ラララ存在証明 | ナノ

  水面にうつる幻影


心の受け皿が、どれだけ有れば、人の心は壊れずに済むのだろうか。





ゆらゆらと水面が波打つ。小さな木漏れ日が、嘲笑うかのように私を見下ろしている。私に光は似合わない。逃げるように日陰へと足を運ぶと、其処には先客がいた。

「何やってんだよ、お前。」

最期に見たときと変わらない姿で、此方を睨みつけてくるのは、もうこの世にはいない私のもう1人の幼馴染み。ぶっきらぼうな物言いからは、私の身を案じている様子が垣間見えて、相変わらずだなと呑気なことを思ってしまう。

「あれ、有一郎くん…その額…」

その顔を見つめていると、ふと額に傷があることに気づいた。

「あ?鬼にやられたんだよ。」
「え、なんで…?あの時治したはずなのに、」

あれは、私に鬼の血が流れる証拠のような出来事だった。鬼は再生能力がかなり高い。

「何言ってんだお前。治ってねぇよ。クソ不味いもの飲ませやがって。」
「へ、」
「もう1度言う。何やってんだよ、薫。」
「な、何って…」

そう言えば、私は先程まで何をしていたのだろうか。目の前にいる彼が、もうこの世にはいない存在だと言うことは認識出来ているから、ここは夢の中のはずだ。

「分からないよ、分からないよゆうくん…」
「お前こう言う時だけ、そういう風に呼ぶのやめろ。」
「だ、だって…」
「はあ…無一郎に知られたらどうなるか…」
「え、」

深いため息を吐いた有一郎くんは、私の方へ歩み寄ってきた。

「こんな所で、へばりやがったら許さないからな。」
「いだっ、」

ペチンと額を叩かれた。夢の中のはずなのに、どうして痛みを感じるのだろうか。

「約束、覚えてるんだろ。」

______うるせぇ…弟を…むい、ちろを…頼む…!

今際の際の彼の願いは、誰よりも無一郎の身を案じるものだった。

「…覚えてるよ、」
「嘘だな。ならなんで、お前はそんな顔してるんだよ。」
「そんな顔?」

私は一体どんな顔をしているのだろうか。鏡がないから、よく分からない。酷い顔をしてるのかな。

「ねえ、有一郎くん。私がもし無一郎を傷つけたらどうする?」
「地獄の果てまで追いかけてぶん殴る。」
「こわ…」
「だけど、それは…」

ざああ…と突風が吹いた。そのせいで、有一郎くんの声が聞こえ辛くなる。私は慌てて有一郎くんを掴もうとしたけれど、それは、スッと通り抜けてしまった。

「!」
「お前は、こっち来んな。」
「もう何なのみんなして。」

此方へ来いとか、行くなとか。其方に居ては駄目とか、其処にいろとか。もうそんな声には飽き飽きしている。どの声に従えば良いと言うのだ。

「お前の居場所はお前が決めるしかないだろ。誰かに言われた通りにするのかよ。」
「じゃあ、どうしろって言うの…」
「お前はどうしたいんだ。」
「私は…」

______2人…には、幸せに…なって、欲しい

有一郎くんの最期の願いを叶えたかったはずだ。その為に鬼を滅する方法を学び、自分の身体を鍛えてきたはずだ。

「お前が笑えてないと、意味ないんだよ。」

______お前は、笑ってる方が良い。

「鬼の声なんかに、惑わされんな。それはお前の仕事だろう。」

香柱。それは誰よりも鬼を惑わし、欺く者。幻術に長け、治癒の技が使える唯一無二の存在。

「沢山の声が流れてくるの。どれもが私の存在を否定する。生まれて来なければよかったって何度も思った。私なんかが居なければ、有一郎くんが死ぬこともなかったはずだから。だから、私は私と言う存在が1番許せない。」
「だが、それとは別に、お前と言う存在を誰よりも必要としている奴がいる。」
「…!」

_______それでも僕は、薫が好きだよ。

とうとう目から涙が零れ落ちた。

「しっかりしろよ、薫。」
「うん、」
「情報過多で、壊れそうになってるのは分かる。だったらもう何も聞かなくて良い。他人の声よりも、自分の心を大事にしろ。」

トントンと私の心臓の辺りを優しく撫でられる。いつにもなく優しい彼の言動が、凄く心地よい。

「私は、悪しき鬼を滅する。無一郎を守る。」

強い心を持っていれば、大丈夫だと、お母さまが言っていた。もう何にも惑わされない!

「ありがとう、有一郎くん…」
「いつまで経っても鈍間だな、愚図。」
「もう!さっきまで優しかったのに!」

顔を見合わせて笑い合った。いつだって君はそばにいてくれて、私たちを守ってくれているんだね。それならば、尚更、下を向いてなんていられない。

_______薫。

上から大好きな声が聞こえてくる。それに手を伸ばした。最後にもう1度だけ、彼の姿を目に焼き付けて置こうと、視線を戻す。

「行ってこい、薫。暑苦しいからこっち来んなよ。」
「ありがとう、有一郎くん。私、負けないよ。」

温かな感触が私を包み込んだ。

______俺より、うんと長生きしろ。絶対だからな。お前ら2人で幸せになれ。










20200529

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