CHAPTER 02 /
07「嫌いになんて、なれるわけないよ」


「…よし、祭壇の掃除はこんなものかな、あとは…」
「あくましゅうどうしー!!!姫がまた死んだ!!」
「蘇生を頼む!!!」

今年もあと数日となり、魔王城では魔物総出で大掃除が行われていた。 かくいう私も、悪魔教会内の掃除にせっせと励んでいて、あと少しで完了するという時に、はりとげくんとミノタウロスの大声が教会内に響く。 またか…!と内心呆れながらも、姫がここへやって来るのを楽しみにしている自分がいるのも事実で、思わずハァと頭を抱えてしまう。

「ふたりとも大掃除で忙しいのに、ご苦労さま…」
「あー…俺たちもよく分からないんだが、なんでか急にマグマに飛び込んじまってよ…」
「姫が自ら飛び込んだのかい!?」
「あ、あぁ、いつもは何か目的があって命かけてるけど、今日は死ぬのが目的…みたいな感じだったよな」
「死ぬのが目的ってどんな精神してるんだこの子は…っ!これは少しお説教が必要だね…」

姫の異様な行動に私はまた頭を抱える。 自らマグマに飛び込むなんて、普通の人間のやることじゃない…!それに自分の命をなんだと思ってるんだ!

「ま、まぁ、程々にしてやってくれよ、それじゃあ俺たちは掃除に戻るから」

そう言って自分の持ち場へと戻るふたりに手を振り見送った私は『ひめのはか』と書かれた墓石を棺桶に入れて蘇生を始める。 棺桶を包む黒いオーラが消えると中から蓋が開けられ、いつも通りの姫が顔を出した。

「…お目覚めかい?姫?」
「おはようレオ君」
「うん、おはよう…って呑気に挨拶してる場合じゃありません!!はりとげくんたちから聞いたよ!!…自らマグマに飛び込んだんだって?どうしてそんなことを…!」
「…ここに用があって」
「…教会に?」
「ウン」
「…ちなみにどんな用なのかな?」
「棺桶を貰いに」
「命はそんなことの為に、捨てていいものじゃありません…!!!」

教会に来る為にわざと死んだという姫に、思わず叫んでしまう。 まさかの理由に呆れてしまうが、これが姫なのだ。 おそらく寝具に関わることなのだろう。 さっそく棺桶を待って帰ろうとする姫の首根っこを掴む。 何度目かわからないお説教に、私自身も正直嫌になるが、心を鬼にして姫に注意をするため重い口を開いた。

「姫!!何度も言っているけど、棺桶は寝具じゃないからね?置いていきなさい!」
「レオ君、寝具はね、自分で見出すものなんだよ。 棺桶だって同じ。 私が棺桶を寝具だと思えば、それはもう寝具なの」
「姫は哲学者か何かなのっ!?棺桶は棺桶!!それ以上でも以下でもないの!!…ハァ、とにかくこれは没収だよ!いいね?」
「ぬぅぅー!!返せー!」
「それはこちらのセリフです!!!…全くもう!!」

棺桶を奪おうと背伸びをして私をポカポカと叩く姫が小さい子みたいで微笑ましいが、今回ばかりは見逃せない。 棺桶のストックも減ってきているし、このままでは本当に蘇生したいときに出来なくなってしまう。 そんな私の心配をよそに、姫はまだ棺桶を狙っていて、そんな様子に私はまたハァとため息をつく。 …本当にこの子は!!好奇心旺盛と言えば聞こえはいいが、私からすれば命知らずの無鉄砲だ。 近頃の姫は、蘇生できるから死んでも良いと思っている節がある。 これは本当にキツく言い聞かせないと…!そう心に決めたその時、

「姫〜!あんまりあくましゅうどうし様を困らせないであげて!」
「あ、なまえちゃん」
「あぁ!おんなドラキュラちゃん…!良いところに!君も姫に言い聞かせてくれないかい?このままじゃ、教会内の棺桶が全て姫の寝具にされてしまうよ…!」
「あ、あはは、…姫なら本当にやっちゃいそうですもんね」

掃除を終えたのか、おんなドラキュラちゃんがタイミング良く現れる。 私の言うことは聞かない姫だけど、おんなドラキュラちゃんなら…!そんな私の切実な願いを聞き入れてくれた彼女は姫に向き合い優しい声色で問い掛ける。 …姉妹みたいで微笑ましいなぁ、なんて場違いにも癒されてしまって、ハッとする、ダメだダメだ!今日はちゃんと姫を叱らないと!!そう新たに誓い、私は二人を黙って見守ることにした。

「姫?この棺桶、何に使うつもりなの?」
「…でびあくまのベッド、作ろうと思って。 」
「でびあくまの?」
「ウン。 棺桶の狭い方の幅がでびあくまにちょうど良いんだよ。 こうして、横にして…ホラ、ぴったり。 」
「むー!」
「この向きだと、でびあくまが並んで眠れるでしょ?」
「「「「む〜!」」」」
「んふふふ、くっついて並んでお団子みたい!かわいいねぇ」「でしょ」
「…いやいやいや!?違うでしょ!!当初の目的を忘れてるよ?!おんなドラキュラちゃん!?」

ほんわかと、でびあくまたちを眺めるふたりに思わず私は突っ込んでしまう。 私の言葉に彼女はハッとしたあと、キリッと表情を正して、姫と向き直る。 そうそう!その調子だよ、おんなドラキュラちゃん…っ!!

「ナスあざらしも入れちゃお」
「んふふふ、今度はお餅みたいだねぇ」「ね」
「おんなドラキュラちゃん…っ!?」
「ハッ!…あまりの可愛さに、つい」
「確かに可愛いのはわかるけども…っ!」

ナスあざらしの投入で完全にやられてしまったおんなドラキュラちゃんに、私は思わずため息をこぼしてしまう。 私も姫には随分甘いけれど、それは彼女も同じだった。 今日は絶対に姫を甘やかさない!そう心に決めた自分への戒めも込めて、私は彼女へ忠告しようと口を開く。

「あまりこういうことを言いたくはないけど…君は少し姫と親しくなり過ぎているよ、あくまでも姫は人質なんだから、相応の態度で接していかないと…」
「…その言葉、そっくりそのままお返しします!!」
「…えっ!?」

まさかの彼女からの反撃に思わずたじろいでしまう。 そりゃあ私だって、姫には甘いけれど…っ!注意しなければならない時はちゃんとしているし、叱ることだってある。 さっきも自ら死ぬなんて愚行を冒す姫を叱ったばかりだし…!そう思い、私も言い返そうと口を開きかけたが、彼女の反撃は止まらなかった。

「私、知ってるんですからね!!私が食べたいって言ってた、地獄紅白饅頭を姫にこっそりあげてたこと!!!」

ギクッとあからさまに慌ててしまった私を彼女はじとーっと睨みつける。 いつもならそんな表情も可愛いと呑気に思っていただろうが、とても今はそんな余裕はない。 …なぜ地獄紅白饅頭を姫にあげたことがバレているんだ!?ここはシラを切るしかない…!

「…ッ!?さ、さぁ、一体何のことだい?私には、さっぱり…」
「とぼけないでください!姫からぜーんぶ聞いてるんですからね!!!」
「ひ、姫っ?!それは秘密だって言ったじゃないか…!」
「…やっぱりっ!!!売り切れだって言ってたのは嘘だったんですねっ!!」

まさかの情報の出所に思わず驚き、口が滑ってしまうが時すでに遅し。 売り切れだと嘘ついた私に、彼女はわなわなと怒りを露わにし始める。 …こ、これは、非常にまずい…!どうにか彼女の怒りを収めようと考えるが、良い言葉が見つからず、もごもごと口籠ってしまった。

「い、いや、それは、その…ひ、姫!姫からも説明を…!」
「姫に助けを求めても無駄ですよ!もうすっかり、でびあくまと夢の中ですから!!!」
「すやぁ」
「ひ、姫…っ!?」

姫に助けを求めたが、これまた時すでに遅し。 スヤスヤと幸せそうに眠る姫を恨めしげに見つめるが起きる気配は一向に無かった。 …そもそも!饅頭は姫がどうしてもお腹が空いたからと、せがまれて仕方なく渡したものだったのに…!こんなことなら嘘などつかず、正直に話せばよかった…!とそんなことを考えるが後の祭りだ。 目の前の彼女は、更に私へ追い打ちをかけるように口を開く。

「…他にも自腹で買ったハイポーションをこっそりあげたり、」
「…ッ!?」
「…手が汚れるからって、みかんの皮を剥いてあげたり、」
「お、おんなドラキュラちゃん…?わ、私が悪かったから、もうそれくらいに…」

グサグサっと刺さる彼女の言葉に私はノックアウト寸前だった。 今までの姫への態度を言葉にされて、ようやく理解する。 ……私はとんでもなく姫に甘いっ!!甘やかしている自覚はあったが、ここまでとは…ッ!!これ以上、自分の醜態を晒されるのに耐えられなかった私は詫びようとするが、彼女の次の言葉に遮られてしまった。

「……姫には名前で呼んで貰っているし」
「えっ!?」

予想外の言葉に驚き、体が強張ってしまう。 まさかこの話題が出るとは思っておらず、完全に不意打ちだった。

「…姫には名前を教えたんでしょう?『レオ君』なんて呼ばれて、内心鼻の下伸ばして喜んでたんじゃないんですかっ!?」
「そ、そんなことないよ!それに…!姫には私の本名は教えていないし…っ!!!」
「そんな見え見えの嘘つかないでください!現に『レオ君』って名前で呼ばれてるじゃないですか…っ!」
「そ、それには、深い訳が…不可抗力なんだよ…っ!」

姫に本名を教えたと勘違いしている彼女に慌てて否定するが信じてもらえず、彼女はまた嘘をつくのかとでもいうように顔をしかめている。 …ここに来て、さっきの地獄紅白饅頭の嘘が尾を引いている…ッ!!!本当に何であの時嘘をついたかなぁ…私は…!!!

「…私、あくましゅうどうし様が名前を隠したがっていること、気づいていました」
「…ッ!」
「理由は分からないけど…いつか自分から教えてくれる時まで待とう…名前を呼んでもらいたいと思ってもらえるように頑張ろう、って、ずっとそう思ってました…でも、」

初めて聞いた彼女の本心に、私は驚きを隠せなかった。 もちろん、私も考えなかった訳じゃない。 恋人同士になり、いつまでも隠したままでは駄目だと何度も考えていた。 名前を呼んでもらいたい、私も彼女の名前を呼びたい。 だけど、私の長年のコンプレックスである『レオナール』という憎き本名は、簡単に口には出来なかったのだ。

「ある日突然、姫があなたを名前で呼ぶようになって…私、姫がとっても羨ましかったんです…」
「おんなドラキュラちゃん…」
「だけど、姫はきっと、特別な存在だから…」
「た、確かに姫は特別な存在だけど…!それは君への感情とは全く別のもので…ッ!」

確かに姫は私にとって何者にも変えがたい存在だ。 だけどそれは魔王様や魔族の皆に抱くような家族愛に近いもので、目に入れても痛くない孫のような存在なのだ。 だからこそ、何でも許して甘やかしてしまう。 だけど、目の前にいる彼女は違う。 一緒にいて苦しいくらい胸がドキドキするのも、もっと笑ってほしいと思うのも、誰にも取られたくないと思うのも…全部、彼女だけだ。 そこで、ハッと気づく。 …そんなに大事な彼女に、私の勝手な理由だけで名乗りもせず、ずっとひとりで悩みを抱え込ませていたのか…?

「私と姫の関係を正せと言うのなら…餌付けしないでください!みかんの皮ぐらい自分で剥かせてください!!名前で呼ばせないでください!!!!」
「…ッ!?」
「ぬっ、?!、な、何事?…なまえちゃん?…どうしたの?」

彼女には珍しい大きな張り上げるような声に、情けなくもビクッとしてしまう。 さすがの姫も目を覚ましてしまい、状況を理解できていない様子だ。 もし今また余計なことを姫に話されたら…そう思い、私は慌てて姫に取り繕う。

「ひ、姫?なんでもないよ…!そ、そうだ!牢に戻って、もう一度ゆっくり眠っておいで?棺桶は持っていってもいいから…!」
「レオ君、でも…なまえちゃんが…」

姫に名前を呼ばれ、ギクッとする。 今このタイミングで呼ばれると、おんなドラキュラちゃんへの罪悪感が押し寄せてきて、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

「…廊下掃除、終わってますので、私は先に失礼します」
「おんなドラキュラちゃん…!?ちょっと待って…ッ!」

私の声を振り切って教会の扉へ向かう彼女の背中を、私はただ見つめることしか出来なかった。 追いかけて引き止めるべきなのに、床に根を張ったかのように足が一歩も動かない。 長年のコンプレックスとは本当に厄介で、こんな状況になっても一歩踏み出すことを躊躇ってしまう。 教会を出る瞬間、こちらを見た彼女の表情は、今にも泣きだしそうな切ない表情で、こちらまで泣きそうになった。 行かないで…そんな私の勝手な願いも虚しく、彼女はそのまま教会を出て行ってしまう。

「…追いかけなくていいの?」
「……」

姫の小さな声が寂しい教会の中に溶けていく。 何も答えることが出来ずに黙っている私を、姫はジッと見つめた後、ポツリと呟いた。

「なまえちゃんなら、大丈夫だよ」
「え…?」
「レオ君の本名を知っても、嫌いになるはずない」

眠っていたはずなのに、全て知っているかのような口ぶりで話す姫に驚きを隠せない。 私の本当の名前を知らない姫には、私が何故こんなにも悩んでいるのか、分かるはずがないのに…

「…姫には分からないよ、私の気持ちなんて」
「…確かに私にはレオ君の気持ちは分からないけど、なまえちゃんのこと、信じてるから。 どんな君でも、きっと嫌いになんてならない」

姫の言葉に、ハッと気がつく。 私がウジウジと年の差を気にしていた時も、自分の気持ちに素直になれない時も…彼女はどんな時だって私を受け入れて、真っ直ぐ想いを伝えてくれていたのに。

「考えてみなよ。 逆の立場だったら?なまえちゃんがどんな名前だったとしても、君は彼女を嫌いになんてならないでしょ?」
「…うん、嫌いになんて、なれるわけないよ」
「それが答えだよ」

年甲斐も無く恋をして、それに翻弄される日々。 だけど、そんな時間がとてつもなく幸せで。 そんな幸せをくれる彼女を何度悩ませ傷つければ気が済むのか、自分が情けなくて仕方ない。 ニコッと笑った姫がいつもより大人びて見えて、益々自分の愚かさを実感する。

「ありがとう、姫」

礼を言う私を見て、姫はまたニコリと笑う。 そんな姫の笑顔に後押しされるかのように、動き出した私の足は自然と愛しい彼女の元へと向かうのだった。




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