イレギュラー門の原因が判明した。それは、ラッドと呼ばれるトリオン兵だったらしく、翌日より駆除に当たった。僅か1日で全部を駆除出来たのは、流石ボーダーというべきか。そのボーダーの一員であることに誇りに思う。

「それじゃ、仕事に行ってくるわね。いい?無理はしちゃダメよ」
「分かってるってば」

そんな中、私は検査のため数週間入院することになっていた。先日、久しぶりに大きな発作が出たこともあり、念のためと主治医の先生は言っていたけれど、私はその言葉を信用していない。大人は子供に平気で嘘を吐く。入院生活を長く送っていると、その辺には敏感だった。私は、にっこりと微笑んで仕事へと向かう母親を見送った後、大人しくベッドに潜り込んだ。

「はぁ………」

大きなため息が病室に響いた。全く、個室じゃなくて良いって言っているのに、変なところにこだわるんだから。此処にはいない両親を若干恨めしく思った。大部屋の方が安いでしょって言うと、子供が大人に気を使うんじゃないと窘められる。

「理不尽だな」

ぽつり、と溢れた言葉は誰にも拾われることはない。ふと窓の外を見ると、しんしんと雪が降り注いでいた。それを一瞥して、瞳を閉じた。しばらくすると看護師さんがやってきて、検査へと連れて行かれる。

「顔色いいわね」

安心したような看護師さんの言葉が、すとんと身体の中に落ちてきた。最近の入院生活は悪くはなかった。それは、ボーダーに入ったおかげで知り合いが増えたからだと思う。毎日誰かしらがお見舞いに来てくれるので、病室内は割と賑やかになる事が多い。そう思うと、個室で正解なのかもしれない。そして、そんな入院生活の中で、私が一番楽しみにしているのは、

“ヴーヴー”

スマホが振動して、メッセージが届いたことを教えてくれる。私が待っていた人からの連絡で思わず頬が緩んだ。

「あら、もしかして時枝くん?」
「は、はい」

そんな私を見た看護師さんが、ニマニマした顔で私を見た。

“今日は21時くらいになるけど、大丈夫?”

病院の面会時間は18時までなのだけど、私は個室だし、病院での顔もそれなりに広い。その上、ボーダー隊員になってからは、ボーダーの研究にも協力していて、この病院にも貢献しているからか、特別に18時以降の面会も許されている。とは言え、18時以降に会いに来てくれるのは、広報の仕事で多忙な時枝くんくらいなのだけど。というか面会を許されてるのは彼の為人のおかげでもあるかもしれない。そこまでして、来てくれなくても良いって言っているのに、オレが会いたいだけだからなんて言われたら、止められない。

「あらあら、顔が真っ赤よ?街のアイドルに好かれると大変ねー」
「!そ、そそ、そんなんじゃないです!!」
「いいのよいいのよー?叶ちゃんは、もうちょっと素直になるべきね?」
「………、別に」

最近、周りからよく言われる。付き合ってるのかとか、好きなんじゃないかとか。そう言われたら嫌でも意識してしまうし、私が時枝くんのことを好きなのは事実なので、仕方がない。だけど、時枝くんも私のことを想ってるんじゃないかと言う話題は、出来れば聞きたくない。

「私は、それを望んじゃ、いけないから」

片想いをしている相手が、もしも自分のことを好きなら。世に言う脈ありと言うのは、嬉しくない訳がない。だけど、私は、

「叶ちゃん………病気だからって、恋をしてはいけないなんてことないのよ」
「明日もどうなるか分からないのに、ですか」
「病は気からって言うじゃない?」
「だから気を強く持てば、病が治ると?そんな簡単なものじゃないですよね」

普通の恋人同士が、手を取り合って街を歩く。その光景に憧れたことも何度だってあった。いつか病気が治って、普通の生活が送れるようになれば、私も。だけど、16年生きてきて、それがとても難しいと言うことも理解している。

「病気、悪くなってきてるんですよね」
「それは、」

看護師さんの目が泳いだ。私は、それを見逃さない。大人はいつもそうだ、平気で嘘をついて、子供を騙せている気でいる。薬の量が増えて、効果が強いものに変わった時から、おかしいとは思ってた。だけど、先生の言葉を信じて、そう思い込んで、周りにもそう言った。体力がついたから、新しい挑戦なのだと。

「ねえ、私は後、どのくらい生きられる?」

その問いには、誰も答えてくれなかった。



















その日の夜、ウトウトしていた時、ちいさなノック音が聞こえた。時計の時刻は21時過ぎをさしている。そう言えば時枝くんが、そのくらいの時間に来るって言ってたな。

「どうぞ」

時間も時間なので、小さな声でそう伝えれば、控え目に病室のドアが開いた。思っていた通りの人物が顔を覗かせる。外が寒かったのだろう、鼻が赤くなっていた。

「ごめんね、もう寝るところだった?」
「ううん、大丈夫だよ。もしそうなら、来ないでってライン返してるし」
「そっか」

私はベッドの付近に置いてある椅子を一瞥し、時枝くんに座るように促した。時枝くんは、鞄の中から取り出したプリント類を私に手渡した後、腰を降ろした。

「いつもごめんね。ありがとう」
「俺がしたくてしてるだけだから、気にしないで」
「うん…」

普段なら会話が弾むはずなのに、今日はなぜか2人とも黙り込んだ。

「時枝くん、元気ない?」
「えっ?」
「なんか、いつもと雰囲気が違う気がする」

スッと手を伸ばして、その頬に触れた。とても冷たかった。私の手が気持ち良いのか、安心したように肩の力が抜けていくのが分かった。そして、スゥ... と息を吐いた後、口を開く。

「影浦隊には、通達はもう来てる?」

どうだったかな、とスマホを開いた。今日は1日中検査をしていたので、至急の用事以外は確認していない。ボーダーからの連絡が急を要さないと言うわけではなく、こんな状態の私では、例え急を要したとしても、力になれないのだ。

「あ…光先輩から連絡来てた。ご、ごめんね…今日は1日中検査だったから、その…」

なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになって、言い淀む。

「…今、見て。」
「う、うん」

内容を一瞥した後、時枝くんにも見えるように画面をそちらに向けた。時枝くんの様子がおかしいのは、多分、コレが原因だ。

“近々、大規模な侵攻が起こる。”

それは、4年半前の比ではない。この三門市では、4年半前に大切なものを失った人がほとんどだ。そう言えば、私はどうして時枝くんがボーダーに入ったのか、知らない。それは聞いて良いのか悪いのか分からないけれど、自発的に教えられない限り、知らなくても良いとは思ってる。

「ねえ、進藤」
「は、はい」
「無理しないって、約束して欲しいんだ。進藤に何かあったら、オレは………」

どうして、そんな泣きそうな顔をするのだろうか。いつも私を守ってくれるその腕が、私の身を案じて震えている。

「ごめん、情けない所を見せて。迅さんが少し気になることを言っていたから」
「ジンさん?」
「玉狛支部に所属している隊員の人だよ。嵐山さんと仲が良いんだ。それで、」

“未来視の副作用(サイドエフェクト)を持っている。”

「ふふっ、何?私が死んじゃうかもとか言われたの?」
「………」
「ええー、本当に?え、えぇ…」

大丈夫だよって言いたかったけれど、それは私も危惧していたので、そう伝えてあげられなかった。でも、分かってることと言えば、それはきっと、これから起こり得るである侵攻とは無関係なのではないかとは思う。

「進藤が、ボーダーに入って少しでも元気になれたら良いと思ってたんだ。だけど、君にもしものことがあったら、オレは…」
「ボーダーに誘ったことを後悔する?」
「……うん。進藤を危険に晒したくないよ」
「そっかあ。嬉しいような嬉しくないような」

震えている手に、自分の手を重ねた。驚いたように、一瞬だけピクンと身体を震わせられる。普段とは逆だなあと思いながら、ソッとその手を包み込んだ。そして、でもねと言葉を続ける。

「それは、私も同じだよ。時枝くんに何かあったらって思うと怖くなる。私にとって、時枝くんは、とても大切な友達だから」
「進藤…」
「無理しないって約束するよ。そもそも退院してるかどうか分からないし。でも、みんなが大変な中、病院のベッドで寝てるのは、嫌だな。佐鳥くんとか、ずるいぞー!って言いそう」
「…賢は、そんなこと言わないよ」

冗談だよって笑って見せるけど、未だにどこか元気がない。前髪で隠れている眉毛はきっと8の字のままだ。

「もう!時枝くんらしくないなー!!」
「わっ、」

グシャグシャーっとその髪をかき混ぜてやった。いつも綺麗に整っている髪が、乱れていく。

「ちょっと、進藤」
「時枝くんが元気ないと、どうして良いか分かんなくなるじゃんか!とりあえず、迅さんって人に会わせてくれる?人が死ぬかもとか縁起でもないこと言って!雅人くんに懲らしめてもらうもん!」
「それは、やめてあげて…。あと多分、影浦先輩よりも迅さんの方が、上手だと思う」
「むうー…」

もぎゃあと怒り声を上げると、看護師さんがやってきて静かにしなさいと言われる。

「うるさくするなら、この時間の面会、もう禁止にするわよ!」
「「すみません…」」

騒いでいたのは私なのに、時枝くんは一緒になって謝ってくれた。私は看護師さんが出て行ったのを見送った後、時枝くんに耳打ちする。

「ねねっ、じゃあさ、その後の何か楽しいことを考えようよ!」
「楽しいこと?」
「んー、例えば...あっ!この間行けなかったケーキ屋さん!街の平和を守り終えたら、行こう!私、それまでに退院するから!ね!お願い!」

約束があれば、私も、頑張れると思うから。その想いは呑み込んだ。

「………ありがとう、進藤」
「んー?なんのことかなー?時枝くんは?時枝くんは何がしたい?」
「え?」
「私のしたいことばっかりじゃん。私を助けてくれるヒーローに、私ができることはある?」
「ヒーローって、」

何が良いかなと考え込む。時枝くんを盗み見ると、彼も考えてくれているようだった。だけど、何も思い浮かばなかったようで、仕舞いには、

「進藤と一緒なら、何でも良い、かな…」

なんて言われてしまっては、高鳴る胸を抑えられない。急に胸を抑え込んだ私を見て、慌てた様子でナースコールを押そうとした時枝くんを止める。

「だ、大丈夫だから!」
「でも、」
「本当に!元気だから!ね!」

にっこり笑うと、ようやく納得してくれたようで、ナースコールから手を離してくれた。そして時計を一瞥した後、鞄を手に取った。

「分かった。……そろそろ、帰るよ」
「う、うん!いつもありがとう!」

来てくれた時よりも、少しだけ軽やかになった足取りを見送った。時枝くんが、その場を去った後、ポツリ、と弱音が漏れる。

「困ったなぁ…。神様、私、生きていたいよ」

16年生きてきて、死というものは、いつも間近にあった。大事な友達を見送ったこともあるし、自分も若くしてそうなるんじゃないかって思う日々だった。両親が悲しむから、治療を頑張っていただけで、あまり生に縋り付いていなかったという部分もある。だけど、ボーダーに入って、私の世界は色鮮やかになった。毎日が楽しいことで溢れていく。そして、恋を知った。怖くないと思っていたものが、怖いなって感じるようになってしまった。

「もっと、治療を頑張ります。だから、お願いします。少しでも、長く、生きられますように」

両手を重ねて、胸の上に持ってきて、目を瞑る。静かに願った想いは、果たして届くだろうか。今まで沢山のことを我慢してきたけど、これからもっと、我儘になっても良いですか。







20200616
20201226 加筆修正

 

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