今日は影浦隊に入ってはじめてのボーダー任務の日だ。

「おい、いい加減離れろ阿保」
「だって、雅人くん…」
「大丈夫だよー、叶ちゃん!ゾエさんたちが付いてるからねー!」

B級でソロとして活動していた期間は、かなり短い上に、入院していたこともあって、ボーダー任務そのものに、まだ慣れてない。

「ったく、よォ…1人でやるよりも気は楽だろーが!」

何をそんなにビクビクしてんだ、と雅人くんに睨み付けられる。

「おい、お前ら!来るぞ!」

インカムを通じて光先輩が声を上げた。

「出たなー。おい、ゾエ!」
「はいはい〜」

チュドンッチュドンッとゾエさんがメテオラを放つ。そして、前線に立つ雅人くんの後ろをゾエさんが追いかけた。

「叶ー、お前は横のモールモッドやれェ!光、ユズルもな!」

5.6体は現れたであろう左側のトリオン兵を雅人くんが駆除しながら叫んだ。右側に現れたのはモールモッド1体。大丈夫!私ならやれる!

「バイパー!」

ドゴォ…と大きな音を立てて、モールモッドの弱点に命中した。よし、やったと一息吐くと、焦ったような声が耳に入る。

「叶、後ろからもう1体来るぞ!」
「ふえっ、わわっ!」

バムスターが閃光を放つのが見えた。なのに、身体が上手いこと動かせなくて、呆気なく左腕が飛んでしまう。

「わわっ、」

もう一発放たれる、避けられないと思って目を瞑った途端、目の前のバムスターが消えていった。インカムから、ナイス!ユズルと光先輩の声が聞こえてくる。

「あ…」
「大丈夫?叶さん、」
「う、うん…ごめんね…」
「今のは仕方ないよ」

普通の人の筋力ならば、避けられたはずだ。トリオン体で筋力向上を最大限に活かしてくれているのに、どうしてこうも上手くいかないのだろう。悔しくて堪らなくて、地面を殴りつけた。




















送ると言ってくれた雅人くんの言葉を、いらないと突っぱねた。すると、雅人くんの機嫌がかなり悪くなってしまったので、ゾエさんが慌てて宥めはじめる。今、誰に何と言われても、駄目な気がした。

「どこ行くのカゲ?」
「鋼と一発やってくる」

そして、そのまま雅人くんは作戦室を出て行ってしまった。このまま、私がいても雰囲気が悪くなるだけなので、私も作戦室を後にする。

「叶ちゃん!?そんなフラフラで帰るの?」
「…大丈夫です」
「いやいや、流石にゾエさん心配よ?」
「だいじょうぶだもん!放っておいて!」
「………」
「あーあ、ゾエさん泣かせた」

ユズルくんが呆れたように溜息を吐いた。居た堪れなくなって、その場を走り去る。後ろから聞こえてくるゾエさんの「走ったら駄目だよ!」と静止する声を無視して。

__叶、元気になってからにしようね。

幾度となく周りから言われた言葉。だけど、そんな日が来ることはなかった。いつだって病気が原因で、やりたいことが何もかも制限されて。ようやく、得たこの力も、今まで培ってきてない筋力が私を制限するのか。そう思うと悔しくて、仕方がなかった。

「おわあっ、」
「………っ…、」

曲がり角で、人とぶつかって尻餅をつく。自分のこの情けない顔を見られたくなくて俯いた。謝らなければ、そう思ったところで、進藤じゃんと名を呼ばれる。

「…え、今、生身で走って?大丈夫か!?」

先程まで走っていたせいで、荒がった呼吸をうまく整えられない。俯くと更に苦しいので、この顔を見られたくないと思ったけれど、顔を上げて酸素を求めた。

「さとり、く…」
「え、ちょ…泣いて!?え、大丈夫??」

突然の状況に混乱してるのであろう佐鳥くんは、オロオロとしている。ああ、また人に迷惑をかけてしまった。ポロポロと頬を伝う雫は、止まってくれない。

「何やってるんですか、佐鳥せんぱ………っ!進藤先輩!?」

そんな中、第3者の声が聞こえてきて、こちらに駆け寄ってくる。その人が木虎ちゃんだと分かるのに、そう時間はかからなかった。

「……、けほけほっ、」
「!進藤先輩、今、吸入器は持ってないんですか?」
「かば、んのポケット…」
「触りますよ?何してるんですか佐鳥先輩、早く医務室の人呼んできてください。」
「お、おけー!!」

木虎ちゃんは私の鞄から吸入器を取り出すと、私の口元に近づけた。

「いきますよ、」

プシューと薬が噴射されて、口から気管支へと侵入していく。私は必死になって呼吸を整えた。だんだんと呼吸が落ち着いてきたところで、言葉を紡ぐ。

「ありがとう、ごめんね、迷惑をかけて…」
「いえ、迷惑なんて思ってませんから。それよりも、大丈夫ですか?」
「う、うん…本当にごめん…」
「時枝先輩に、一応伝えておきますね」
「え!?」

なんでここで時枝くんの名前が出るのだろうか。きっと赤くなっている頬を隠すように俯いた。もしかして、木虎ちゃんにはバレている?

「木虎お待たせ〜」
「大丈夫か、進藤?」
「あ…うん…お騒がせしました…」

そんな中、佐鳥くんが烏丸くんを引き連れて戻ってきた。

「なんで烏丸先輩がっ!?」

烏丸くんの手には担架が握られている。

「いやー、医務室行く途中でばったり会ってさー」
「男手があるほうが良いかと思ってな。ついて来たんだ」
「そ、そうなんですね…」

顔を真っ赤にした木虎ちゃんは、消え入りそうな声でありがとうございますと感謝を告げていた。先程とは一変した態度に、もしかして…?と目を瞬かせる。

「あんまり歩かないほうが良いだろう。乗れるか?」

その言葉に頷いて、担架に跨った。ゆっくりと身体を倒したところで、行くぞと声をかけられて浮遊感を感じる。

「……、ごめんね」
「お気になさらないでください。困ったときはお互い様です」
「良いことを言うな木虎」
「いえ、そんな!」

ゆらゆらと揺れる振動が心地良くて、ゆっくりと目を閉じた。談笑する3人の声が子守唄のように聴こえてきて気持ちが良くて、私の意識はゆっくりと夢の中へと落ちていった。
























目が醒めると、まず真っ白な天井が目に入った。そして、右の方から気がついた?と優しく声かけられる。

「あ…時枝くん…」
「大丈夫?」
「う、うん…ごめんなさい…」
「何に謝ってるのかな。」

上半身を起こそうと両手のひらに力を入れた。その様子を見た時枝くんが、そっと私の背に腕を回して、起きるのを手伝ってくれる。

「あ、ありがとう」
「うん、何か飲む?」

どれくらい眠っていたのかは分からないが、酷く喉が渇いていたので、その申し出は、とてもありがたかった。コクリと頷くと、時枝くんは鞄の中からなにやら缶を取り出した。手渡されたものをまじまじと見ると、オレンジジュースだった。

「はい。温くなってるかもしれないけど、それでも良かったら」
「でもこれ…時枝くんが飲む予定だったんじゃ…?」
「オレは今はいいから。いつでも買えるしね」

では、お金だけと思って鞄に手を伸ばしたところで、それを止めるように、時枝くんに手のひらを握られる。

「気にしないで。嵐山さんから貰った物だから」
「そっちの方が、問題では!?」
「いいんだよ。ほら、飲んで」

カシュと音を立てて缶を開けてくれた時枝くんが、それを再び私に渡した。ゴクン、と口に含む。柑橘系の甘い香りが口の中に広がった。そう言えば、時枝くんからは、よく柑橘系の香りがする。

「もしかして、時枝くんってミカン好きなの?」

貰い物だと言っていたし、そうなのかと問うと、そうだよと返って来た。

「進藤は?」
「え、うーん…ココア…とかかな。あと、冷たいものはあんまり得意じゃないかな…」
「そうなんだ。覚えとくよ」

胸の周囲が冷たくなると、息苦しくなるから。今だって、冷たすぎないジュースが、すごく心地良い。

「賢から聞いたんだけど、生身で走ってたらしいね」
「…っ!」
「オレ、少し怒ってるよ」

__叶!走ったら駄目だって言ってるでしょ!

時枝くんの表情が、お母さんと重なった。心配してくれてるんだと言うことが、痛いくらいに分かる。

「それと、北添先輩から今日の任務のことも聞いた。影浦隊の人たち、心配してたよ」
「うん…ごめんなさい…」
「もう無理しないって約束してくれる?」
「はい。ごめんなさい。」
「うん、それじゃ、この話は終わりだね」

優しく微笑んだ時枝くんは、私が飲み切った空き缶を手に取った。そして、帰ろうかと言われる。それにコクリと頷くと、ゆっくりとベッドから出た。

「…雅人くん、怒ってた?」
「どうだろう。北添先輩から、そのことは聞いてないよ」

隣に並んで歩みを進めながら、気になっていたことを問う。コツコツと靴の音が、鳴り響いた。多分怒ってるだろうなあ、どうしようと頭を抱える。

「ねえ、進藤。あれからガーデニングショップには行った?」
「へ?忙しかったから行けてないけど…」
「今から時間ある?」
「う、うん…大丈夫だけど…」
「じゃあ、前言ってた観葉植物買いに行こう。影浦隊の皆さんにプレゼントしたら良いよ。仲直りのしるしですって」
「!それ、凄くいい!」

見上げると美しい茜空が広がっていた。この間よりも時間に余裕がある。私を気遣ってか、時枝くんはゆっくりと歩みながら、ちらりちらりと私の様子を窺ってきた。それがなんだか少し恥ずかしくて、ついつい目を逸らしてしまう。

「ねえ、時枝くん」
「…なに?」
「私ね、今日すごく悔しかったの」
「うん、そうだろうね」

自分の力を驕っていた訳ではない。それでも、他人よりも多いと評されたトリオン量は私の何よりも武器で自慢だった。だから、ビクビクしながら任務に当たったけど、どこか心の底では大丈夫だとも思ってたんだと思う。

「機動力を上げないと、私、足手纏いだ」

走ることを咎められていた身体だから、ボーダー隊員の中で、機動力は底辺に近い。それでも射手としての役割的に大丈夫かと思っていたけれど、もっと筋力を鍛えなければ。私の所属する隊は、なによりも攻撃に特化した部隊だから。

「オーバーワークはお勧めしないよ」
「うん、だけど私…人の役に立ちたいの。何かあった時に、一般の方も守れるようでないと駄目でしょう?だって私たちは、ボーダーだから」

私の言葉を受けた時枝くんは、しばらく何か考え込むような素振りを見せた後、ゆっくりと再び口を開いた。

「………そんな進藤に、試して見て欲しいトリガーがあるよ」
「試してみて欲しいトリガー?」
「うん。まだ試作段階だから、B級隊員が使っていいかどうかは分からないけど…影浦隊は、もとはA級だからね。大丈夫だと思う」

A級隊員の特権として、トリガーの改造がある。そう言えば、少し前まで、うちの隊はA級だったと聞いたことがある。何故B級に落ちたのかと聞いた時、ゾエさんが苦笑いをしながら、雅人くんが鬼怒田さんを殴ったのだと教えてくれた。雅人くんは、サイドエフェクトのこともあって、気が短い方なので、有り得なくはないのかもしれない。だけど、それには理由があるのだろうなと思って深くは聞かなかった。私に言わないと言うことは、多分雅人くんは私に知られたくないんだと思うから。

「聞いてみるだけ聞いてみるよ」
「えっ…いや、なんかそこまでしてもらうのは申し訳ないよ」
「オレがしたいだけだから、気にしないで」

いつだって時枝くんは、そう言って私の力になってくれる。本当に人が良すぎないかこの人。

「どうして時枝くんは…いつだって、そこまでしてくれるの。こんな、ただの同級生ってだけの私に?人が良すぎるんじゃない?」
「さあ。…どうしてだと思う?」
「もう!分からないから聞いてるのに」
「ふふ、拗ねないで。ほら着いたよ」

いつの間にかガーデニングショップに着いていたようで、時枝くんがドアを開けてお店の中に入っていく。

「拗ねてないもん!」

私は慌ててその後ろをついて行った。

「いらっしゃいませー!あら、叶ちゃん!」
「あ…お久しぶりです…!」
「あらやだ!彼氏?」
「ち、ちがっ!友達です!」

ここのガーデニングショップは、家からとても近いので、暇さえあれば足を運んでいた。その為、店員さんのお姉さんたちとは仲良しだ。

「今日はなにをお探しですか?」
「観葉植物をみたくて…」
「そう!ゆっくりしてってね!」
「ありがとうございます!」

お姉さんに頭を下げると、そんな私たちの様子を窺っていた時枝くんの腕を引いた。何度も来ているので、何処に何があるかは把握済みだ。

「こっちだよ!あ!あった、サボテン!」

手のひらサイズのサボテンを手に取って籠に入れる。

「可愛いね」
「でしょう?流石、時枝くん!」
「………それだけで良いの?」
「うん、今日はね!これから寒くなるし、沢山買いすぎると手入れが大変」

それに、みんなは沢山置いて良いと言ってくれてたけど、植物にあまり興味のない人たちに、そんな沢山買っていったら迷惑になるだろう。だから、はじめは手入れが簡単で、そんなに場所も取らないものが良いと思った。さあ、帰ろうかと言おうとしたところで、時枝くんが足を止める。

「少し見て行っても良い?」
「へ?うん!」

まさか時枝くんから、そんなこと言われるなんて驚いた。男の子は、あんまり植物とか興味なさそうなのに。時枝くんは辺りを見渡した後、お花のコーナーで足を止めた。

「いろんな種類があるね。オレには全然分からないよ」
「綺麗だよね!それにね、花には花言葉があって、そう言うのを調べるのも楽しいんだよ。」
「そうなんだ」

時枝くんが、花に手を触れる姿は、とても美しいと思った。絵になると言うか、一瞬で心奪われてしまう。惚れた弱みと言うやつだろうか。

「進藤は何の花が一番好き?」
「んー、チューリップかな。いろんな種類があるし、色によって花言葉も違うんだけど、どれも素敵なの」
「そうなんだ。じゃあ、春になったら一緒に植えようよ」
「っ!ふふ、うん!」

先生に許可貰わなきゃねと笑う時枝くんに、私また園芸部に入ったんだよと告げる。そうだったね、じゃあそれは進藤の仕事だと言われて、任せてと胸を張った。お会計を済ませて、家までの帰路を急ぐ。落ち込んでいた気分が、おかげで晴れやかになっていった。










20200529

 

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