CHAPTER 01 / Extra edition - 魔王タソガレ
「 I want you to stay as you are! 」


時刻は昼時。 腹を空かせた魔物たちが魔王城食堂へと集う中、我輩は食堂内のとあるテーブルへと一直線に向かう。 そこには、本来食堂に居るはずのない囚われの姫と楽しそうにパスタをくるくると巻くひとりの魔物が座っていた。

「なまえ!!!!また勝手に我輩の部屋に入っただろう!?」
「…は、入ってないよぉ??」
「明らかに目が泳いでるんだが!?」
「…だって姫がタソガレくんのクッション取ってこないと恋バナ聞いてくれないって言うから、ね?姫?」
「ウン。 あのクッション最高だね、あれならいくつあってもいいよ」
「クッションの為だけに、忍び込む必要は無いと思うがなあ!?」
「スパイみたいで楽しいんだよねぇ」
「分かる。 スリル満点のドキドキのあとはよく眠れるんだよ?」
「我輩の部屋をアトラクションか何かと勘違いしてないか!?!?」

我輩の悲痛の叫びは届かず、美味しいねぇなんて呑気に食事を続ける二人に思わずハァ、とため息が出る。 …このコンビは本当に厄介だ。 この二人が手を組んだら、我輩や十傑衆たちでも手に追えないかもしれない。 しかしここで引き下がる訳にはいかない。 これ以上、我輩の部屋への侵入を許してしまったら…奴が…あの悪魔が、本気で我輩を殺しにかかるかもしれないのだ。

「…頼むから、部屋に忍び込むのはやめてくれ…もしあくましゅうどうしにバレたら…」
「私にバレたら…何です?魔王様?」
「ぎゃっ?!あ、あくましゅうどうし!?い、いつからそこに?!」
「なにやら楽しそうなお話をされていたので、私も混ぜて頂こうと思ったのですが…」
「い、いや、あ、あー!今日も怪鳥茶碗蒸しが美味しいなあと話していたのだ!!!なぁ、そうだろう?!姫!?」
「姫なら、おかわり取りに行ったよ?」
「姫ぇぇぇえ!?」
「それよりさ!タソガレくんの部屋、カーテン変えたでしょ?前より部屋の雰囲気が明るくなってて良かったよ!」
「なんでこのタイミングで言うかなぁあ!?って、いや、ま、待て!あくましゅうどう…」
「お覚悟ーーっ!!」
「ぎゃああああ!!!!!」

それはもう恐ろしい表情で襲いかかってくるあくましゅうどうしの攻撃を間一髪でかわす。 周りの魔物たちは「なんだまたあくましゅうどうし様か」と見慣れた光景と言わんばかりに変わらず食事を楽しんでいる。 …我輩、この城の主だよね…?なんで誰も助けてくれないのだぁぁあ!?

「魔王様ぁああ!!お怪我はありませんか!?」
「改ぃぃぃぃっ!!!我輩の味方はお前だけだ…っ!!」

我輩の叫び声を聞いて、駆けつけてくれる改のモフモフに思わず飛び込む。 ちらりとあくましゅうどうしを見れば黒いオーラを纏いながら「私もカーテンを変えようかな…気づいてくれるだろうか…」などとブツブツ呟いている。 …うん、聞かなかったことにしよう。 そして元凶のなまえを見れば、姫と呑気にデザートのプリンを食べている。 なんて図太いやつなんだ…っ!!!我輩は非難の意味を込めて、じーっと彼女を睨みつけた。 それに気づいた彼女は、にっこりと笑ったあと、口を開く。

「タソガレくん、ごめんね?妬いてくれるあくましゅうどうし様が可愛くて、つい。 …えへ!」
「えへ!じゃないっ!!ついで殺されてたまるか!!…というか、やはりわざとだったのだなっ!?」
「だって、あんなに怒って妬いてくれる彼氏最高じゃない?!本当に可愛いんだもんっ!!タソガレくんと私がどうにかなるなんて、ある訳ないのにね!」
「たっ、確かにそうなのだが!!」

あははと笑いながらそんなことを言うなまえに、チクッと胸が痛む。 実をいうと、なまえは我輩の初恋の相手なのだ。 今でこそ家族のように想える相手だが、少しは男として意識してほしい!!そんな、ちっぽけな男のプライドが見え隠れしてしまう。

「…そういえば、どうして二人は仲良しなの?」
「え?」「えっ!?」

姫の突然の問い掛けに、周りがシーンと静まり返る。 我関せずと食事をしていた魔物たちも、話の内容が気になるのかソワソワと聞き耳を立て始めた。

「…それは私も興味があります。 おんなドラキュラちゃんが、私の部下になった時には既に仲が良かったみたいですし」
「あー考えてみればそっか!私が悪魔教会エリアに配属されたの、5年前ですもんね!」

何事も無かったかのように会話に参加するあくましゅうどうしの表情を確認すれば、普段通りでとりあえず殺されずに済んだか、と思わずホッと胸を撫でおろす。

「タソガレくんと初めて話したのって確か、10年前の戴冠式の頃だったよね」
「なまえが魔王城に就職したての頃だな」
「…そんな頃からの付き合いだとは、初耳ですねぇ?」
「わっ、わざわざ言う必要もないと思って…別に、隠してた訳じゃないぞ!?」
「レオ君もモフ犬も、ずっとタソガレ君に仕えてたのになまえちゃんのこと知らなかったの?」

姫の鋭い指摘に、たらりと一筋汗が流れる。 この質問はまずい…っ!我輩の恥ずかしい過去が浮き彫りになってしまうかもしれない…っ!!!なんとか阻止しなければ…!

「あっ、それはねっ!実は…」
「あっ!?コラ!!!なまえ!!!それは言わない約束…」
「…魔王様?隠してた訳じゃなかったはずでは?」
「…くっ!……あぁあ!もう!分かった分かった!!!全部話すから!!!だからその黒いオーラをしまってくれ…っ!!!」
「あれは10年前…、タソガレくんの見た目がまだまだガキんちょだった頃…」
「待て待て待て!!なまえが話すのか!?しかも何その情報!?悪い予感しかしないのだが!?せめて、我輩に話させて!?」
「タソガレ君、うるさい」
「往生際が悪いですよ、魔王様」
「……皆、怖い、もうヤダ我輩」
「あはは、ごめんごめん、タソガレくんが話していいから!」

我輩の願いも虚しく、なまえとの出会いを話す流れとなってしまう。 …とんでもなく恥ずかしいが、…あの恐ろしい顔をしたあくましゅうどうしには逆らえない…っ!!我輩は渋々、口を開いたのだった。

「…話したい訳じゃないんだからな!?ハァ……あれは、我輩の戴冠式が終わって、しばらく経った頃…」




10年前ーー…

「…ぐすっ、我輩は立派な魔王に、なっ、なれるのだろうか…」

魔王城の人気のない庭の片隅で、我輩はひとりぐずぐずと泣いていた。 戴冠式を終え、無事魔王に就任したものの、押し寄せる不安は拭いきれず、度々こうしてひとり涙を流すことがあった。

「(皆、少しずつ成長すれば良いと言ってくれるが、我輩はそれに甘えてばかりだ…こんな調子だと呆れられてしまう…!)」

皆が我輩の元から離れていくのを想像して、また涙が溢れてくる。 父上のような立派な魔王になりたいのに、そんなの無理だ、なれる訳ない、と自分を信じてやることが出来ない。

「魔王になんか、なりたくなかった…」

ポロっと出てしまった言葉が、当時の我輩の気持ちの全てだった。

「どうしてですか?」
「えっ?」

突然聞こえた声に、我輩は呆気にとられる。 この場所は誰にも教えていない秘密の場所。 庭の植木の中をかなり複雑に進まないとたどり着けない場所だ。 なのに、すぐそばから声が聞こえ、怖くなってしまう。

「…誰っ?」
「はじめまして、魔王様。 戴冠式の翌日から魔王城で働かせて頂いている、おんなドラキュラのなまえと申します」
「…っ!?、ど、どこから来たのだ!?」
「お花が綺麗で庭をうろついていたんですけど、道に迷っちゃって!そしたら誰かの泣き声が聞こえたので、声のする方に来てみたら…」
「わ、我輩は、泣いてなどいないぞ!!」
「でも、さっき魔王辞めたいって…」
「そ、それは…っ!」

つい出てしまった本音を、他人に聞かれるとは思ってもおらず、動揺してしまう。 そんなことは言っていないと、しらを切れば良かったものを当時の我輩は余程余裕がなかったのか、全てを話してしまいたくなった。

「…我輩は、父上のような立派な魔王になれる自信がないのだ…このまま皆に頼りきりでは…いつか、きっと見離されてしまう…」

言葉にすると余計に自分の不甲斐なさを思い知らさて、思わず俯いてしまう。 じんわりとまた涙が浮かんでくるのをグッと堪えた。 …心の中の不安を誰かに話すのは容易ではない。 特に気心の知れた相手だと途端に難しくなる。 だからこそ、目の前の初対面の彼女にはすんなりと自分の本音を話せてしまった。 我輩の気持ちを聞いて彼女はうーんと少しの間、悩んだ後、口を開く。

「魔王になるなんて、わたしには想像も出来ないくらい大変なことなんだと思いますけど…」
「…っ!」

一旦言葉を切る彼女を不思議に思い、俯いていた顔をあげる。 そこには、とても優しい表情でこちらを見つめる彼女がいて、顔に熱が集まるのが分かった。

「別に、先代の魔王様みたいにならなくても良いんじゃないですか?」
「え?」

なまえのこの言葉は、今でも鮮明に覚えている。 まさに頭をガツンと殴られたような衝撃だった。 焦らなくても良い、いつか先代のような立派な魔王になれるから、周りは皆そう励ましてくれている。 だけどそれは、父上のようにならなければ、と我輩を縛り付ける呪いの言葉でもあったのだ。 それを、そうならなくて良いと、言ってくれたこの瞬間、心の中がパアッと晴れていくような感覚が駆け巡った。

「先日の戴冠式、とっても素敵でした。 貴方の魔王就任を、誰もが心から祝福しているのが伝わってきたから…皆、貴方が大好きなんだと思います!だから貴方が思い描く魔王になることが、皆にとっての幸せなんじゃないでしょうか?」
「…皆、こんな我輩に、付いてきてくれるだろうか?」

彼女が言うように皆に慕われていたとしても、我輩が頼りないのには変わりない。 そんな不安は拭いきれなかった。

「大丈夫ですよ、少なくとも私は今の魔王城が大好きです!皆が笑顔で毎日楽しそうで…それは貴方の存在があるからだって、断言できます!」
「…っ」
「今はまだ私も新人で頼りないかもしれません…でもいつか貴方を支える存在になれるよう、頑張ります!だから、魔王様も…私や他の魔物たちがもっともっと幸せになれるように、もう少し、頑張ってみてくれませんか?」

彼女の言葉は、まるで魔法のようだった。 自分の存在が皆を幸せにできるんだと思わせてくれる、そんな魔法の言葉。 我輩は目尻に残った涙を拭い取り、もう大丈夫だと、元気良く彼女へ笑顔を向ける。

「…っ、ああ…、そうだなっ!!……よし!!こんなところで泣いている暇はない!すぐに執務室に戻るぞ!」
「あれ〜??泣いてないって言ってませんでしたっけ?」
「ッ…ち、違う!これは、その、そ、そうだ!心が泣いているという意味で…っ!」
「ふふふっ、そういうことにしておいてあげます」
「…ッ!!」

ふふっと笑う彼女の笑顔に、胸がギューっと苦しくなる。 …な、なんだこの気持ちは!?初めて味わう感覚に、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまい、どうしたらいいかわからなくなる。
(…ちなみに余談だが、これが初恋だと気づくのはまだまだ先の話である。 こんな感情を抱いていたことが、あくましゅうどうしに知れたら命がいくつあっても足りないのでこのあたりは伏せておこうと思う…)

「それじゃあ、戻りましょうか!」
「あ、ああっ!……な、なあ」
「はい?」
「…また、話を聞いてくれるか?」

城内へ戻るのが少し名残惜しくて、ついそんなことを口に出してしまった。 彼女の様子を伺うようにちらりと視線を向けると、またもや柔らかい笑顔を浮かべていて、また胸がギューっと締め付けられる。

「いつでもどうぞ、魔王様!」
「…っ、皆には、ひ、秘密だぞ!?」
「泣いてるのバレちゃいますもんね!」
「なっ、!だから!あれは泣いてなど…っ!」

軽口を叩きながら、城へとふたり並んで戻っていく。 この庭に来た時とはまるで違う、足取りの軽さが我輩の心を表していた。




「…それから、よく2人で話すことが増えて仲良くなった…という訳だ」

我輩の話が終わり、懐かしいねぇなんて呑気に笑うなまえが憎らしい。 …恥ずかしい過去を晒す羽目になった我輩の身にもなって欲しいものだ。
もちろん、初恋うんぬんのくだりは、うまく誤魔化しながら話した。 …もし、あくましゅうどうしにバレでもしたら…我輩に明日はない…っ!!!

「そんなことがあったのですね…」
「…私たちの励ましが、逆に魔王様を苦しませていたんですね……申し訳ございません…!」
「あああ!違う違う!確かに、当時そういった悩みがあったのは事実だが…お前たちのせいではない!!我輩が不甲斐ないのがいけなかったのだ!」

過去の情けない自分のせいで、傷ついている目の前の部下達を見て、心が痛む。 今思えば、何をそんなに不安になっていたのかと、そんな風に考えられるようになっているのだから、何も問題はないのだ。

「2人にはいつも感謝しているのだ。 もちろん、なまえ、十傑集、そしてこの城の皆にも…我輩が魔王でいられるのは、皆の支えがあるからこそ…いつまでも側で見守っていてほしい」
「魔王様…っ!!!」
「…本当に、立派になられて…っ!」

我輩の言葉に涙ぐむ、改とあくましゅうどうし。 周りの魔物達も感極まったのか、泣き出す者もいた。 しかし、そんな感動の雰囲気も束の間、またしてもなまえがとんでもない爆弾を落とす。

「そういえば昔も同じようなこと言ってたよね!なんだっけ、確か…『我輩を1番近くで支えてほしい…』だったっけ?」
「な、ななな何を言ってるのだ!?そ、そんなこと我輩は一度も……っ!!」
「えー!絶対言ったよ!私その時『タソガレくんの、1番近くはあくましゅうどうし様のものでしょ!』って言ったの覚えてるもん」

もちろん我輩もよーーーく覚えている。 決死の告白のつもりだったが、うまく伝わらず玉砕し、枕を濡らした昔の自分を殴りたい。 何故そんな柄にもないことを言ってしまったのか…っ!!…そしてどうしてこのタイミングでそんな事を思い出すんだ…なまえ…っ!!!

「……魔王様?今のは、どういう事です?」
「…あ、あくましゅうどうし?い、今のは、その、わっ、若気の至り、というか…」
「ほう…お認めになるのですね?」
「あ、あーいや、その、じゅっ、10年も前の話だぞ!?む、無効だ!そう!無効!!」
「さっきのは5年前の話だよ?私が悪魔教会に配属される少し前だったから覚えてる!」
「なまえ、?ちょ、す、少し黙ろうか?……あ、あくましゅうどうしっ、お、落ち着け!その手を下ろし…っ」
「お覚悟ーーっ!!!!」
「ぎゃああああ!!」
「魔王様ぁぁぁあっ!!!」

我輩の悲鳴が食堂にこだまする。 先程まで感動していた魔物達も騒がしい我輩たちに呆れたのか、各々の食事へと戻っていく。 ……我輩、本当に魔王として、認められているのだろうか…?今更ながら威厳も何もない自分に不安になってくる。
そんな我輩の気持ちを知ってか知らずか、情けない悲鳴をあげる我輩を見て、なまえは屈託なく笑っていた。 …なまえが笑っているなら、きっと大丈夫。 皆が幸せになれる魔王城となっているはず。 彼女はいつもそんな気持ちにしてくれる。
ふとテーブルを見ると、姫が幸せそうに眠っているのが見えて、我輩の考えはより一層、確信に近づいたのだった。




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