デートと呼んで良いものか分からないけれど、時枝くんと2人でケーキを食べに行くというだけで浮き足立つ。何度かファミレスに行ったり、ガーデニングショップに寄り道したこともあるけれど、休日に会うというのはとても新鮮だった。粗相がないようにしなければ、日頃のお礼ということで時枝くんのお願いを叶えるのだから。どのような服を着たら良いか分からなかったので、昨日木虎ちゃんにラインで相談した。私は万が一のためにズボンで行こうと思ってたのだけど、木虎ちゃんがワンピースかスカートにしろというので、赤のギンガムチェックのワンピースに黒のタイツ、そして白色のコートを羽織ることにした。変ではないかと、まじまじと鏡に写った自分を見つめていると家のチャイムが鳴る。

「叶ー、時枝くんが来たわよー」

珍しく母親は仕事がお休みだったので、そんな母親に、今日は男の子と出かけるのだと言うと、それはそれは嬉しそうにされた。根掘り葉掘り時枝くんのことを聞かれて、少し煩わしかったけれど、こういう顔が毎日見れたら良いのにな、と願わずにはいられない。

「はーい、今いく!」
「お薬は持った?マフラーは?」
「もう、大丈夫だよお母さん!」
「そ、そう?それにしても叶、貴女ボーダーに入ってから変わったわね。」

嬉しさ故か、今にも泣き出しそうな母親を宥めた。全く、大袈裟なんだから。

「誘ってくれた時枝くんに感謝ね?」

うふふ、と含み笑いをする母親が若干うざったい。だけど、それを告げると面倒なことになるので、黙っていることにする。玄関のドアを開けると、時枝くんと目が合った。時枝くんは後ろに立っていた母親に気づいて、そちらに会釈をした。

「こんにちは」
「時枝くん、叶のことよろしくね。お友達とお出かけなんて、何年ぶりかしら?本当に色々とありがとう」
「いえ、オレがしたくてしてるだけなので」
「もう!お母さん!行ってくるから!」

恥ずかしさに居た堪れなくなり、グイグイと母親の背中を押して、家へと押し込めた。ガチャンと玄関のドアを閉めて、時枝くんに向き直る。

「………けほっ、」
「!大丈夫?」

この時期は、空気が冷たいので、とても苦手だ。体調が不安定に陥りやすい。だけど、それを押してでも今日は出かけたい。

「うん!…だいじょーぶ!」
「無理しないでね。なんかあったら、すぐ教えて」
「はい!お兄ちゃん!」
「オレは進藤の兄ではないよ」

くだらないことを言い合って笑い合う。そんな時間がとても愛おしくて、幸せだと感じた。時枝くんは、私を気遣ってか、普段以上にゆっくりと歩いてくれた。

「…ごめんね、」
「急いでないから大丈夫だよ。ケーキは逃げないから」
「そうだね」

他愛もない話をしていると、不意に時枝くんの右手が私の左手に触れた。

「!時枝くん?」
「…手、繋いでも良い?」
「え、と…?」
「嫌?」

その聞き方は狡いと思うのだ。こてりと首を傾げられ、若干不安そうに瞳が揺れた。そんな顔をされてしまっては、断ることなんて出来ないではないか。

「嫌じゃ、ない。…私も繋ぎたいかな」
「ありがとう、嬉しいよ」

ズキュン、と胸が高鳴る。だけど、もしも、嵐山隊のファンの人にこの光景を見られていたらどうしよう。私、刺されたりしないかと不安になった。

「時枝くんは、嫌じゃないの?」
「何が?」
「だって、こんな光景見られたら、周りの人に勘違いされちゃうよ」

不意に過った不安をそのままぶつけてみた。そしたら、すごく優しい顔で私を見た後、

「別に、進藤だったら、なんでも良いよ」
「へ、」
「この意味、分かる?」

急に立ち止まった時枝くんが、真剣な顔をして、私の顔を覗き込んだ。高鳴っていた心臓の音がさらに煩くなる。落ち着けと言い聞かせてみるが、それは更にうるさくなるばかりだ。

「時枝くん…?ど、どうしたの?」

繋がれていない方の手が、私の髪を撫でる。見つめられているのが気恥ずかしくて、視線を離した。その時、

"門発生、門発生"

「「…!!」」

上空に浮かんだ門から、バムスターが1体現れた。不味い、此処は住宅街だ。最近頻繁にイレギュラー門が発生していたけれど、こんな所まで現れるなんて!混乱している私を他所に、時枝くんは、私と繋いでいた手をパッと離した。そして、トリオン体にすぐさま換装する。私も慌てて、それに倣ってトリオン体へと換装した。

「本部、聞こえますか。嵐山隊の時枝です。三門市の最南端の地区にイレギュラー門が発生し、バムスターが1体、住宅街に出現する所に出会しました。近くに自分と影浦隊の進藤隊員が居ます。直ちに駆除に向かいます」

インカムを通じて、鬼怒田さんが頭を抱えているであろう叫び声が聞こえる。そんな中、忍田本部長の冷静な声が頭に響いた。

『了解した。時枝隊員と進藤隊員は、住民の安全を最優先にしつつ、近界民を排除してくれ』
「「了解!」」

駆け出した時枝くんの後ろを追いかける。時枝くんはテレポーター(試作)を装備しているので、あっという間にバムスターのところまで行ってしまった。こういう時に自分の機動力の低さが、嫌になる。だけど、私は射手だ。あっという間に射程圏内に入った。

「アステロイド!」

バムスターの装甲はなかなか厚いので、削るには一苦労だ。だけど、注意を私に向けて仕舞えば、

「……っ!」
「時枝くん!」

弱点目掛けて時枝くんのメテオラ:突撃銃が放たれる。バムスターの動きが止まった瞬間、テレポーター(試作)で上空まで飛んだ時枝くんが、弱点の目にスコーピオンを突き刺した。

「…駆除完了しました」
『流石だな。回収班を向かわせる。市民に被害がないか確認してくれ』
「了解です」

流石はA級5位の隊員。正直、私は必要なかったなと思い肩を落とす。当たり前だ。時枝くんは中1の時からボーダー隊員として活躍している。私の何倍も努力してきてる人だ。

「進藤、援護ありがとう。…身体はなんともない?」
「…うん!」
「良かった。住民の方々に説明しに行こう」

ただでさえ、最近イレギュラーなことが多く、三門市民の人々の不安は最高潮に達している。やはりというか、声を荒げる人も中にはいたし、ボーダーを批判してくる人もいた。私はそれに怯んでしまったけれど、時枝くんは、真摯に住民の方々に向き合っていた。慣れもあるのだろうし、説明している人間が、嵐山隊の隊員ということもあってか、住民の方々の心はすぐに落ち着いたように思う。

「………時枝くんは、凄いね」
「慣れもあるよ。進藤は、こういうのは苦手?」
「う、うん…」
「大丈夫?結構キツいこと言う人もいたけど」

矢面に立ってくれたのは時枝くんだ。私なんかよりも、時枝くんの方が余程大変だっただろうに、彼はこんな時でも私のことを気にしてくれる。それが嬉しいようで寂しい、なんとも複雑な気持ちになった。

「時枝くんが居てくれたから、私は大丈夫だよ」
「…、なら良かった。トリガー解除」

換装体から、生身に戻った時枝くんが、私を見つめる。自分も生身に戻らなければと思ったけれど、なかなか行動に移せなかった。トリオン体から生身へと換装を解くと、トリオン体で行動していた時の疲労が一気に訪れる。未だにそれに慣れないのだ。

「進藤、大丈夫だよ」

私の心を見透かしたように、手を取られる。私は、意を決して頷いた。

「トリガー解除」

生身に戻ったと頭が認識した途端、ドッと疲労感が襲ってくる。クラリ、と目眩がして傾いた身体を、時枝くんが引き寄せてくれて、その胸の中に包まれた。

「ちょ、時枝くん…!誰かに見られたら誤解されちゃうよっ!!?」

貴方は街のアイドルなのだから。胸元を押して離れようとするけど、時枝くんはそれを許してくれない。力では時枝くんに敵わないので、抱きしめられたままの形になる。

「そんな事より、進藤の身体の方が大事だから」
「…、…アリガトウゴザイマス」
「ふっ、なんで片言?」
「でも、もう大丈夫。今日は調子が良いみたい」

疑うような眼差しで、顔を見られた後、安堵の息を吐かれた。

「確かに、顔色が良いね」
「ボーダーに入ってから、身体が鍛えられて、体力がついたんだと思う」
「そうなんだ。それは良かった。…だけど、そんな進藤に残念なお知らせ」

報告に行かないといけないから、ケーキ屋さんに行けないねと眉を下げられた。どちらかと言えば、ケーキ屋さんを楽しみにしていたのは時枝君の方ではないかと思ったけれど、男1人で行くのがアレだからって誘われたのを思い出す。なので、そう言うことにしておこう。

「割引券はいつまで有効なの?」
「2月末までだね」
「なら、大丈夫だよ。またの機会にしよう」
「!…うん。また、誘うよ」
「楽しみにしてるね」

さあ、本部へ行こうかと手を伸ばされる。私は迷わずその手を取った。地面には寄り添うように逞しい足跡が並んでいた。









20200615

 

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