ラララ存在証明 | ナノ

  すくえなかった雫をすくえるか


あれから3日経った。無一郎と甘露寺さんはもう既に退院したとしのぶさんから聞いた。退院おめでとうと言いたいところだけど、変に意識してしまって、無一郎を避けてしまっている。そんな中、お館様に呼ばれて、私はお館様の屋敷までやってきた。部屋まで通されると、そこには布団にぐったりと横になり、荒い呼吸を繰り返すお館様の姿があった。

「お館様!」
「ごめんね…こんな姿で…。会いにきてくれてありがとう…薫…」
「いえ、」

前にお会いした時よりも、かなり、やつれてしまっている。死期が近いのだろうと言うことは、一目瞭然だった。医術をかじっている人間からすれば、自分の不甲斐なさに心が痛くなる。何かを探すように手を伸ばすのを見て、私は自分の両手で、それを包み込んだ。

「無一郎の記憶が戻ったそうだね…。」

どうやら、鎹鴉を通じて一連の流れを把握されているらしい。

「あの子は…きっと…もう大丈夫だ…良かったね、薫」
「はい…」
「君が頑張ったからだよ。あの子が生きているのは、薫がいたからだ。」
「そんな…」

私がいなければ、有一郎くんが死ぬことはなかった筈だ。私と出会わなければ、彼ら2人は今も山奥で暮らしていただろう。私と言う呪われた存在のせいで彼らを傷つけた。そんな私が無一郎を見捨てれるわけがないのだ。

「それは違うよ…薫。君が無一郎を大事に想うように、無一郎も薫のことを大事に想っている…。」
「私なんて…」
「これ以上、自分を無下に扱うのはやめなさい。そうすれば、君はもっと君らしく、強く在れるはずだよ。」

香の呼吸の漆と捌ノ型は習得できたかい?と優しく投げかけられた。その問いに、いいえ、と返す。

「薫は、自分で思ってる以上に人から必要とされているよ。薫の存在が何かなんて関係ないんだ。薫だから、みんなが君の側にいようとするんだよ。」
「………」
「今抱えている全てを、仲間に吐き出してごらん。薫のことを蔑む人など、きっといないよ。それは、薫が彼らと固い信頼関係を築いてきたからだ。小芭内としのぶがそうだっただろう?」
「わ、たしは…」

人でもなければ、鬼でもない。自分という存在がわからない。生きていて、ここに存在していても良いのだろうかと、いつも思っている。

「ようやく、薫にこの話が出来るようにまでなった。これで、隠し事が無くなる…」
「お館様?」
「よく聞いて、薫。そして、決して現実から目を逸らしてはいけないよ。受け入れるんだ。そうすれば、きっと______。」

ポロポロと零れ落ちる雫を、お館様の震える手が拭ってくれる。強く在れと願ってくれるその手に応えなければならない。拳を握って、お館様の屋敷を後にした。














...
お館様の屋敷を飛び出した後、自分の担当している地区の巡回に回った。ここ数日、気味が悪いくらいには静かな毎日が続いている。

「あ、此処って…」

気がつけば、この間、私が体調が悪くなって、蹲っていたところに来ていた。あの日は確か、無一郎に助けられたんだっけ?ふと頭にその光景が過った後、丁度考えていた人物が目の前を歩いて来るのが目に入った。

「!」

私は慌てて踵を返して、早足でその場を後にしようとした。

「ねえ、なんで逃げるの?」

そんな私を引き留めるように声をかけられたけれど、何も聞こえません、というように後ろから感じる気配を無視して、スタスタと歩む。

「う、…」

すると、呻き声が聞こえて来たので、後ろを振り返ると、苦しそうに胸を抑えて肩を上下させている無一郎の姿が目に入った。まさか、傷が開いてしまったのだろうか。病み上がりの状態で出歩くからだよ、と怒りを覚えながらも無一郎の側まで駆け寄り、背中に手を添える。

「大丈夫!!?苦しいの?」

左手首に触れて、脈を測ろうとした途端、もう片方の手がその私の手首を掴みグイッと引き寄せられる。そして、あっという間に無一郎の腕の中に閉じ込められてしまった。

「捕まえた。」

嵌められた、そう思った時には時既に遅し。私を閉じ込めて離さない彼は、ほくそ笑んでいるのだろう。

「ねえ、薫。なんで避けるの。」
「………避けてなんかないよ」
「避けてるでしょ。胡蝶さんに俺の世話を任されているのに、会いにきてくれなかった。」

痛いところをついてくるな、と顔を歪めた。

「やっと思い出せたのに、何で今更、俺から離れて行こうとするの?」
「む、無一郎があんなことするからでしょ!別に離れようと思ってたわけじゃないから!!」
「あんなこと?」

こてん、と可愛らしく首を傾げた無一郎見ると、あの日私に口付けた彼と同一人物なのかと思えなくなる。熱で魘されてたから、多分覚えていないのだろうけど、私はあれ以来色々考えすぎてどうして良いのかわからない。あの日のことを思い出しただけで、身体が熱くなって、頻脈にもなるというのに。

「ああ、接吻したこと?」
「な、」
「意識してるんだ?………可愛い、薫」
「ま、待て待て待て待て!!!」

目の前の人物は、本当に私が知っている無一郎なのだろうか。もしかして、まだ熱下がってない?無一郎の額に触れると、パシっと手を振り払われた。そして、だんだんと顔が近づいてきて、思わずめを瞑る。コツン、と音がして、私の額と無一郎の額がくっついた。

「どう?熱がありそう?」
「…、ないと思う。」
「ふふ、また、接吻されると思った?」

悪戯が成功した子供のように、無邪気に笑う無一郎は、あの頃の無一郎だ。やや強引なところとか、少し口が悪いところなど、記憶を失くしていた頃の言動の名残はあるけれど、それも苦に感じないのは、有一郎くんを思い出してしまうからかなあ。意地悪だったけれど、優しい人だったから。

「接吻如きでこれじゃあ、今後どうするの。」
「え、」
「まさか、嫌だったの?」

しゅん…と眉を八の字にした無一郎に焦る。というか、私がこの顔に弱いの分かっててやってるんじゃないかと思えてくる。

「………、た。」
「なに?大きな声でいってくれないと分からないよ。そんなことも分からない馬鹿じゃないでしょ?」
「…嫌じゃ、なかった、よ。」
「ふーん。そう…まあ今日はそれでいいや。そんなことより、」

無一郎の両手が私の頬を包み込んだ。そして、親指が乱雑目尻を撫でる。如何にも怒ってます、という顔をされた。

「僕の知らない所で、また泣いたでしょ。薫には聞きたいことが山程あるんだ。」

耳元に唇を近づけてきて問いかけられる。息が耳にかかって、凄く擽ったい。

「わ、」
「真っ赤だね、茹で蛸みたい。そんな薫は俺に何を隠しているのかな。」
「む、無一郎…そんなに耳に近づけなくても聞こえてるから!もうなんか、ドキドキしすぎて死んじゃう…」
「こんなことで死んだりしないから平気だよ。さあ、僕の屋敷に行こうか。」

グイッと腕を引かれる。流石の私も、男の子の力には叶わないので、振り解くことが出来ない。こういう強引なところは、有一郎くんそっくりだけど、こういうところは似ないで欲しかった。

「い、今から…?」

もう夕方だ。私もそろそろ家に帰って休みたいのに。戸惑うようにそう告げると、無一郎は振り返りもせずに返答した。

「当たり前でしょ。柱の時間は貴重なんだから。今日は逃がさないから、覚悟しててね。」
「な、」
「あれ?脈が速くなった。何考えてるの?薫が素直にさえなってくれれば、嫌がる事はしないから安心して。」
「え、」

ひょいっと私を抱えて、彼は駆け出す。私は舌を噛まないように唇を噛み締めるのが精一杯で、何も言い返すことは出来なかった。






20200524

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