ラララ存在証明 | ナノ

  呼吸の仕方を教えて欲しい


無一郎は、屋敷の前に着くと、私をゆっくりと地面に下ろした。靴を脱いで、家へと上がって行く無一郎に習って、その後ろを着いていく。片方の靴を脱いで、屋敷の中に足を踏み入れようとした瞬間、ゾワリと背筋が凍った。

「む、無一郎やっぱり私、」

離れなければと思った。無一郎に危害を与えるわけには行かない。ようやく彼は自分を取り戻したのだ。そんな足を引っ張るような真似はしたくない。私が近くにいるせいで、無一郎がまた傷ついてしまうのが、1番嫌だ。

______薫、其処には行ってはいけないよ。

何事もないように、去りたかったのに。今までに経験したこともないような沢山の声が大音量で頭に流れてくる。なにこれ。

「!、やあ!!」
「薫!」

無一郎は、突然悲鳴を上げた私のもとに、直ぐ様駆け寄ってくれた。その表情は険しく、何が起こっているのか分かりかねているようにも見えた。ああ、そんな顔させたくないのに。どうしていつも私は、君を悲しませることしか出来ないのだろうか。

______薫、可愛い薫。私の薫。此方においで。危ないよ。さあ、薫…

「薫!どうしたの?」

先程から忌々しい鬼に混ざる愛しい声があった。

「お父、さま………うぅ…」
「薫!」

どうして、とドサリと膝から崩れ落ちる。顔面を床に強打するかと思ったところで、ふんわりと無一郎に包み込められた。遠くから鴉が鳴く声が聞こえてくる。

「銀子!胡蝶さんのところに行ってきて!」
「ハハン?ソノ小娘ノ為?」
「そう、急いで。………薫、しっかりして。鬼の洗脳なんかに負けないで。」
「カァー!」

懐に手を忍ばせて、しのぶさんから捨てろと言われていた粉末を取り出した。これは私が作った毒。ガサガサと音を立ててしまったせいか、無一郎に気付かれてしまう。これ以上はいけないよ、そう私を咎めたお館様の顔が過った。

「駄目。」

手元にあった粉末が一瞬のうちに奪われる。

「返して…。返して…!お願い無一郎、」
「駄目、渡さない。薫、自分を見失わないで。これ以上、身体を傷つけないでよ。」
「…やだ怖い、やだ。やだ。」
「何が怖い?言ってみて。薫を怖がらせるものから、俺が必ず守る。」

______薫。怖くないよ。さあ、此方においで。何も痛くはないよ。大丈夫だ。私と一緒になろう?

いつもは数分で消えていた声が、消えない。忌々しかった声に、愛する父親の声が再び混ざる。

「薫、僕がここにいるよ。」

ギュッと抱きしめられた腕が、さらに強くなるのが微かに感じられた。ドクンドクンと頭に響くのは、心臓が拍動を刻む音。それは一律で、それが心地よく感じる。

「無一郎、無一郎…むいちろっ…」
「うん、うん…。俺は此処に居るよ。」
「声が消えないの、」
「声?」
「いつもはこんなに大きくないのにっ…直ぐ消えてくれるのに…消えないの!私が私じゃなくなりそうになるよ、どうしようどうしよう!!」

______鬼狩りは人を殺しているんだよ。医者になりたいんじゃなかったのかい?どうして人を殺す?

「鬼狩りは唯一鬼を救ってると言ったではありませんか…お父さま…」

そんなお母さまがかっこいいと思って、そう告げたら笑ってくれたはずだ。あれは、嘘だったのか。まやかしだと言うのか。

______薫は悪い夢を見せられているんだね。君は鬼だよ。人間は悪い奴らなんだ。私たちを殺してしまうんだよ。ああ、恐ろしい、恐ろしいね薫。

「やああああ!!」
「薫、落ち着いて!僕の声を聞いて。お願いだから。しっかりしてよ薫!!」

______君が真っ当に生きられるわけないよ。人でなければ鬼でもない。呪われた女の子。

「呪われた…女の子…だから…私は生きてちゃ、いけな「薫!!」…っ、」

パシンっと頬に鋭い痛みが走った。何かに攻撃されたのか。下を向けば目に入るのは日輪刀。鬼を斬る刀。私たちの仲間を斬る刀?ちがう!私は鬼なんかじゃない!

______ならば人だと言うのかい?そんなに回復が速い身体をしているのに?

「薫は薫だよ。俺が生きてる限り、生きててくれないと困る。勝手に自分の存在価値を決めつけるなんて許さない。」
「生まれて…来なきゃ、良かった…」
「そんな訳ないでしょ。生まれてきてくれてよかった。僕と出会ってくれてありがとう。薫が生まれてきたおかげで、沢山の人が救われたことを、僕は知ってる。僕が…俺が…樋野薫という唯一無二の存在の意義を、証明してみせる!!」

必死に私の名を呼ぶ大好きな声が、凄く遠いところにあるように感じられた。それに触れたいのに、届かない。

______こんな力の無い奴に証明なんて出来るわけがない。同情しているだけだ。可哀想な女の子を守る自分に酔っているんだよ。

「違う、そんなことない…私は可哀想じゃない。」

______直ぐに捨てられるさ。

「そんなことないっ…そんなことないもんっ…」

______だいきらいだよ、

大好きな声から、その言葉が聞こえた。目の前にいる無一郎は、ずっと私の名前を呼び続けてる。2つあるこの声は、何。…有一郎くん?どうしよう、呼吸まで上手く出来なくなってきた。私はどうやって、息をしていたっけ?

「やめてやめてやめて!!どこ、無一郎どこ…?ハァ…うぅ…、」

俯くと怖いものばかりが見えるから、今度は顔を上げた。その瞬間、唇に何か温かなものが触れる。

「んっ、」
「……、ふ…口開けて薫。」
「?は、」

くちゅ、と音が鼓膜を刺激した。歯列をなぞられて、生温かい何かが口の中に侵入してくる。だけど、それを気持ち悪いとは思わなかった。ころころとそれが転がされて、絡めとるかのように何度も何度も触れる。私はそれについていくことに必死になった。少し気を抜けば、それに支配される。だけど、きっとそれも悪くない。

「ふ、は…」
「…っ、ん」

時折、空気が侵入してきて、ゆっくりとそれを受け入れた。まるで意識がある中で、人工呼吸をされているみたいだ。頭が酸欠になったときのように、くらりくらりと揺れる。やがて唇が離されて、ツーと銀の糸が地面に滴った。

______泣くと不細工だって言っただろう。

「………あ、」

______だいすきだよ、薫…。

「むいちろ…ゆうくん…」
「しっかりして薫。ゆっくり息を吐いて、」

無一郎の声が、鮮明に聞こえてくる。呼吸の仕方を促す声に導かれて、荒くなった息を整えていった。

「そう、いい子。上手だね。」

ふんわりと優しく頭を撫でられ、微笑まれる。

「無一郎…わたし、私っ…」
「我慢しなくていいよ。全部吐き出してしまおうね。受け止めてあげるから、絶対に離したりしないから。」

いつだって君は、そうやって優しくしてくれるんだ。ジクジクとした痛みが感じる頬に温かな手が触れる。

「叩いてごめんね。痛かったよね?」
「ごめんなさい私、どうかしてた?あれ、私さっきまで何して…」

事態が飲み込めなくて身体が震える。どうして良いのか分からなくて、ただただ温もりを求めて、無一郎の背中に縋り付くことしか出来なかった。

「大好きだよ、薫。」

意識が暗転する前に、はっきりと聞こえたその言葉は、私を照らすには十分だった。








20200526




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