CHAPTER 01 /
04「…私を、避けないで…っ」


「姫…どうしよう…私もう辛くて生きていけない」
「よしよし」
「むー!」

ガクッと肩を落とす私を励ますように、姫とでびあくまが優しく髪を撫でてくれる。 その優しさが染みて、思わず目頭が熱くなるが、グッと我慢。
今日は週に一度のおばけふろしきの回収の日。 楽しい恋バナタイムのはずなのに、今日の気分はズーンと落ち込んでいる。

「レオ君、まだなまえちゃんのこと避けてるの?」
「うん…調子に乗って、ほっぺにチューなんかしなきゃよかった…」
「レオ君、喜びそうなのに」
「私もそう思ってたんだけど、違ったみたい」
「(思ってたんだ)」

私が落ち込んでいる理由、それはほっぺにチューをした翌日から、あくましゅうどうし様に避けられていることである。 必要最低限の会話しかなく、私が話しかけようものなら、用があるからとすぐに立ち去り、目が合っても、ふいっと逸らされて、私の視界から逃げてしまう。 今まで私が何かやらかしたときだって、こんな風にあからさまに避けることなんてなかったのに。 あの日の帰り、明日会ったらどんな反応するかな?なんてわくわくしながら廊下を歩いてた自分を呪いたい…!!!

「正直ね、あくましゅうどうし様の反応を見て、彼も私のこと好いてくれてるんだろうなぁって思ってたの」
「うん」
「でも、それは私だからじゃなくて、他の女の子でもああいう反応するんじゃないかって考えるようになっちゃって…」

真っ赤になったり、嫉妬してくれたり、そんな反応をするのは私のことが好きだから?なんて都合良く考えていたけど、本当は違うのかもしれない。 純粋な彼をからかったバチが当たったんだ。

「それはちがうと思うけど」
「そうなのかなぁ…あぁー!!もうわかんない!だって他の女の子があくましゅうどうし様に迫ってるところなんて見た事ないし…っていうかそんなの見たくない!!想像しただけで泣けてくる〜〜」
「…よしよし(情緒不安定だな)」
「ううう、姫ぇ〜っ!」
「うぐっ、(苦しい、けど良い匂い、あぁ…この香りに包まれて、ぐっすり、眠りた、い…)」

なでなでと髪を撫でてくれる姫が愛おしくて思わずガバッと抱きしめる。 きつく抱きしめたからか、呻き声が聞こえたけれど、それはすぐに寝息に変わってしまった。 きっと眠いのを我慢して私の話を聞いてくれてたんだよね。

「励ましてくれてありがと、姫」

姫をベッドに寝かせてお布団を被せてあげると、でびあくま達が姫の布団に潜り込んで添い寝を始める。 そんな微笑ましい光景に癒されるけれど、ずっとこのままここにいるわけにもいかない。 よいしょ、とおばけふろしきの箱を持ちあげて、そっと牢を出る。 教会までの足取りがやけに重い。 いつもなら早く戻りたくて仕方ないのに、また彼に避けられたらと思うと一歩一歩が鉛のように重く感じた。 …でも、このままじゃ、ダメだ。 もう一度あくましゅうどうし様に話しかけてみよう。 それでもダメなら、せめて良い部下でいられるようにこの状況を受け入れなきゃ。 私はそう決意して、教会へと向かった。






「…緊張するなぁ」

教会の扉の前に着き、深呼吸。 この扉を開けるのを躊躇う日が来るなんて思ってもみなかった。 扉に手をかけて、もう一度深く深呼吸する。

「…よしっ」

勇気を出して、扉を押す。
中を見渡すと、あくましゅうどうし様は奥の祭壇近くに立っていた。 お昼休みだからか、他に人はおらず、余計に緊張する。 私は極力、普段通りに振る舞うように、元気な声を出した。

「ただいま戻りました!今週分のおばけふろしきです。 ここに置いておきますね!」
「おかえり。 また姫はこんなに沢山…すぐに蘇生することにするよ」
「私も手伝いましょうか?」
「ありがとう。 でも私は1人で大丈夫だから、もう昼休憩の時間だし、君は昼食に行っておいで」

いつもと変わらない物腰柔らかな話し方だけど、私にはわかる。 照れ臭くて目を逸らすことは何度もあったけど、会話中に一度も目が合わないことなんて今まで無かった。 …わざと目を合わせないようにしてるんだ。 このままここで流されたら、ずっと何も変わらないままだ。 そう思った私は、思い切って話しかける。

「あくましゅうどうし様」
「…どうしたんだい?」
「お話したいことがあります」
「ごめんね、今忙しいから、話なら後で…」
「後でっていつですか?おばけふろしきの蘇生が終わったらですか?それなら終わるまで待ってます」
「…そのあとも他に仕事があるから、また今度に」
「…そうですか、わかりました。 じゃあ、今言います」
「えっ、」
「…このあいだは、調子に乗ってすみませんでした」
「…っ」

突然謝罪した私に、あくましゅうどうし様は驚いたのか、少したじろぐ。 でも、私は間髪入れずに話し続けた。

「私、甘えていたんです。 あくましゅうどうし様が本気で怒るわけないって勝手に決めつけて、挙げ句の果てに、私のこと好きなんじゃないかって都合の良いこと考えて…本当に自分勝手ですよね…ごめんなさい」
「い、いや、そんなことは…」
「これからはちゃんと立場をわきまえて、良い部下でいられるように気をつけます。 だから…っ」

胸がぎゅーっと締め付けられて、言葉に詰まる。 好きだと言えないことがこんなにも辛いことだったなんて、思いもしなかった。

「…私を、避けないで…っ」

最後まで言い切る前に、涙が滲んできて、思わず俯いてしまう。 ひっく、ひっくと嗚咽が出てしまって、いい大人が情けない。 止めようとすればする程、涙は止まらなくて、子供のように手の甲で涙を拭おうとした、その時。

「…っ!!あああぁ!もう!!!」
「…っ!?」

あくましゅうどうし様が突然、叫ぶ。 そして側にあった、おばけふろしきの残骸を1枚掴むと、私の顔を包んで涙を拭ってくれた。

「君みたいな子を泣かせてしまうなんて、私は何をやっているんだ…」
「…あ、あくましゅうどうし様、ごめ、っなさい、私、こんなっ、泣くつもりじゃ…っ」

心底申し訳なさそうに呟きながら、私の涙を拭ってくれるあくましゅうどうし様の手つきが、とんでもなく優しくて、余計に涙が溢れてくる。

「本当にごめんね、おんなドラキュラちゃん」
「謝らないでくださいっ!わ、私が悪いんですっ!私が勘違いして、調子に乗ったから…っ」
「あ、あの、そのことなんだけどね…」

歯切れが悪そうに口籠るあくましゅうどうし様の様子に、不安な気持ちがまたどんどん膨らんでくる。 や、やっぱり、私に言い寄られるの嫌だったんだよね?!ここはハッキリ、もうしないって言わないと…!そう思い、口を開こうとした、瞬間。

「か、勘違いじゃないよ。 ちょ、調子にも乗っていないし」
「へっ?」
「あ、いや、その、このあいだの…その、き、キスのことも、怒ってないよ」
「…ほんとに?」
「っ……ああ。 だから、今回のことは私が悪いんだ。 まさか君を泣かせてしまうなんて考えもしなくて…本当にごめんね」

目尻に残っていた涙を今度は指先で拭ってくれるあくましゅうどうし様がいつもよりも甘い雰囲気で、なんだかふわふわ夢を見ている気分。 それに、さっきの言葉…

「…勘違いじゃない、ってどういう意味かわかって言ってます?」
「えっ?!あ、いや、それは…その…」
「私、ちゃんと言ってくれなきゃ、嫌です」
「…っ、私は、」

悩むような表情で口を閉じてしまった、あくましゅうどうし様の両手をギュッと握る。 ここまで来たら、もう絶対に逃さない!じーっと見つめて、離さない私に観念したのか、彼の重い口が開いた。

「…君の勘違いじゃないよ、私は、君のことが、す、好き、だから」
「っ…!!!私も好きですっ!!!」
「うわあっ!!ちょ、ちょっと、おんなドラキュラちゃん?!」

私はついに我慢出来なくなって、ガバッと彼に抱きつく。 胸元に顔を埋めると優しい柔軟剤のような香りが広がって、とっても安心した。

「あくましゅうどうし様、良い匂い…」
「…っ、はあああ全く君はいつもいつも私を振り回して、」
「ふふっ、ごめんなさーい」
「…悪いと思っていないだろう?」
「さっきまでは思ってました」
「…ごめんね」
「ふふふ」

なんだかおかしくなって、お互いに微笑み合う。 さっきまでの暗く沈んだ気持ちが嘘みたいに軽くなって、ポカポカ暖かい気持ちが溢れてくる。

「これは、晴れて恋人同士になったってことで間違いないですか?」
「…間違いないです」
「…っ〜〜!!!嬉しいっっ!!あっ!そうだ!姫に報告しないと!いつも相談に乗ってくれてたし!そうと決まれば今から一緒に…!」
「ちょっ、ちょっとおんなドラキュラちゃん、落ち着いて!もうすぐ昼休憩も終わるし、おばけふろしきも蘇生しないといけないから…!」
「あ、そうだった!!ごめんねっ!おばけふろしきたち〜っ!!」

すぐそばにある箱の存在を忘れていた私は、思わず彼らに謝罪する。 クスクスとあくましゅうどうし様の笑い声が聞こえ、チラリと彼を盗み見れば…

「…っ!(なに、あの笑顔っ…!)」

とんでもなく甘い笑顔で私を見つめる彼と目が合い、カァッと顔が熱くなる。 思わず、パッと俯いてしまった。

「…?どうしたんだい?」
「っな、なんでもありません!そ、それより早く蘇生始めちゃいましょう!私も手伝います!」
「ありがとう、お手伝いよろしく頼むよ」

赤い顔を見られないように、すぐに蘇生に取り掛かる。 これが終わったら、お昼ご飯一緒に食べられないかなぁ…そんなことをつい考えてしまってハッとする。 いけないいけない!集中しなきゃ!!少し離れたところで、次々と蘇生をこなすあくましゅうどうし様を見て、気持ちを切り替える。
遅くなってごめんね、そう心の中で謝りながら私もおばけふろしきの蘇生に取り掛かったのだった。




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