CHAPTER 02 /
07「私、姫がとっても羨ましかったんです…」


闇のミサが無事(?)に終わって今年も残りわずかとなり、年末特有のだらけた雰囲気が漂う魔王城。 そんなだらしない空気を払い、新年を気持ち良く迎える為に毎年大掃除の日が設けられる。 自分が所属するエリア内で、各々の掃除場所が分担されるのだ。

「…よし!これでOK!我ながら中々綺麗になったんじゃないかな!」

私の担当は、悪魔教会から少し離れた先にある廊下。 床はもちろん、無駄に高い天井まで伸びた柱や、『魔王城っぽいだろう』とタソガレくんが置いた趣味の悪い悪魔像も綺麗に磨き終え、辺りはピカピカと光り輝いている。 集中していたからか、かなりの時間が経っていたことにも気付かず、寒さで冷えた体がぶるっと震えてしまった。

「(ううッ…廊下はやっぱり寒いな〜っ!!さっさと教会に戻ろうっと。 早くホリ=ゴ・ターツに入りたいなぁ…あくましゅうどうし様と一緒にあったかいお茶飲みながら、みかん食べて、ダラダラして、それから…)」

私の欲望がどんどん膨らんでいく間に、教会へと辿り着く。 ヒヤッと冷たい取っ手を渋々掴んで重い扉を開けると、中には姫とあくましゅうどうし様の姿があった。 何やらモメている様子である。 …どうしたんだろ??

「姫!!何度も言っているけど、棺桶は寝具じゃないからね?置いていきなさい!」
「レオ君、寝具はね、自分で見出すものなんだよ。 棺桶だって同じ。 私が棺桶を寝具だと思えば、それはもう寝具なの」
「姫は哲学者か何かなのっ!?棺桶は棺桶!!それ以上でも以下でもないの!!…ハァ、とにかくこれは没収だよ!いいね?」
「ぬぅぅー!!返せー!」
「それはこちらのセリフです!!!…全くもう!!」

どうやら姫は棺桶を取り(奪い)に来たらしい。 そういえばこの間、あくましゅうどうし様が『教会の棺桶ストックが底をつくかもしれない…っ!』って嘆いていたっけ。

「姫〜!あんまりあくましゅうどうし様を困らせないであげて!」
「あ、なまえちゃん」
「あぁ!おんなドラキュラちゃん…!良いところに!君も姫に言い聞かせてくれないかい?このままじゃ、教会内の棺桶が全て姫の寝具にされてしまうよ…!」
「あ、あはは、…姫なら本当にやっちゃいそうですもんね」

あくましゅうどうし様の切実な表情がさすがに可哀想になってきたので、助け船を出そうと私は屈んで姫に視線を合わせる。 チラッとこちらを見た姫に私は優しく問いかけた。

「姫?この棺桶、何に使うつもりなの?」
「…でびあくまのベッド、作ろうと思って。 」
「でびあくまの?」
「ウン。 棺桶の狭い方の幅がでびあくまにちょうど良いんだよ。 こうして、横にして…ホラ、ぴったり。 」
「むー!」

姫は側でフワフワと飛んでいたでびあくまを捕まえて、おばけふろしきのシーツを敷いた棺桶の中に優しく寝かせる。 シーツが気持ち良いのかでびあくまも嬉しそうに鳴いた。

「この向きだと、でびあくまが並んで眠れるでしょ?」
「むー!」「むむー!」

さらに、でびあくまを捕まえて、隣に寝かせる。 そしてまた、もう一匹…もう一匹……

「「「「む〜!」」」」
「んふふふ、くっついて並んでお団子みたい!かわいいねぇ」「でしょ」
「…いやいやいや!?違うでしょ!!当初の目的を忘れてるよ?!おんなドラキュラちゃん!?」

あくましゅうどうし様の言葉で、ハッと我にかえる。 でびあくまの可愛さに、つい本来の目的を忘れてしまった。 …いけないいけない!姫をちゃんと注意しないと!そう思ってもう一度姫に向き直るが…

「ナスあざらしも入れちゃお」
「んふふふ、今度はお餅みたいだねぇ」「ね」
「おんなドラキュラちゃん…っ!?」
「ハッ!…あまりの可愛さに、つい」
「確かに可愛いのはわかるけども…っ!」

可愛い魔物たちに何度も流されて姫を注意できない私に呆れてしまったのか、あくましゅうどうし様はハァ、とため息をこぼす。 そんな彼を見て、少し胸がモヤっとざわついた。 …自分だって、いつも姫を甘やかしてばかりなのに!そんな私の気持ちも知らず、彼はさらに言葉を続ける。

「あまりこういうことを言いたくはないけど…君は少し姫と親しくなり過ぎているよ、あくまでも姫は人質なんだから、相応の態度で接していかないと…」

彼の言葉に、カチンと頭に音が響く。 その瞬間、私の中でずっと燻っていた感情にメラメラと火がついていくのが分かった。 姫との関係をこの人にとやかく言われる筋合いはない…!!!

「…その言葉、そっくりそのままお返しします!!」
「…えっ!?」
「私、知ってるんですからね!!私が食べたいって言ってた、地獄紅白饅頭を姫にこっそりあげてたこと!!!」
「…ッ!?さ、さぁ、一体何のことだい?私には、さっぱり…」

目を泳がせながら、とぼける彼の態度に更に怒りが湧いてきて、私は続けて彼を責め立てる。

「とぼけないでください!姫からぜーんぶ聞いてるんですからね!!!」
「ひ、姫っ?!それは秘密だって言ったじゃないか…!」
「…やっぱりっ!!!売り切れだって言ってたのは嘘だったんですねっ!!」
「い、いや、それは、その…ひ、姫!姫からも説明を…!」
「姫に助けを求めても無駄ですよ!もうすっかり、でびあくまと夢の中ですから!!!」
「すやぁ」
「ひ、姫…っ!?」

スヤスヤと幸せそうに眠る姫を恨めしそうに見つめるあくましゅうどうし様。 そんな彼に私は更に追い打ちをかけるように口を開く。

「…他にも自腹で買ったハイポーションをこっそりあげたり、」
「…ッ!?」
「…手が汚れるからって、みかんの皮を剥いてあげたり、」
「お、おんなドラキュラちゃん…?わ、私が悪かったから、もうそれくらいに…」
「……姫には名前で呼んで貰っているし」
「えっ!?」

私の言葉が予想外だったのか、彼はバッと驚いた表情をこちらに向ける。 大好きな彼の名前をずっと呼びたいと思っていたけれど、そんな気持ちがバレないように固く蓋をして隠していたのに……あくましゅうどうし様の言葉で蓋はすっかり緩んでしまった。 するするとその醜い感情が抜け出てしまう。

「…姫には名前を教えたんでしょう?『レオ君』なんて呼ばれて、内心鼻の下伸ばして喜んでたんじゃないんですかっ!?」
「そ、そんなことないよ!それに…!姫には私の本名は教えていないし…っ!!!」
「そんな見え見えの嘘つかないでください!現に『レオ君』って名前で呼ばれてるじゃないですか…っ!」
「そ、それには、深い訳が…不可抗力なんだよ…っ!」

慌てふためく彼に胸がギューっと締め付けられて、思わず顔をしかめてしまう。 『レオ君』。 姫の口から発せられるそれが、私にとってどんなに羨ましいことだったか、きっと彼には分らないだろう。 そう思うと、とんでもなく悲しい気持ちになって、ついに、私の中の感情は一気に溢れ出てしまう。 今まで口にしなかった想いが止まらなくなってしまった。

「…私、あくましゅうどうし様が名前を隠したがっていること、気づいていました」
「…ッ!」
「理由は分からないけど…いつか自分から教えてくれる時まで待とう…名前を呼んでもらいたいと思ってもらえるように頑張ろう、って、ずっとそう思ってました…でも、」

震えそうな声に気づかれないよう、一旦言葉を切る。 ギュッと手を握り、気持ちを落ち着かせて、私は言葉を続けた。

「ある日突然、姫があなたを名前で呼ぶようになって…私、姫がとっても羨ましかったんです…」
「おんなドラキュラちゃん…」
「だけど、姫はきっと、特別な存在だから…」
「た、確かに姫は特別な存在だけど…!それは君への感情とは全く別のもので…ッ!」

正直、何の躊躇いも無く彼の名前を呼ぶ姫に嫉妬しなかったと言えば嘘になる。 だけど彼の言う『君への感情とは全く別のもの』それも十分分かっているのだ。 魔王城で姫の存在がかけがえのないものになりつつあること、それはあくましゅうどうし様にとっても例外ではないこと、もちろん私にとっても姫が大切な存在であること、全部全部、分かっている。 だからこそ、私と姫の関係を否定するあくましゅうどうし様の言葉に、腹が立ってしまった。

「私と姫の関係を正せと言うのなら…餌付けしないでください!みかんの皮ぐらい自分で剥かせてください!!名前で呼ばせないでください!!!!」
「…ッ!?」
「ぬっ、?!、な、何事?…なまえちゃん?…どうしたの?」

一息で言った私は肩でハアハアと息をする。 つい興奮して大きくなった私の声で、ぐっすり眠っていたはずの姫はパッと目を覚ましてしまった。 今の状況に困惑しているのが、表情で分かる。 そんな姫にあくましゅうどうし様は、慌てて口を開く。

「ひ、姫?なんでもないよ…!そ、そうだ!牢に戻って、もう一度ゆっくり眠っておいで?棺桶は持っていってもいいから…!」
「レオ君、でも…なまえちゃんが…」

『レオ君』彼をそう呼ぶ姫にも、慌てて姫に取り繕うあくましゅうどうし様にも、今は胸がギューっと締め付けられるばかりで、居心地が悪くなる。 私はただ、恋人同士になっても一向に名前を教えてくれないことが、ずっと悲しくて悔しかった。 それでも彼が自ら伝えてくれるのを待とう、そう思っていたのに…

「…廊下掃除、終わってますので、私は先に失礼します」
「おんなドラキュラちゃん…!?ちょっと待って…ッ!」

色々な感情がぐちゃぐちゃと混じって、苦しい。 今はとにかくここに居たくない…私を呼び止める彼の声を振り切って、私は教会の扉へと向かう。
ホリ=ゴ・ターツで一緒にのんびりする、そんな私の願いは叶いそうにないなぁ、そんなことを考えながら扉の取っ手に手をかける。 教会を出る瞬間に見た彼の顔は、今にも泣きそうな表情だったけれど、気づかないフリをした。




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