CHAPTER 03 /
09「静かにっ!聞こえないでしょう!?」


「ふたりとも本来なら今日は休みのはずなのに、本当にすまないな…」

魔王様の申し訳なさそうな声が冬の寒さで静まった廊下に響く。 昨日の大掃除から一夜明けた今日、魔王城は年末年始の休暇に突入した。 実家に帰省する者もいれば、魔王城に残りゆっくりと休暇を過ごす者、それぞれが思い思いの過ごし方をする中、私は魔王様とのろいのおんがくか君と共に鳥獣エリア内の廊下を歩いていた。

「仕方ないですよ。 新しい軍歌、年明けに発表なんでしょ?それなら今の内に済ませておかないと」
「あとは最終チェックだけですし、早く終わらせてしまいましょう!」
「そう言って貰えると助かる…ふたりとも感謝するのだ!」

年明けの新年会で新しい軍歌の発表を行う予定なのだが、12月に入ってから忙しい日々が続き最終的な調整をまだ終えていなかった。 このままでは間に合わない!と急遽このメンバーで打ち合わせをすることとなり、私たちはのろいのおんがくか君の自室へと向かっているところである。
幹部である私や魔王様はまだしも、普段から様々な仕事を担当してくれているのろいのおんがくか君の折角の休みを潰してしまうことになり、申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、作曲担当の彼がいないことにはこの打ち合わせは進まないのも事実なので、本当に彼が快諾してくれて助かった。

「でも、本当に良かったのかい?君の部屋で打ち合わせなんて…」
「別に気にしなくていいよ。 皆休みモードに入ってるのに会議室とかアトリエ使ってたら、気遣っちゃうだろうし。 オレも自分の部屋の方が仕事も捗るしね」

何でもソツなくこなすのろいのおんがくか君らしい言葉に、私はさすがだなぁと感心する。 他の魔物たちのことも考えているあたり、本当に気遣いのできる子だと思わず胸がほっこりとした。

「狭い部屋ですけど、どうぞ」
「おお!すまないな…!邪魔するぞ」
「お邪魔します」

何だかんだと話している内に彼の部屋へと辿り着く。 部屋の中に案内され室内をチラリと見渡すと、しっかり者の彼らしく綺麗に整頓されていて、とても好印象だった。 あまり他人の部屋に入る事のない魔王様はどこかソワソワと落ち着きがなく、そんな姿が少し微笑ましい。

「すみません、何も無い部屋で。 何か飲み物用意しますね」
「あっ、そんな、お構いなく…!」
「う、うむ!気を遣わなくていいぞ!」
「そんなに畏まらないでくださいよ。 すぐ準備するので、適当に座っててください」
「すまないな…!」
「ありがとう…!」

飲み物を用意する為に背を向けるのろいのおんがくか君の姿を目で追いかける。 ドアを開けて部屋を出ていく彼を見て、そういえば部屋に入る手前のスペースに簡易的なキッチンがあったな、と思い出す。 …確か、隣の部屋は彼のお姉さんのハーピィちゃんの自室だったはず。 あのキッチンのあった場所は、おそらく共同スペースなのだろう。

「…そういえば、あくましゅうどうし」
「はい?」
「…昨日の件は無事に片がついたのか?」
「えっ!?」

私があれこれと考えを巡らせていると、魔王様から突然問いかけられ、思わず驚いてしまう。 …そ、そういえば!!!昨日、なまえちゃんとふたりきりになれたのは、魔王様のおかげだったんだ…っ!無事に名前を呼び合うことが出来たことに浮かれてしまって、すっかり忘れていた!!

「す、すみませんでした!魔王様…っ!!気を遣わせてしまって…おかげでゆっくり彼女と話をすることが出来ました!」
「そうか…!それなら良かったのだ!!なまえも随分悩んでいたようだから心配していたのだが…お前がずっと自身の名前のことで悩んでいたことも知っていたし…」
「魔王様…!」

魔王様の優しさに感動し、思わず目頭が熱くなる。 こんなにも私や彼女のことを想って行動してくれる彼に、やはり私は一生この方に仕えたい、と改めて心の中で決意した。

「おまたせ。 ホットコーヒーで良かった?…って、あくましゅうどうし様どうしたの?…涙ぐんでない?」
「えっ!?あ、いやぁ、あくびだよ!あくび!ここ最近忙しくて、ゆっくり眠れていなくて…!」
「…ふぅん、それならいいけど、あ、魔王様は砂糖とミルク多めでしたっけ?」

目敏く私の目が潤んでいるのを見つける彼に、慌てて言い訳をするが、鋭い彼はきっと不審に思っているに違いない。 深くは追求せず、話題をそらしてくれる彼の優しさに私はホッと胸をなでおろす。 「…多めで頼む」と少し頬を赤らめて返事する魔王様のいつも通りの姿に何故か無性に安堵を覚えた。

「それじゃあ、早速打ち合わせを始めましょうか…サビの歌詞を変更するんだっけ?」
「ここの歌詞なんだけどね、今のメロディーだと、変更後の歌詞が上手く入りきらないんだ…それを上手くまとめて欲しいんだけど…出来そうかい?」
「…ちょっと待っててくれる?少し調整してみるからさ」

私の説明を聞き終えると、のろいのおんがくか君は楽譜を開いて何かを書き込んでいく。 しんと静まり返る室内で黙々と作業を進める彼を、黙って見つめる事しか出来ない私と魔王様は手持ち無沙汰となってしまった。 ソワソワとお互いに目を合わせ、目の前に置かれたカップに手を伸ばしコーヒーを口に含んだ、その時。

『…ほっっっっっんとうにヘタレですわ!あのなまぐさしゅうどうし!!!!!!』
「ブフッ…!!!!」
「ッ!?…あっつ!!!!」
「…っ、ビックリした…何?今の声、アルラウネさん?」

壁の向こうから聞こえた声に、私は思わずコーヒーを噴き出してしまった。 魔王様も驚きのあまり、カップを持っていた手に熱いコーヒーがかかってしまったようで、涙目になっている。

「な、なぜ彼女の声が隣の部屋から…?」
「…あー、そういえば、姉さんが今日はパジャマパーティーをするって言ってたような…」
「ぱ、パジャマパーティー?」

男にはあまり縁のない言葉に、私と魔王様は困惑の表情を浮かべる。 パジャマパーティー…いわゆる女子会というやつだ。 それなら話が盛り上がり声が大きくなるのも頷ける。 …しかし聞こえた言葉が少し気になる。 なまぐさしゅうどうし…、よく分からないが、嫌な予感がする。 そんな私の予感は、次ののろいのおんがくか君の言葉で確信へと変わった。

「…姉さん、アルラウネさんの他に姫とおんなドラキュラさんも招待するって張り切ってましたよ」
「えっ!?」

アルラウネの他に姫と、なまえちゃん…まさかの展開に私は驚きを隠せず大袈裟に反応してしまう。 …ということは、先ほどの『なまぐさしゅうどうし』とはやはり私のことなんじゃ…ッ!!?

「…まぁ、ただの女子会でしょ。 楽しくおしゃべりしてるだけだと思うし、そんなに気にしなくても『そんなもの男の方から切り出すべきですわ!!!』……」
「さ、さっきから楽しそうには聞こえないのだが…?」
「…アルラウネが怒ってばかりですね」

壁の向こうから聞こえるのはアルラウネの怒声ばかりで本当になまえちゃんが隣の部屋にいるのかと疑問に思った、次の瞬間。

『え!?婚活パーティー!?』
「ッ!?」
「い、今のは、なまえの声だな…」
「……」

突然聞こえる愛しい彼女の声に、驚きまたもや大袈裟に反応してしまう。 彼女の声を聞くだけできゅうっとなる胸に、思わず顔が熱くなった。 そんな私を呆れた表情で見つめるのろいのおんがくか君の視線が痛い。 こんなことでドキドキして、本当に年甲斐のない男なのはわかっているのだ。 だから…そんな目で私を見ないでくれ…!そんな私の願いが届いたのか、彼は空気を読んでハァとひとつため息をこぼすと視線をそらしてくれた。 本当に良く出来た子だよ…それにしても先ほど聞こえたワードがとても気になる。 婚活パーティー…一体どんな話をしているのだろう、私がそう思ったちょうど同じタイミングで、魔王様が口を開く。

「い、一体何を話しているのだろうか…?」
「…こ、婚活パーティーと言ってましたよね」

情けない話だが、なまえちゃんがこの壁の向こうにいると思うとどうにも集中出来そうにない。 魔王様も彼女たちの会話の内容が気になるのかソワソワとしている。 そんな私たちを見兼ねたのか、のろいのおんがくか君はまたハァとため息をついたあと、神がかった一言を告げてくれた。

「…壁に耳でも当てれば聞こえるんじゃない?」
「す、すまないな!」
「ご、ごめんね!のろいのおんがくか君…!どうしても気になって…!!」
「もういいよ…どうせアンタ達、気になって集中出来ないだろうからさ」

諦めたような口ぶりに罪悪感が押し寄せてくるが、好奇心には勝てなかった。 すぐさま私と魔王様は壁に耳を当て、彼女たちの会話を盗み聞きし始める。 そんな私たちを心底呆れた表情で見つめるのろいのおんがくか君が目に入るが、気づかないフリをして壁の向こうの会話に意識を集中させた。

『で、でも!男性はアルラウネさんみたいな美人さんを放っておかないんじゃ!?』
『…世の中そんなに甘くないんですのよ』
『いくら美人でも、自分より稼いでる人と結婚したら尻に敷かれるとでも思ってるんですかね…?』
『俺がもっと稼いでやる!!くらいの根性を見せて欲しいものですわ…』
『アルラウネさんより稼いでる人となると…魔王様、とか…?』
「っ!?わ、我輩!?」

ここで会話が一旦途切れる。 話の流れから察するに、どうやらアルラウネが婚活パーティーに参加していたようだ。 突然自分の名前が話題に上がった魔王様は驚いたのかビクッと体を強張らせ、ソワソワとしている。 しばらく無言が続いたあと、なまえちゃんとアルラウネの声が壁越しに聞こえてきた。

『無いですわね』『無いね』
『ええっ!?』
『大体、私にも選ぶ権利はあるんですのよ?』
『そ、そんなハッキリと…!』
「……」
「ま、魔王様…」

ふたりの『無し宣言』に、ガックリと肩を落とす魔王様に、私は何も言葉を掛けられなかった。 彼女たちのあまりのハッキリな物言いに少し同情するが、次のなまえちゃんの言葉で、そんな同情はすぐに消え去ることとなる。

『あはは、タソガレくん自体は優良物件だと思うんだけどねぇ』
「優良、物件…?」
「…あ、あくましゅうどうし?お、落ち着け?」

優良物件…それは彼女にとって、魔王様が『アリ』だと言うこと。 自然と頭の中に仲良く並んで笑い合っているなまえちゃんと魔王様の姿が浮かんできて、イラッとする。 その姿をかき消すかのように、私は無意識のうちに右手を振り上げ壁をドンっ!!!と叩いていた。

「…っ!?お、おいっ、そんな大きな音を出したら気づかれてしまうだろうっ?」
「…ハッ、す、すみません…つい無意識に…!!」
「(…この人達、バカなの?)」

魔王様に言われ、ハッとする。 …わ、私は今何を…!?小声で話す魔王様に釣られて、私の声も小さくなる。 コソコソと話す私たちの様子を呆れたように見ているのろいのおんがくか君が目に入り、私はまたもやハッとして、口を開いた。

「…!ご、ごめんね、のろいのおんがくか君…っ!壁を思い切り叩いてしまって…」
「…別にそれはいいんだけどさ」
「お、おい!話が続いているぞ!」
「…!?」

私とのろいのおんがくか君の存在なんてお構い無しに壁に耳を当てたまま話の続きを聞いていた魔王様が慌てて口を開く。 その言葉に私も急いで再度、壁に耳を当てた。 ごめん!のろいのおんがくか君…!今は彼女たちの会話の内容を知るのが最優先なんだ…!

『大きな音が鳴ったのも一度だけですし、きっと大丈夫だと…そ、それよりも!アルラウネさんは、魔王様のどこが不満なんですか…!?』

ハーピィちゃんの言葉にどうやら先ほどの壁の音はこのままスルーしてもらえそうで、ホッと胸をなでおろす。 自分の話題だからか、魔王様は固唾を飲んで真剣に話を聞いているようだ。 この城のトップである魔王様が、部下の部屋で壁に耳を当てて盗み聞きしているという事実に頭を抱えたくなるが、私も同じ穴の狢だということを思い出す。 少し冷静になり恥ずかしくなってくるが、そんな羞恥心はまたしても次の会話の内容で綺麗さっぱり消え去ってしまった。

『不満、というわけではないんですのよ…ただ彼とどうこうなるなんて想像できないというか…』
『確かにタソガレくん、恋愛慣れしてないというか、初々しいというか…恋人がいるところなんて想像できませんよね』
『で、でも!なまえさんと魔王様って、仲良しだし、とってもお似合いに見えますよ!恋人だって言われても違和感ないですし!』
「とっても、お似合い…恋人…」
「…あ、あああ、あくましゅうどうし!これはあくまで一個人の意見だ!だからその振り上げた拳を今すぐ下ろせ?な?」
「ほう…このまま下ろしてもいいんですか?あなたの頭蓋に?」

『恋人でも違和感がない』そんなことを言われてみたいものだと心の底からそう思う。 実際に彼女と魔王様は、仲が良くてお似合いに見えるから困るのだ。 そう考えると沸々と怒りが湧いてくる。 私はそのまま拳を思い切り振り下ろした。

ドンッ!!!

「…っあっぶな!?本当に我輩の頭蓋を潰す気か!?…ってその言い方何なのだ!?頭蓋!?無駄に漢字を使って恐怖倍増なんだが!?」
「万が一死んでしまっても、私が蘇生してあげますからそんなに怖がらなくて大丈夫ですよ…安心して潰されてください」
「そんな恐ろしい言葉で安心できるかっ!!!」
「(本当この人達、人の部屋で何やってんだろ…)」

振り下ろした拳は、あと数センチで魔王様の脳天を貫くところだったが、犠牲になったのはまたもや何の罪もない壁だった。 私の拳を間一髪で避け、座り込んでいる魔王様が恨めしそうにこちらを睨んでいるが今の私には全く通用しない。 更にのろいのおんがくか君からは、とてつもなく冷めた視線を感じるがこれにももう慣れてしまったのか、痛くも痒くも無かった。 私が無敵の境地に達したその時、コンコンと扉をノックする音が響く。

「のろくん…?大丈夫?、さっきから凄い音が…」
「あ、姉さん」
「は、ハーピィ!?どうしてここにいるのだ…!?」
「隣の部屋にいたはずじゃ…!?」
「えっ!?魔王様にあくましゅうどうし様!?ふたりが、ど、どうしてここに…?」

なんと扉から顔を出したのは、隣の部屋にいるはずのハーピィちゃんだった。 先ほどまで壁の向こうで話していた彼女が突如現れ驚きを隠せない。 ハーピィちゃんも私たちと同じく、今の状況を理解出来ないのか、かなり驚いている様子だ。

「…あのさぁ、一度、皆落ち着かない?」

そんな中、唯一冷静さを保っているのろいのおんがくか君の声が聞こえ、皆ハッとする。
そして私たちが落ち着いたのを確認し、彼は続けて口を開いた。

「まず姉さんに今の状況を説明するから聞いて」
「えっ?、う、うん」
「オレ達は新年会で発表する新しい軍歌について打ち合わせをしていたところなんだけど、突然姉さんの部屋からアルラウネさんの声が聞こえてきたんだよね」
「そうだったの!?ご、ごめんなさいっ、騒がしくしちゃって…」
「そもそも今日から仕事は休みだから、姉さん達は悪くないよ。 そのアルラウネさんの声で、姉さんたちがパジャマパーティーしてることを思い出したんだけど…」

そう言った後、ジトーッと私と魔王様を見つめてくるのろいのおんがくか君に、私たちはギクッと体を強張らせる。 続きは自分たちで説明しろと彼の表情が語っていた。

「…お前たちの会話の内容が気になって、盗み聞きしていたのだ、すまない!!!!」
「ご、ごめんねハーピィちゃん…!隣になまえちゃんがいると思うと、どうしても気になってしまって…!!!」
「ええっ、そ、そんな頭をあげてください!…の、のろくん…っ、どうしよう!?」

バッと頭を下げる私と魔王様にハーピィちゃんは戸惑い、のろいのおんがくか君に助けを求める。 彼は、そんな私たちに頭を抱えてハァとため息をつくと、口を開いた。

「魔王様もあくましゅうどうし様も、姉さんが困ってるから頭をあげてください」
「あ、ああ」
「本当にごめんね…ハーピィちゃん」
「わ、私は全然っ!そもそも怒っていないですし…!あ、でも…」
「…?でも?」
「…あくましゅうどうし様が私たちの話を聞いていたことを、なまえさんが知ったら…」

怒っていないと言ってくれるハーピィちゃんにひとまず安心したのも束の間、なまえちゃんの名前が出てきて、サァァと顔から血の気が引いていくのが分かる。 …こ、これは何としてでも口止めしないと!!!こんな情けない姿を知られたら…!!昨日せっかく仲直りしたのが水の泡だ…!!

「は、ハーピィちゃん?」
「は、はい」
「…このことはなまえちゃんには絶対に言ってはいけないよ!?いいね?」
「はっ、はいぃ!!」

私のあまりの剣幕に怯えながら返事するハーピィちゃんに少し罪悪感を感じるが、なまえちゃんに私の醜態をバラされる方が問題だ。 すでに情けない姿は何度も見せてしまっているが、今回はまずい。 …女性同士の会話を盗み聞きしたなんて知られたら…きっと軽蔑するに違いない…っ!!!もう盗み聞きなんてみっともない真似はやめよう。 そう心の中で決意した、その時。

『えっ?、ちょっ、ひゃっ、くすぐったいです、アルラウネさんっ、』
「えっ…?」
「っなっ、なんだ、今のは、なまえの声…っ?」
「…っ!(な、なんだかとてもいやらしい声だったような…!)」
「…ハァ(また騒がしくなるな)」

壁の向こうから愛しい彼女の声が聞こえてくる。 その声は私も聞いたことの無いような、なんとも甘ったるい声で頭の中にぐわんぐわんと揺れるような衝撃が走った。 そして先ほどの決意はどこへやら、私は無意識に壁に耳を当て、彼女達の会話の続きを聞き始めてしまった。 そんな私に続き、ハーピィちゃんと魔王様が壁に耳を当て始める。

『も、もう勘弁してくださいっ、…』
『…あら?この下着可愛いですわね』
「しっ、下着っ?!脱がせているのか…!?」
「そっ、そそそそんなっ、破廉恥です〜!!」
「静かにっ!!!聞こえないでしょう!?」
「…(オレもう、転職しようかな)」

私の言葉に口を固く閉じ、再び壁に耳を当てるふたりを横目に私ももう一度、壁の向こうの会話に意識を向ける。

『…あなた、本当に可愛いことしますのね』
『えっ!?』
『この下着、あくましゅうどうしさんをイメージしているのでしょう?』
『っ!?!?な、なな、なんでっ、!?』
『うふふ、この深い藍色に金の刺繍…彼のイメージカラーにピッタリですもの』
「藍色に、金の、刺繍…?」
「…っ、なまえのやつ、なんて大胆な事を…っ!って、あくましゅうどうし!?だ、大丈夫か!?気をしっかり持て…!!!」

魔王様の私を呼びかける声が聞こえるが、今はそれどころではない。 …私をイメージした、下着…?藍色に金色の刺繍、まさに私の普段の服装や髪や角の色合いに似ているが…そ、そんなまさか、もしそれが本当なら、…とんでもなく、嬉しいけど…ッ!!!男の性なのか、頭の中に藍色の下着を身につけた彼女の姿が浮かび、体がカアッと熱くなる。 わ、私はなんてはしたない想像を…ッ!!?自己嫌悪に陥り、なんとか冷静さを取り戻す為、深く深呼吸するが、またもや次の瞬間。

『…や、やっぱり、私めちゃくちゃキモくないですか!?彼のこと想像して下着選ぶなんて…ッ!!!で、でも、これを着けていると、…レオ君に包まれてるみたいで、嬉しくて…』
「…っ!!グフッ…ッ!!!」

ガラガラガッシャン!!!!

「あくましゅうどうしぃぃ!!?」
「た、大変っ!のろくんっ、ど、どうしよう?!」
「あー!!!もう!めんどくさっ!しばらく放っておいていいんじゃない!?」
「ええっ!?い、いいの?」
「それに、姉さんもそろそろ戻った方がいいんじゃない?あとはこっちでどうにかするからさ、おんなドラキュラさんやアルラウネさんにバレないように適当に誤魔化しといて!!!」
「うっ、…上手く出来るかなぁ」

ガヤガヤと騒がしい周りの声が遠く感じる。 あぁ…前にもこんなことがあったような…(02 side上司 参照)なまえちゃんのパジャマ姿、見たかったなぁ…倒れても尚、彼女のことを考えながら、私は段々と意識が遠のいていったのだった。



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