ラララ存在証明 | ナノ

  何度だって、よんでみる


無一郎の屋敷に戻ると、まず話したのは、やはり痣のことだ。目の前に座る彼の頬をペチペチと触ってしまうと、煩わしそうに顔を背けられる。

"痣者は例外なく25歳を待たずに死ぬ"

無一郎が25歳まで、たったの11年しかない。蜜璃さんに至っては、6年だ。

「そもそも生き残れなかったら意味ないでしょ。」
「分かってる。分かってるもん。」

頭に過るのは生前の有一郎くんの言葉だ。私たちに、うんと長生きして欲しいって言っていた。だけど、その願いを叶えてあげることが、最早難しい。

「ああ、もう!そんな顔しないでくれる?」
「ふぐぅ…」

ふに、と鼻先をつままれて、グリグリされた。容赦のない攻撃に、涙目で睨み付ける。

「っ!なに煽ってんの。」
「なんでそうなるの…」
「例外もいたって話でしょ。泣くと不細工って、兄さんが生きてたら言われてるよ。」
「だって、」

言い返そうとしたところでやめた。後にも先にも恥ずかしい言葉しか出てこない。無一郎がいないと、私は生きていけないのだ。そう思って肩を落としたところで、パシンと頬を叩いた。そうだ、無一郎の言う通り例外だってあった。これからの戦いを生きて終えることの方が大事で、生き残れたら、10年以上も時間がある。その間に医療はどれほど進歩するだろう。私は医者の卵だ。生き残った後のことは、それから考えれば良い。皺皺のおじいちゃんおばあちゃんになっても、手を取り合って生きていく未来を、諦めたりなんかしない。

「私が痣の呪いを解く方法を突き止める。」
「!」
「だから、私が痣者になることも止めないでよね!」
「あっそ、いつからそんな生意気になったのかな。何と言われても賛成はしないからね。」
「別にいいもん。」

もし痣の解明ができなかったとして、私が痣者になれば、私の方が彼より1年先に旅立つことになるのだろうか。こう言う時に歳の差というものは煩わしい。どうして同じ年で同じ日に生まれなかったのだろう。我ながら、その立場だった有一郎くんがとても羨ましい。

______鬼になれば、永遠に生きられるんだよ

「………っ…、」

無一郎といる時くらい消えろよこのカス。そう思いながらも、立ってることがつらいとまで感じるくらいには、鬼の声が煩すぎてその場に蹲った。今まで、こういう時は1人で何とかしてきたけれど、今は、温かな存在が私を支えてくれている。

「薫!苦しいの?」

労わるかのように名を呼ばれて、腕の中に包み込まれた。無一郎の心臓が、拍動を刻む音が耳に響いて心地が良い。

「大丈夫、大丈夫だから…私は負けたりしないから…大丈夫。」

言い聞かせるように呟く私の背を、温かな手が摩ってくれている。それだけで、私は自分を保っていられる。

______1人が嫌なら、2人で鬼になれば良いんだ。2人とも素質があると思うよ。大丈夫、あの方もきっと認めてくれるさ。

「うぅ、ふっ…、っ…」
「薫!」
「だい、じょぶ…負けない、から…そんな顔しないで、無一郎。」

昔から、無一郎の悲しそうな顔が苦手だった。有一郎くんと喧嘩して、よく泣いていた彼の姿は、いつも可哀想だった。

「我慢しなくていいから。何でもぶつけてくれて構わないって言ってるでしょ、薫。」
「充分、これでも、甘えて、るんだけど…」

荒がった呼吸を整えながら、言葉を紡いだ。あんまりにも幻聴が酷いと、それを抑え込もうとして、ついつい呼吸を忘れてしまう。そうすることによって、肺が普段以上に酸素を求めてしまい、過呼吸になりそうになる。その原理も分かっているから、必死に息を吐いた。

「無一郎、くる…しい…」
「どうして欲しい?俺に出来ることを教えて。」

体勢を変えたいと告げた。円背な体勢は、肺が潰されてるような感覚があって、酷く息苦しいのだ。そこまで言わなくても伝わったのか、抱きしめられていた体勢から、背中を支えられ仰向けに変えてくれた。

「横になる?」
「ううん、うま、く…息、出来ない、時は…半座位、が…1番楽…だからっ、」

ハアハアと浅い息を吐くタイミングを見計らって、言葉を紡ぐ。横隔膜が少し下がる感覚がして、肺が大分楽になっていくのが分かった。無一郎は、私の呼吸が落ち着くまで、ずっとその体勢でいてくれた。やがて呼吸が落ち着いてきて、支えがない状態でも立ち上がれるようになると、無一郎の身体がゆっくりと離れていく。

「…ごめ「謝るの無し」…っ?」

また迷惑をかけたと思って、謝罪しようと思った途端、無一郎の唇が私の唇を塞いだ。突然の出来事に惚けていると、悪戯が成功した童のように、ニヤリと笑わられる。

「薫、無防備すぎ。」
「ええっ、だって無一郎がっ!」
「なに。文句あるの?」
「ないです…」

いつからこんな可愛げが無くなったのだろうか。昔の無一郎は無邪気で純粋で可愛らしかったというのに。

「何か失礼なこと考えてない?」
「考えてない!!」
「あっそ、ねぇ、お腹すいた。なんか作ってよ」

そう言えば、そろそろ夕餉の時間だ。此処は私の屋敷ではないから、台所の勝手が分からないんだけどと告げると腕を引かれて案内される。台所に辿り着いて、食材を確認して、さあ作るかと腕まくりをした。

「無一郎はお米炊いてくれる?」
「分かった。」

なんだか昔を思い出すな、と思った。お父さまは、名の知れた医者だったこともあって、凄く多忙な人だったから、あんまり家に帰ってくることがなかった。お手伝いさんがいたけれど、それでも寂しくて、よく無一郎の家に泊まりに行ってた。有一郎くんは、意外と器用でなんでも作れたのに対して、無一郎は不器用だったから、簡単なことしか任せられなかった。

「なんだか昔を思い出すねとか思ってる?」
「あ、うん…」
「一緒だね。」

穏やかな笑顔を見ると温かな気持ちになる。私は無一郎の大好きな大根の皮を剥きながら、今夜の献立を何にしようかなと思案した。

「薫、卵もあるからね。」
「!う、うん…覚えててくれたんだ…」
「当たり前でしょ。こっちは僕がやるから。」

だし巻き卵。私の好物だ。とは言え、それを無一郎が作ってるところを見たことがないのだけど…心配な面持ちとは正反対に、器用に彼はそれをこなしていく。3年の間に、無一郎は幾分か料理が上手くなったようだ。

「無一郎の屋敷にはお手伝いさんはいないの?」

記憶を戻した今は良いだろうが、無かった頃は女中が居なければ大変だったんじゃないかなと思った。

「今はいない。」
「そうなんだ…」
「それがどうかしたの。」
「ううん…私、そんな料理上手い方じゃないなら大丈夫かなって、」

本職の人と比べると、私の料理なんて…グツグツと大根を煮込みながら俯いていると、ズイッと無一郎が近づいてきた。そして呆れたように盛大な溜息を吐かれる。

「薫の自己評価が異常なほど低いの何とかならないの?腹立つ。」
「え、えと…?」
「そもそも薫が料理下手だったら、台所になんか近づけさせないから。」
「は、はい…。」

つまり、私の手料理を食べたいということで良いのだろうか。私の料理は、どうやら無一郎の胃袋を既に掴んでいるらしい。

「………ねえ、無一郎?」
「なに。」
「ありがとうね。」

どれだけ伝えても足りないくらいに、君という存在に感謝している。そう微笑むと、額にチョップを受けた。いきなりなにするんだと睨み付けると、ふいっと顔を逸らされる。微かに見える頬が真っ赤になっていた。

「ほら、出来たよ。食べよう。」

仕上がった料理たちを皿に乗せて、並べていく。食事の席について、2人揃っていただきますをした。とても鬼がこの世に存在しているとは考えられない程の幸せな時間に浸る。どうか今だけは、許されるだろうか。また明日から、剣を取り、己を律していくから。


















...

翌朝から早速、柱稽古が始まった。数人の隊士が無一郎の屋敷を訪れ、稽古場で打ち込みをしている。私はその音を聞きながら書物を読んでいた。本来なら、物音ない静かな場所で読書に励みたいところだけど、しのぶさんから出来るだけ1人にはなるなと言われているので、無一郎の目が届く所にいるよう心がけている。無一郎が隊士を指導する姿は、なんとも表現しづらいものだった。

「なにやってるの、全然駄目。ちょっとそこ、なに薫と話してるの。そんな余裕どこから湧いてくるの。随分と余裕なんだね、そんな余裕あるなら僕から1本は取れる筈だよね、なんで取れないの馬鹿なの?」

殆どの隊士には塩対応で、やる気のない隊士には悪魔かというくらい心を抉る言葉を浴びせている。まあまあ、もう少し優しくと私がその隊士を庇おうものなら、更に機嫌が悪くなり、稽古が厳しくなるということを身をもって体験したので、申し訳ないが、私は彼等を助けてあげられない。そんな無一郎も、炭治郎くんがやってきた時は、とてもご機嫌だった。

「そうそう!炭治郎さっきより速くなってるよ!筋肉の弛緩と緊張の切り替えを滑らかにするんだ!そうそう!そしたら、体力も長く持つから。」

周りの隊士たちは、あれ誰…?というような目で無一郎を見ている。私からすれば、あれが無一郎の本来の姿なのだけど。

「あ、無一郎ちょっといい?」
「なに?あ、君たちは素振りやっててよ。それが終わったら、打ち込み台が壊れるまで打ち込み稽古しな。炭治郎もそのまま続けててね!」

異物を見るような目で、此方に視線を向けないで欲しいと思ったけれど、そうも言ってられないので用件を無一郎に伝えた。申し訳なさそうに、私の肩に留まった鎹鴉が、私たちの様子を窺っている。私は先程、この子から受け取った手紙を無一郎に見せた。

「胡蝶さんのところに今から?」
「う、うん…至急手伝って欲しいことがあるみたいで…」

行ってきても良いか?と問うと、うーんと悩まれた。無一郎は今、隊士たちに稽古をつけてる最中だから、付き添えないことを気にしているのだろう。だけど、私からしてみれば、別に病気でも何でもないのだから、これくらいの1人行動は許して欲しいくらいだ。

「薫ちゃん、しのぶさんのところに行くのか?」
「うん、呼ばれてて…」
「だったら、禰豆子の様子を見て来てもらえると嬉しいな!」

私たちの話を聞いていたのであろう炭治郎くんが、とう!と素振りをしながらそう言った。

「そうだ!炭治郎、薫をおぶって蝶屋敷まで行って来てよ。」
「「え!!?」」
「人をおぶって走るのは鍛錬にもなる。一瞬だけなら禰豆子の顔を見て来ても良いよ。その代わり帰りも走って帰って来てね。」
「え、いいの…無一郎…」
「だって、僕は離れられないし。炭治郎なら任せられるから」

柱命令。ほら行って来いと言った無一郎に、心の中で職権乱用だよと呟いた。柱の命令と言われてしまえば、炭治郎くんは逆らうことができないので、その場に屈まれる。私は断りを入れてその背に乗った。

「行くよ?」

そう言って駆け出した炭治郎君の背にしがみついた。しのぶさんの用件は、なんだろうと考えを巡らせる。屋敷に来て欲しいということは、余程緊急なのだろう。自分が役に立てば良いなと思いながら、道のりを急いでもらった。











20200601

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