木虎ちゃんに連れられて、嵐山隊の作戦室の前まで辿り着くと、震える拳を握りしめ、睨みつけるように、そのドアを見つめた。そんな私の想いを見透かしているのか、木虎ちゃんがフウ…と鼻を鳴らした。
「………そんなに、深く考えなくて良いと思いますけど」
「え?」
「影浦先輩も言ってましたが、進藤先輩はもう少し我儘になって良いと思います。ほら、行きますよ」
「ま、…心の準備が!「そんなのいりません!!」」
無理やり腕を引かれて、中へと入っていく。木虎ちゃんが大きな声で戻りました、と言った。私は、顔を上げることが出来ずにいると、大好きな声が「進藤…」と私の名を呼んだ。でも、その声には、どこか覇気がない。
「あ…、えと…時枝くんに話したいことがあって…」
か細い声で、なんとかそう言葉を紡いだ。彼の顔を見るのが、なんだか少し怖く感じて、未だに顔を上げることが出来なくて、唇をかみしめる。
「………」
そして、黙り込んだ私たちを不思議に思ったのか、嵐山さんが時枝くんの顔色を窺うかのように、名を呼んだ。
「充?」
「………、はい」
「どうしたんだ?休憩のついでに話しに行って良いぞ」
その言葉に便乗して、木虎ちゃんが時枝くんの腕を無理やり引っ張り、私の目の前まで、時枝くんを連れてきてくれた。
「ちょっと、木虎…」
「ダメです!行ってきてください。そもそも、ちゃんと話もせず、拗れないでください。」
「なんだ、喧嘩してたのか?それなら、早く仲直りしてきなさい」
チームメイトにここまで言われてしまっては、時枝くんは広報の仕事どころではなくなったらしい。盛大なため息を吐いた後、「…わかりました。」と呟いた。そして、優しく私の右手をとる。
「行こう、進藤」
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時枝くんに連れられてやってきたのは、屋上だった。冬の屋上は、一段と寒かったけれど、人目につかないところと言えば、私も思いつくのは此処くらいだ。その配慮が、ありがたかった。
「寒くない?」
「う、うん…ありがとう…」
本当は、ものすごく寒かったけれど、話をしたいと言っておいて、そんなことは言ってられないので、ここは我慢だ。
「それで、どうしたの?」
私が言いたいことが、分かっているのかいないのか、判断つかない目で私を見つめる時枝くん。なんて言葉を紡ごうかと思案していると、時枝くんがふっと笑みを漏らした。想像もしていなかったその表情に、キョトンとしていると、そっと私の髪に時枝くんの手が触れる。
「と、時枝く…」
「なんてね。ごめんね、別に避けるつもりはなかったんだ。そう思って、会いにきてくれたんだよね?」
「………うん」
やはり、彼にはお見通しだったようだ。
「数時間前に、あんなこと言った私が、言えることじゃないんだけど、時枝くんと仲良く出来ないのは、嫌なの…」
「進藤…、」
「雅人くんに怒られちゃった。もっと、自分に正直に生きろって」
目が醒めたときに、1番に会いたかったと思った。会いにきてくれなくて、時枝くんの気持ちに答えなかった自分を責めて後悔して、何やってるんだろうって。ないものばかりをねだってきたから、叶わない物を望むのが怖くて、そしたら、何も望まなくなってた。望めなかった。
「…聞こえてたよ、ちゃんと」
「え?」
「進藤は、意識が朦朧としてたから、覚えてないかもしれないけど。俺のこと、嫌いになんてなれないって言ってくれた」
__、ときえだくんのことを…きらいになんて…なれないよ…
髪に触れていた手が後頭部に回る。優しく引き寄せられて、時枝くんの胸の中に顔を埋めた。
「ねえ、進藤。…期待してもいい?」
「…っ」
「病気だからとか、この先のことなんて、どうでもいいよ。今、君と笑い合えるなら、それでいいんだ。………もう、1人で頑張らなくていいんだよ進藤。俺に背負わせてよ。一緒に乗り越えて行こう?」
胸からこみ上げてくる熱い感情に抑えが効かない。目頭が熱くなって、頬へと伝っていく滴は、やがて時枝くんの肩を濡らして行った。そして、ようやくこの想いが口からこぼれ落ちていく。
「、時枝くんのことが…好きです…」
蕾が自然と花開くように。どう足掻いたって、この感情を閉じておくことは、もう出来ないのだ。
20200816
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