俺のことを、嫌いになんてなれるわけない。そう言った彼女の言葉は、すんなりと自分の心の中に入ってきた。彼女とのその先の関係を望んでいないと言えば、嘘になる。だけど、無理してその先に進むのだけは、避けたかった。それなのに、
「………馬鹿みたいだ」
ぽつり、と溢れた言葉は、幸いにも誰にも拾われることはなかった。確かに、せめて俺の気持ちぐらいは知ってて欲しいなんて、思っていた。それを言葉にしてしまった途端、すべて俺のエゴで一方通行だったことに気づいた時には遅かった。勢いよく立ち上がって、店を出て行ってしまった彼女を、追いかけて胸の中に包み込んだとき、酷く後悔したんだ。
「………、充!大丈夫か?」
医務室を後にして、本部に戦闘以外でトリガーを使用した理由を説明している時も、どこか上の空だったのだろう。隣にいた嵐山さんが、何度か俺の顔を覗き込んでいたのには、気づいていた。だけど、何を言っていいのか分からなくて結局何も言えずにいた。俺は、そのまま広報の仕事に取り組む。周りから感じる視線を無視して。
「よォ。アイツ、落ち着いた」
「影浦先輩。お疲れ様です、良かったですね」
影浦先輩に、進藤に会ってくれないかと言われた。
「すみません、仕事があるので…」
先輩のサイドエフェクトのこともあり、何も気づかれたくなかったので、俺はそっと席を立った。部屋から出て行こうとするのを止められたが、嵐山さんが何かを感じ取ってくれたのか、影浦先輩を宥める声が聞こえてきた。もう、何も聞きたくない。そう思って、ベイルアウト用のベッドへと体を沈める。
「ごめん、進藤…」
その言葉は、誰かに届くことはなかった。
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俺が後悔に苛まれているというのに、進藤は俺にわざわざ会いにきてくれた。それが、どうしようもなく嬉しかったのと同時に、彼女を困らせてしまった罪悪感が募った。そんな俺なんてお構いなしに、木虎に背を押されて、再び彼女と2人きりになってしまう。彼女から紡がれる言葉は、甘い毒のようで、期待しても良いのだろうかと思ってしまった。
「…、時枝くんのことが…好きです…」
ようやく聞こえてきたその言葉が胸にストンと落ちてくる。震える彼女の体を抱きしめて、優しく涙を拭った。彼女が、こんな風に感情を爆発させてくれることなんて、今まで、あっただろうか。
「…ありがとう、進藤。嬉しいよ」
「時枝くっ…ありがとうは、私のセリフだよ…!」
遠くない未来に待ち受ける壁が、とてもとても高いことは分かっている。それでも、俺たちは歩みを進めていかなければならない。
「進藤、これは君にずっと言ってきた言葉だけど、聞いてほしい。もう1人で抱え込まないで。全部、俺にぶつけてくれて構わないから。俺が、必ず、君の支えになるよ」
いつだって、周りのことばかりを気にしている君が、少しくらい自分自身のことを気にしてくれるようになればいいと思う。そして、あわよくば、1番に俺に頼ってくれたら、それ以上に嬉しいことはない。
「俺のこと、好きになってくれて、ありがとう」
そう言って彼女の手を引いて、屋上を後にする。つないでいた手をそっと離した時、とても名残惜しかったけれど、またね、と手を振った。俺たちは、前を見据えていかなければならない。決意を新たに、ポケットの中に手を入れて、スマホを取り出した。
RRRRRRRRR………
何度目かのコールの後、プツリとした音が鼓膜を刺激する。
『ハイ、こちら実力派エリートです』
多分、視えていたんだろう。その声音は、とても真剣味帯びていた。
20201001
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