日君に触れたくて、仕方ないのに…我慢してるこちらの身にもなってほしいくらいだよ」
「…ッ!そ、れって、」
「っ、!?」

カァァッと顔に熱が集まる。 とてつもなく恥ずかしいけど嬉しさが勝って、思わずふにゃりと目尻が下がってニヤついてしまった。 そんな私のだらしない表情を見たレオ君は焦るように、またもやガバッと私を胸の中に閉じ込める。 も、もしかして、隠したいほど変な顔してた!?ど、どうしよう…!幻滅されたかな…!?しかし、そんな私の心配は次の彼の言葉に綺麗さっぱり吹き飛ばされる。

「…だから、嫌だったんだよ。 そんなに可愛い表情、私以外に見せたくないのに」
「っッ!?(今日のレオ君、積極的過ぎて…もう、キャパオーバーだぁ…)」
「なまえちゃん…っ!?」
「こりゃ酔いが相当回ってるなぁ…起きたらお前さんの言葉、全部忘れてるんじゃないか?」
「ニヤついてる場合か!!!…なまえちゃん!?大丈夫かい!?」

普段のレオ君では考えられないような大胆な発言の数々に私は完全にノックアウト。 酔いが回った体には刺激が強過ぎた。 薄れゆく意識の中、心配そうな表情で私の名前を何度も呼ぶ彼の姿が見えて、ホッと安心した私は、そのまま眠りについたのだった。




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