CHAPTER 01 /
04「か、勘違いじゃないよ」


時刻はお昼過ぎ、昼休憩のため皆が食堂へと向かう中、私は悪魔教会で1人ぼんやりと佇んでいた。

「……さすがにあからさま過ぎるだろうか」

ポツリと呟いた独り言が、広い教会に溶け込んで行く。 はぁ、とため息をついて、今置かれている状況を頭の中で整理しようと思考を巡らせた。

事の発端は、おんなドラキュラちゃんと残業をしていたあの日だ。 頬にキスされたことを、年甲斐もなく喜ぶ自分がいて、自室に帰ってからもこのまま自分の気持ちに素直になるべきかどうか、悶々と悩んでいた。 しかし、頭の中のもう1人の自分が、認めてしまってはダメだと囁いている。 もし彼女の気持ちが一時のものだったら?他の誰かを好きになってしまったら?そんな臆病な考えが、頭の中から消えてくれなかった。

そんな問答が夜中に何度も頭の中で繰り返され、どんな態度で接すれば良いのかわからず、避けるような形になってしまい、気まずさでまともに業務以外の会話もしないまま時間だけが過ぎてしまい、今に至る、というわけだ。 …我ながら、なんて情けない。 きっと彼女も呆れているだろう。 何度も話しかけようとしてくれた彼女に心が痛みながらも、これで良いんだと自分に言い聞かせる。 しかし、心の隅では話しかけてくれて喜んでいる自分がいて、矛盾だらけの思考に嫌気がさす。 あの日から、堂々巡りで何も進まないまま、同じことをぐるぐると何度も考えていたのだった。

「いっそのこと、彼女を嫌いになれたら良いのに…」

吐き出した言葉が全く気持ちを伴っていなくて、自嘲気味に笑う。 嫌いになんてなれるわけがない、そんなことは分かっているはずなのに、藁にもすがる思いでそんなことを呟いてしまった。

せめて、普段通りに接しないと。 そう決意した時、教会の扉がギィっと開く音がした。 そして、コツコツと歩く足音が近づいてくる。

「ただいま戻りました!今週分のおばけふろしきです。 ここに置いておきますね!」

普段通りに、いつも通りに…そう思えば思うほど、どうすればいいか分からなくなってくる。 おばけふろしきの箱を私の側に置く彼女に私は出来る限り優しく言葉を放った。

「おかえり。 また姫はこんなに沢山…すぐに蘇生することにするよ」
「私も手伝いましょうか?」
「ありがとう。 でも私は1人で大丈夫だから、もう昼休憩の時間だし、君は昼食に行っておいで」

彼女の目は一切見なかった。 私の考えが全て見透かされてしまいそうで、怖い。 このままここから出て行ってくれることを願う。 今は1人になりたい。 これ以上、心の中を掻き乱されるのは避けたかった。 しかし、そんな私の願いは叶わず。

「あくましゅうどうし様」
「…どうしたんだい?」
「お話したいことがあります」

真っ直ぐな言葉。 彼女らしいと思う。 だけどそれが今の私には、真っ直ぐ過ぎて直視できなかった。

「ごめんね、今忙しいから、話なら後で…」
「後でっていつですか?おばけふろしきの蘇生が終わったらですか?それなら終わるまで待ってます」
「…そのあとも他に仕事があるから、また今度に」
「…そうですか、わかりました」

やっと諦めてくれた。 とホッと胸をなでおろす。 しかしそんな私の安堵は、すぐに消え去った。

「じゃあ、今言います」
「えっ、」
「…このあいだは、調子に乗ってすみませんでした」
「…っ」

突然の謝罪に思わずたじろぐ。 まさか謝罪されるとは思ってもおらず、面食らってしまった。 そんな私を知ってか知らずか、彼女は話を続ける。

「私、甘えていたんです。 あくましゅうどうし様が本気で怒るわけないって勝手に決めつけて、挙げ句の果てに、私のこと好きなんじゃないかって都合の良いこと考えて…本当に自分勝手ですよね…ごめんなさい」
「(や、やっぱり気づいていたんだ…!)い、いや、そんなことは…」
「これからはちゃんと立場をわきまえて、良い部下でいられるように気をつけます。 だから…っ」

何かを堪えるように言葉を詰まらせて、こちらを見つめる彼女はとても辛そうな表情をしている。 …こんな表情をさせているのは、私、だ。

「…私を、避けないで…っ」

瞳に涙を溜めながらそう言った彼女に、私は呆然とする。 泣かせて、しまった…?私が、彼女を?
ひっく、ひっくと嗚咽を漏らす彼女を見て、頭の中でプツンと何かが吹っ切れるような音がした。

「…っ!!あああぁ!もう!!!」
「…っ!?」

突然叫ぶ私に驚き、顔を上げるおんなドラキュラちゃん。 私は側にあった、おばけふろしきを1枚掴むと、彼女の顔を包み込む。 ああ…私のくだらない見栄と意地のせいで、こんなにも優しい子を泣かせてしまった。
後悔と罪悪感が、ずんと押し寄せてくる。

「君みたいな子を泣かせてしまうなんて、私は何をやっているんだ…」
「…あ、あくましゅうどうし様、ごめ、っなさい、私、こんなっ、泣くつもりじゃ…っ」
「本当にごめんね、おんなドラキュラちゃん」
「謝らないでくださいっ!わ、私が悪いんですっ!私が勘違いして、調子に乗ったから…っ」

こんな状況でも、自分が悪いんだと言う彼女の優しさに自分の愚かさが浮き彫りになる気がして、恥ずかしくなる。 私はついに、今まで口にしなかった想いを打ち明けようと口を開くが…

「あ、あの、そのことなんだけどね…」

上手く言葉が出てこない。 散々、彼女の気持ちを否定しておいて、調子が良すぎるのではないか?そんな臆病な考えが、また頭の中を支配し始める。 しかし、そんな私を不安そうに見つめる彼女を見て、そんな想いは掻き消した。

「か、勘違いじゃないよ。 ちょ、調子にも乗っていないし」
「へっ?」
「あ、いや、その、このあいだの…その、き、キスのことも、怒ってないよ」
「…ほんとに?」
「っ……ああ。 だから、今回のことは私が悪いんだ。 まさか君を泣かせてしまうなんて考えもしなくて…本当にごめんね」

勇気を出して、彼女の目尻に残っていた涙を指先で拭う。 緊張で少し震えてしまって、本当に情けない。 しかし先程の不安いっぱいな表情は消え去り、いつもの愛らしい表情へと戻りつつあった。

「…勘違いじゃない、ってどういう意味かわかって言ってます?」
「えっ?!あ、いや、それは…その…」
「私、ちゃんと言ってくれなきゃ、嫌です」
「…っ、私は、」

問いただすような彼女の口ぶりに、思わずどもってしまう。 狼狽える私の両手をギュッと握り、じーっとこちらを見つめる彼女に、私は決心して、口を開いた。

「…君の勘違いじゃないよ、私は、君のことが、す、好き、だから」
「っ…!!!私も好きですっ!!!」
「うわあっ!!ちょ、ちょっと、おんなドラキュラちゃん?!」

突然、抱きついてきた彼女を受け止める。 フワッと香るシャンプーの匂いが心地良くて、抱きしめる手が自然と少し強くなった。

「あくましゅうどうし様、良い匂い…」
「…っ、はあああ全く君はいつもいつも私を振り回して、」
「ふふっ、ごめんなさーい」
「…悪いと思っていないだろう?」
「さっきまでは思ってました」
「…ごめんね」
「ふふふ」

軽口を叩きあって、お互い微笑み合う。 こんなにも穏やかな時間が過ごせるなんて、さっきまでは考えられなかったのに。 優しく微笑む彼女を見て、心の中が満たされていくのがわかった。

「これは、晴れて恋人同士になったってことで間違いないですか?」
「…間違いないです」
「…っ〜〜!!!嬉しいっっ!!あっ!そうだ!姫に報告しないと!いつも相談に乗ってくれてたし!そうと決まれば今から一緒に…!」
「ちょっ、ちょっとおんなドラキュラちゃん、落ち着いて!もうすぐ昼休憩も終わるし、おばけふろしきも蘇生しないといけないから…!」
「あ、そうだった!!ごめんねっ!おばけふろしきたち〜っ!!」

コロコロと変わる表情に思わずクスクスと笑ってしまう。 そんな私を見て、彼女は一瞬の間固まった後、パッと顔を背けてしまった。

「…?どうしたんだい?」
「っな、なんでもありません!そ、それより早く蘇生始めちゃいましょう!私も手伝います!」
「ありがとう、お手伝いよろしく頼むよ」

先程一度断った手伝いをお願いする。 本当は手伝いが無くても出来ることだけど、もう少し一緒にいたい、そんな邪な考えが浮かんで、ハッとする。
だ、ダメだ!仕事中なのに!ごめんよ、おばけふろしきたち!!今すぐ蘇生するからね!!!!
気持ちを切り替え、おばけふろしきを次々と蘇生していくが、すぐにまた頭の中は彼女のことでいっぱいになってしまう。 食べ損ねた昼食に誘おうかな、なんて考えている自分をまたもや掻き消し、今度こそ集中しようと意気込んだのだった。




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