CHAPTER 02 /
05「実は、私からもプレゼントがあるんだ…」


12月24日、クリスマスイブ。
闇のミサを明日に控え、会場となる悪魔教会では沢山の魔物たちがせっせと作業を進めている。 かく言う私も教会を仕切る立場として、資材の確認や魔王様と当日の人材配置について相談など、慌ただしく魔王城内を動き回っていた。

「(…ハァ、今日は一度も話せなかったなぁ)」

魔王様との打ち合わせの帰り道、教会へと向かう廊下を歩きながら思い浮かべるのは、先日お付き合いを始めた彼女のこと。 明日の司会を任されている彼女は、息つく暇もないほど忙しなく走り回っていて、お互いタイミングが合わず朝の挨拶以来、一度も話すこと無く夜になってしまった。
そっと胸ポケットの中に手を入れて、小さな箱の存在を確かめる。 それは今日渡すはずだった彼女へのクリスマスプレゼントだった。

「(付き合って間もないのにプレゼントを用意するなんて、気合いが入り過ぎているだろうか…?)」

そんなことを考えてしまって、またハァとため息が漏れる。 一度認めてしまった彼女への想いは留まることを知らず、日に日に増していくばかりで。 彼女にも私と同じように私を想ってほしい…近頃はそんな欲張りな感情が沸々と湧き上がって、私を悩ませていた。
彼女と結ばれたあの日から、少しずつ自分の気持ちを伝えることが出来るようになって、それに喜んでくれる姿を見ると、彼女も私と同じ想いなのでは…と思い込んでしまいそうになる。
喜んでもらいたくて買ったプレゼントだけど、もし要らないと言われたら?重いと思われたら?彼女の好みじゃなかったら?そんな後ろ向きな考えは、私を踏み止まらせてくれるのだ。

「(…そうだ、ここで図に乗って彼女に引かれてしまったら、私は立ち直れない…このプレゼントは墓場まで持っていこう…!)」

ひとり廊下で決意する。 仕事に集中しよう!そろそろ教会の飾り付けは終わっている頃だろうか?無理矢理頭を切り替え、私は急ぎ足で教会へと向かった。




「あっ!!あくましゅうどうし様〜!!」
「…!おんなドラキュラちゃん!」

教会に着く直前、反対方向からやってきた彼女は私に気がつくと、勢い良く手を振り駆け寄って来る。 そんな些細な仕草でさえ嬉しくて、胸がきゅんと反応してしまう。

「今日、全然会えなかったから寂しくてっ!あくましゅうどうし様を見たら、つい嬉しくなってはしゃいじゃいました、えへへ」
「…っ、私も、寂しかったよ」
「ふふ、同じですね!」

会えなかったから寂しい?
私を見てついはしゃいでしまう?
そんな彼女のどろどろに甘い言葉たちが、私を魅了して止まない。 嬉しそうにはにかむ彼女に、私はまた年甲斐も無く心をドキドキとさせてしまうのだ。

「教会内の準備、無事に終わってるでしょうか…?」
「今年は早くから準備を始めていたし、きっと大丈夫だよ。 明日は本番だからゆっくり休まないといけないし、教会のチェックが終わったら今日はもう解散にしようか」

ドキドキと鳴る胸をなんとか抑えつけ、平静を装って教会の扉に手をかける。 重い扉を押して中を覗くと、そこにはあちこちと動き回る、想像とは真逆の皆の姿があった。

「…も、もしかして、まだ終わってない、のかな?」

思わずポツリと呟いてしまった私の声に、一同がピタッと動きを止める。 そして皆、申し訳なさそうな表情でソワソワと口ごもり、誰も口を開こうとしない。 そんな中、きゅうけつき君が意を決して重い口を開いてくれた。

「…すみません!!!あくましゅうどうし様!おんなドラキュラ様!実はまだ教会内の飾り付けが残っていて…」

周りの皆も、青ざめた表情で申し訳ございませんと頭を下げてしまい、私は慌ててそれを止めるよう促す。

「皆、顔を上げて!作業が終わらなかったのは、私の管理不行き届きが原因だよ。 皆の責任じゃないから、そんなに落ち込まないで!」
「私も自分のことでいっぱいいっぱいで、こんなに切羽詰まってるなんて思いもしなくて…!気付いてあげられなくてごめんね…」
「コラ!おんなドラキュラちゃんも!君は何も悪くないよ、誰よりも頑張ってくれてたじゃないか」
「そうですよ!お二人とも人一倍忙しいのに、時間の合間を縫ってこちらの作業を手伝ってくださって…それなのに僕たちは…」

しゅんと項垂れるきゅうけつき君に、他の皆も釣られてがくりと肩を落とし始める。 お互い自分が悪いと一歩も引かず、堂々巡りだ。 このままでは明日のミサも心から楽しめない。 皆、日々の疲れが溜まっているのも見て取れて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「皆、ここ最近ゆっくり休めていないだろう?残りは私がやっておくから、皆は明日に備えてゆっくり休んでおくれ」
「そ、そんな!僕たちも手伝います!」
「大丈夫。 心配しなくていいよ、ここは私に任せなさい。 皆には明日のミサを心から楽しんでもらいたいしね、今日は帰ってゆっくりするように!」
「で、でも…」

なかなか引き下がらない皆に、どうしようかと頭を悩ませる。 責任感を持って仕事をしてくれているのは上司として誇らしいけれど、今回は完全に私の責任だ。 どうにか納得してもらえないだろうかと、思案していた、その時。

「それじゃあ、私も残ります!私とあくましゅうどうし様でやれば、あっという間ですよ!」
「えっ!??」

おんなドラキュラちゃんの突然の申し出に、びっくりして思わず大きな声が出てしまう。 彼女も一緒に…?それはつまり、二人きり、ってこと?…う、嬉しいな……って何を考えているんだ私は!?今はそんなことを考えてる場合じゃないだろう!!彼女もきっと疲れているというのに…!自分の邪な考えを掻き消し、何とか平静を保つ。

「だっ、ダメだよ!私がひとりでやるから!君は帰って寝なさい!!」
「なんでですか!?私だって皆に任せきりにした責任がありますし、手伝うのは当然の判断だと思いますけど!」
「何度も言ってるけど、君は他の誰よりも働いているんだ!だから手伝う必要はないし、責任を感じる必要もないんだよ!」
「それだったらあくましゅうどうし様も同じじゃないですか!」

あーだこーだと言い合う私たちを困った様子で見守る皆が横目に映るが、ここは私も引き下がれない。 なんとしても帰ってもらわなければ!!二人きりになりたいだなんて…!!そんな考えが浮かんでいるなんて気持ち悪いに決まってる!!

「今日は皆帰って休むように!!!これは上司命令です!!!」
「…せっかく二人きりになれると思ったのに!あくましゅうどうし様のばか!!」
「…えっ!?」

い、今なんて…?二人きりに、なれると思ったのに?彼女の言葉が頭の中で繰り返される。 ……まさか彼女も私と同じことを…!?

「あ、あの〜…」
「…ハッ!ご、ごめんよ!」

彼女の言葉の意味を理解するべく、ぐるぐると頭の中で思考を巡らせていた私に、きゅうけつき君が恐る恐る話しかけてくる。 我にかえり、辺りを見回すと皆が生暖かい目で私を見ていた。 …私はまたとんだ醜態を…っ!

「そ、それじゃあ、僕たち、お先に失礼しますね…すみませんが、あとはよろしくお願いします」
「あ、ああ、遅くまでありがとう、お疲れ様」

皆が口々に「がんばれよーおんなドラキュラ」「大変だろうが、応援してるぞ」なんて彼女へエールを送りながら教会を出て行くのを、私は黙って見守る。 …は、恥ずかしい!!穴があったら入りたいっ!が、今はそれどころではない!!目の前には、むぅと膨れっ面のおんなドラキュラちゃんが立っている。

「あ、あの、おんなドラキュラちゃん…?」
「あくましゅうどうし様は、私と二人きりは嫌ですか?」
「えっ?!、そ、そんなことないよ!」
「…私、どんどん欲張りになってるんです。 私と同じくらい、あくましゅうどうし様にも私を好きになってもらいたいとか、もっと二人の時間がほしいとか…でも、そんなの私の我儘ですよね」
「…っ」

どうして君はいつも私が欲しい言葉を、いとも容易く与えてくれるのか。 あまりにも幸せすぎて、夢じゃないかと疑ってしまう。
ごめんなさい、と項垂れる彼女がいつもよりなんだか小さく儚く見えて思わず抱きしめたい衝動に駆られるが、グッと我慢。

「…私も、同じ気持ちだよ」
「えっ?」
「…き、君をどんどん好きになるにつれて、同じように想ってもらいたい、なんて考えてばかりなんだ」
「ッ…!」
「今も、君が手伝ってくれると聞いて、内心では二人きりになれると喜んでいたし、」
「…ほんとにっ?」
「う、うん、」
「…」
「…」

ふたりの間に、気恥ずかしい雰囲気が流れる。 恥ずかしいやら、嬉しいやら、色んな感情がごちゃ混ぜになって、頭の中がぐちゃぐちゃだ。 チラリと彼女を盗み見れば、丁度彼女もこちらを見ていて、目が合い、ドキッと胸が跳ね上がる。 少しの間、見つめ合っていると、少し冷静になってきて、そこでふと肝心なことを思い出す。

「…飾り付け、終わらせましょうか」
「…そうだね」

そうして私たちは、現実に戻り、残る作業を黙々と進めたのだった。




「さて作業も終わったことだし、そろそろ帰ろうか」
「はーい」

残っていた作業が終わりしばらく彼女との会話を楽しんでいたけれど、楽しい時間はあっという間で、時計を見れば日付が変わる直前だった。 そろそろ帰ろうかという私に彼女は素直に返事をする。 そんなところもいちいち可愛いと反応してしまう自分が少し恨めしい。

「あくましゅうどうし様、ちょっと良いですか?」
「ん?どうしたんだい?」

帰り支度を進める私に彼女が声を掛けてくる。 振り向いて彼女を見ると、両手を後ろに回してこちらを伺うように立っていた。

「手、出してください」
「手?…これでいい?」

はい、と手の平を上に向けて両手を差し出す。 すると、彼女は後ろ手に持っていた包みを私の両手にポンと置いた。 …これは何だろう?誰かに届けものかな?私に届けて欲しいのか?色々と頭の中で考えるが、答えが見つからない。

「ふふっ、クリスマスプレゼントです!」
「えっ!?、わ、私に?」
「も〜!他に誰がいるんですか!なまえサンタからの贈り物です!あくましゅうどうし様だけ、特別ですよ!」
「…っ、あ、ありがとう。 ここで、開けてもいいかい?」
「どうぞどうぞ!」

なまえサンタという破壊力抜群のワードに思わず、狼狽えてしまう。 それに、私だけ、特別…そんな甘い言葉に惑わされつつ、そーっと破らないように包みを開いていく。 そして現れた中身は、

「手袋だ…」
「いつも朝一番に教会に来て、寒そうに手を擦り合わせているのを見ていたので、手袋にしてみました!指先のところに少し穴が空いているので、爪で破れる心配もないですよ!」

手の中にある、手袋を見ると確かに指先に少し小さい穴がある。 …そんなところまで気遣ってくれるなんて、なんて優しい子なんだ…っ!それに普段の私の様子まで気にかけてくれているのが、堪らなく嬉しい…っ!

「…っ、すごく嬉しいよ、ありがとう…!」

ぎゅっと手袋を抱きしめて、心からお礼を伝える。 そんな私に彼女は優しく微笑んでくれた。 そして、胸ポケットの中にある、あの箱の存在を思い出す。 …こんなに素敵なものを貰ったんだ。 私も渡すべきじゃないのか…?でも、気に入ってもらえなかったら?そんな葛藤が頭の中で繰り返される。 そんな私を知ってか知らずか彼女が帰ろうとするそぶりを見せたので、咄嗟に口を開いてしまった。

「じ、実は、私からもプレゼントがあるんだ…」
「へえっ?!!ほ、本当ですか…っ?!」

墓場まで持っていくんじゃなかったのか…っ!と後悔するが、もう遅い。 キラキラした瞳でこちらを見つめる彼女に、腹を括るしかないか…そう決意し、私は胸ポケットから小さな箱を取り出す。 そして彼女に向かってどうぞ、と差し出した。

「気に入ってもらえるか、分からないんだけど…」
「わぁぁ…ありがとうございますっ!!」

彼女は私からのプレゼントを受け取ると、まじまじと見つめ始める。 …恥ずかしいからやめてっ!!!と叫びたくなるが、グッと我慢した。

「開けてもいいですかっ?」
「う、うん、」

包装を剥がす彼女の指を目で追う。 ドックンドックンと鳴る心臓がうるさくて聞こえてしまわないか心配になってきた。 …あぁあ!ど、どうか気に入ってもらえますように…っ!!!私は心の中で神に祈る。

「…金平糖?」
「こ、このあいだ、テレビで特集をやっていてね、この金平糖を見た瞬間、君のことを思い出したから、思わず買ってしまったんだけど…」

色とりどりの金平糖は彼女のコロコロと変わる表情、キラキラと光るビンは、星のように眩しい笑顔と重なって、買わずにはいられなかった。 そんな私の言葉を聞いても尚、じーっと金平糖を見つめる彼女に、私はますます不安になる。

「…これを見て、私のこと思い出してくれたんですか?」
「ちょ、ちょっと年寄りくさかったかな?ご、ごめんね、流行りとか分からなくて…って、ちょ、ちょっと待って!どうして泣いてるの!?もっ、もしかして、泣くほど嫌だった!?!?」

まさかの彼女の涙に、私は狼狽える。 そ、そんなに嫌だったのかな…やっぱり渡さなければ良かった…そんな考えが頭によぎった、その時。

「…っ違いますっ、う、嬉しすぎて…ふぇ〜んっ、あくましゅうどうし様のばかぁ」
「えぇ?!理不尽!!!!、ど、どうしよう…」

なんとまさかの嬉し泣き。 泣くほど喜んでくれてるなんて思いもしなかったが、今はそんなことよりも、彼女の涙を止めないと!!!あたふたと慌てる事しか出来ない私を見て彼女は少し落ち着いたのか、いつもの調子に戻って一言。

「…もう、今なら死んでもいいかもしれない」
「こ、コラッ!そんなこと言っちゃダメだよ!それに、生き返らせるのも私だし!」
「…お目覚めかな。 が聞けるなら、尚更死んでもいいかも」
「よくありませんっ!!!…それに、…そんなのいつでも言ってあげるから…死ぬのはやめておくれ」
「…〜〜〜っ!!もーー!!!!なんでそんなこと言うんですか!?殺す気ですか!?」
「だからなんで死んじゃうの!?!?」

静かな教会に私と彼女、二人だけの声が響く。 日付はとっくに変わってしまったけれど、もう少し、もう少しだけ…この幸せな時間を過ごすことを許してほしい。 彼女の笑顔を見て、そう願わずにはいられなかった。




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