あの事件から早1週間。再びうちの隊がボーダー任務の日がやってきた。一足早く、私は作戦室に来ている。それは、先日いざこざがあった為だ(※6話参照)。雅人くんは、なんだかんだ優しいし、隊のみんなは穏やかな人たちなので、謝ったら許してくれるとは思うのだけど、面と向かって言う勇気が無く…。先日買ったサボテンをテーブルの上に置いて手紙を添える。仲直りできますように、と祈りを捧げていると、プシューッと音がして、作戦室の扉が開いた。待ってまだ心の準備が!誰、こんな早く来るの!ゾエさん!!?私は動揺を隠せず、素早く奥の部屋へと身を隠した。

「あ…?誰かいんのか?」

その声は、運悪く雅人君のものだったので、それが意味の無いことだと悟る。息を殺したところで、この不安な感情が制御できない。バレたらどうしようとかバレませんようにとか、そんなことばっかり思ってる。心を無にしなければ、雅人君の副作用で見つかってしまう。ベイルアウト用のベッドの隅に身を隠しながら、そんなことを思った。

「おい、出てこい、叶」

そんな思いも虚しく、やはりと言うべきか一瞬のうちに私がいることなんてバレてしまう。その声は、当然というか苛立ちを隠そうともしてないもので、余計に出て行きづらい。

「………、」
「叶。そこに、いんだろ」
「だ、だって…雅人君、怒って「怒ってねーから。その体勢、キツいんだろーが!」」

怯えながら顔を上げると、ガシガシと頭を乱雑に撫でられる。折角、朝、髪の毛を整えたというのに、おかげで滅茶苦茶だ。何をするんだと言おうとしたところで止めた。その手にサボテンが握られていたからだ。

「………っ…ごめん、なさ」
「おい、叶!」
「迷惑、かけちゃ、…」
「叶!落ち着け、息、乱れてんぞ」
「、」

止めどない謝罪の念が、呼吸を荒くした。雅人君は、慣れた手つきで、私を抱き寄せる。大きな身体に包み込まれて、その温かな体温は、自然と安心感を与えてくれた。いつだって、この大きな手が、発作で苦しみ、怯える私を救ってくれたのだ。

「ったく、誰も怒ってなんざ、いねェよ阿呆が」
「………っ…?」
「心配してんだろーが」
「雅人、お兄ちゃ…」
「その呼び方止めろ!あと、それも止めろ!痒いんだよ!さっきから、テメーはよ!」

病弱で、学校にあまり行けなかった私は、当然ながら友達が少なかった。両親は、生まれたときから病を患う私に掛かりっきりだったせいか、下の子を作らず、上がいない私には、兄弟もいない。共働きで、治療費を稼ぐ両親は、私にあまり付き添えなくて、いつも1人で我慢してた。涙を隠して笑う私に、唯一気付いてくれたのは、従兄弟の雅人君だけだった。

__無理して笑うな、気色悪ぃ。

従兄弟と言えど、頼るのは申し訳ないと思った。迷惑かけちゃいけないって。痛いとか怖いとか言うと、みんな困った顔をするんだ。両親なんて特にそうだった。代われるものなら代わってあげたい。私に隠れて、弱音を吐いていたお母さんの泣き顔は、いつも辛そうだった。丈夫に産んで上げられなくてごめんねって。誰が悪いわけでもないのに。だから、

「良いっつったろ」

__本心隠される方が、迷惑なんだよ。

「雅人くん…」
「少なからず、俺には…俺たちには、それでいンだよ」

いつだって、人の顔色を窺ってた。あんまり困らせないようにしようって。只でさえ、迷惑をかけているから。私は人と違うから、普通じゃないから。

「病気だからとか、関係ねーからな。誰しも、初めての任務は失敗するもンだろ。そんなお前に、当然として声をかけただけだ。ンで、お前は居たたまれなくなって、勝手に帰ったんだろーがよォ。気にすンなら、あの日俺と一緒に帰らなかったコトだろーが馬鹿野郎」
「ごめん、なさい…」

とうとう零れ落ちた雫を、乱雑に指で拭われる。

「…ったく、で、結局お前は、何処ぞのアイドルに送って貰ったらしいじゃねェか」
「だ、誰からそんなことを、」
「あ?光に決まってんだろ」

光先輩!なんてこと言うの!というか、なんで知ってるの!もう!怒る思いをぶつける先がなくて、とりあえず顔を覆った。

「好きにやりゃ良い。好きなんだろ、ソイツのこと」

時枝君の顔が頭に過ぎって、身体が熱くなる。駄目だと思っていた想いが、零れ落ちてきてしまいそうだ。どうして、私の迷いを意図も容易く読み込んでしまうのだろうか。いつだって雅人くんには隠し事ができない。そんな私の背をポンポンと優しく撫でる雅人君。

「なァ、叶。お前、ボーダー入って良かったな」
「………どういう意味?」
「さーな。その無い頭で、考えたらどうだ?」
「酷い!反対してた癖になんなのもう!」

ギロリとにらみ合うけど、それは一瞬の間で。少しすると同じタイミングで吹き出して笑い合う。

「というか、雅人君来るの早いね」
「あ?鋼が用事出来たっつーから、暇になっただけだ」
「そうなんだ…」

コウ。雅人君からよく聞く名前だ。ライバルでもあり、仲の良い友人でもあるという。残念ながら、私はまだお会いしたことがない。

「会ってみたいなぁ…」
「今度また、家に食べに来たら良いだろ。アイツらもお前に会ってみたいっつってたしな」
「うえええ…雅人くんのお友達…失礼のないようにしないと…」
「お前は俺の親か」

容赦ないデコピンが額にお見舞いされて、抗議の声を上げた瞬間、プシューッと作戦室の扉が開く。ユズルくんとゾエさんが、仲直りしたんだ良かったーと言いながら、笑いかけてくれた。

「あ…お騒がせしました」
「うんうん、大丈夫なら良かったよー。時枝君に感謝しないとねー」
「あんまり無理しないでね、叶さん」

その後、時間ギリギリに光先輩が来て、ボーダー任務へと向かった。行けるか?と問う雅人君の言葉に力強く頷く。その日の任務は大成功に終わって、私は時枝君に感謝のメッセージを送ったのだった。






20200601


 

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