「……え、村上くん??」
体育座りをして、頭を抱えて蹲っている村上くんを見た時に、それも違ったのだと知った。
「相原か」
村上くんの副作用(サイドエフェクト)は、村上くん自身を傷つけていた。彼は、とてもやさしい人だと思う。それでいて、ちょっぴり繊細なのかもしれない。自分のその能力におごることなく、むしろ、人と違うそれがズルだと考えているようだった。みんなが1日や2日をかけて覚えてしまうことを、寝てしまえば覚えて学習してしまう。みんなのような苦労を自分は知らない。そう言って悲しそうにする姿を見たときに、今まで感じていたもの全てが、とても失礼なことだったと思えて申し訳なくなった。
「私ね、自分の副作用(サイドエフェクト)が嫌いなの」
「……?」
「だからね、ちょっぴり村上くんのことが羨ましかったんだ。村上くんのその力は、誰も傷つけないって思ってたから」
意図も容易く人を追い越して、その人のやる気を削いでしまう辛さは、経験したことがない。
「昔ね、私を助けてくれたお兄ちゃんが言ってたの」
友達を失って泣いていた私に、やさしく手を差し伸べてくれた従兄のおにいちゃん。
__それは、自分次第だよ。翠
「自分次第なんだって」
「……?」
「私もあんまり意味がよく分かってないんだけど、味方からすれば、私たちの副作用(サイドエフェクト)は頼もしいって思える瞬間があるかもしれないよってことらしい」
私は、村上くんの副作用(サイドエフェクト)は素晴らしいものだと思う。だけど、副作用と呼ばれるだけあって、みんな、それに苦しんでいる。そういった部分では、私も村上くんも一緒なのだ。自分の副作用(サイドエフェクト)の良さが分からない。他人が、どれだけ凄いとか素晴らしいとか思って伝えたとしても、本人がそうだと思わなければ、意味が無いのだ。
「私は、自分自身のこの力の良さを一生分かる気がしないんだけど、」
「……そんなことないだろう」
「ふふっ、それは、こっちの台詞だったりするんだけど」
「………」
「だから、一緒に探そうよ。自分が納得できる理由」
久しぶりに、自分から差し出したその手は手袋で覆われている。それを見た途端、一瞬だけ村上くんは不思議そうな顔をした。だけど、手袋をとってくれとか、理由を問い詰めてきたりはしなかった。それが、彼のやさしさだ。そういうところが、とても素敵だと思う。そして、ふんわりと口元を緩ませて「ありがとう」と言ってくれたのだ。久しぶりに他人から感謝されたことに、心が少しだけ高鳴った。こんな私でも、人の役に立てるんだって。そう思ったからだ。
「オレは、相原のその能力の良さを既に知っているけどな」
「それは、私の台詞なんだけどなあ」
繋いだ手から、じんわりと温かい体温が流れ込んできた。結局、先を越されてしまったのだけど。村上くんは、もう既に自分の強みを見つけてしまっている。だけど、わざと私に言ってこないのも気づいている。彼は、とてもやさしい人だから。だから、いけないんだって、思う。
「相原、今日良いか?」
「うん…」
そうやって、毎回毎回手を差し伸べてくれるのだ。
▼
村上くんと私は、定期的に2人で"自分の副作用(サイドエフェクト)について話そうの会"を設けている。言いはじめたのは村上くん。名称をつけたのは私だ。
「相原の副作用(サイドエフェクト)って、」
「過去視だよ」
従兄のお兄ちゃんと正反対の能力だ。悠一くんは不特定多数の人間の未来が視える。対する私は、触れた人間の過去が見えるのだ。未来は、足掻いたら変えられるけど、過去を変えることは出来ない。人の知られたくないことばかり視えてしまう。この能力のせいで、人間の醜い部分や汚い部分を全部知った。人は簡単に裏切るし、都合の良い時だけ自分の味方でいてほしいと思うのだ。
「どう頑張ったって変えられない過去を知ったところで、私に出来る事なんてあるのかな」
「……相原、それは、」
「その人が知って欲しいと思っていたとしても、受け取る側は知られたくないって思ってたりする。私は、そういうのが上手に理解出来ないから」
だから、傷つけて。嫌われた。謝ったけど許してくれないまま、一生会えなくなってしまった。とても素敵な子だったのに。気持ち悪いって言われた私を、守ってくれた子だったのに。そんな大切な子の気持ちが分からなくて踏みにじったのだ。
「前から気になっていたんだけど、相原が副作用(サイドエフェクト)を嫌悪するのには、何か別の理由があるのか?」
その問いの答えは、イエスだ。だけど、どう答えたら正解かが分からなくて俯いた。そんな私に呆れたりせず、また、村上くんは優しい言葉をくれるのだ。
「……悪い。言いたくないなら言わなくていい」
「ごめんね」
「いや、オレが迂闊だっただけだ」
そういうことの1つや2つあるよなって、励ましてくれる言葉が、苦しいのだ。
「ねえ、村上くん。いいんだよ。こんな私に構ってくれなくて」
「………」
「本当は、見つけてるんでしょ。納得できる理由」
「……それは、」
村上くんは嘘が吐けない人なんだなって思う。口では何とでも言えるから、簡単に否定してしまえば良いのに。言葉がつっかえてしまった様子を見てしまったら、肯定しているようなものだ。
「オレだけが見つけても意味ないからな」
「……え?」
「"一緒"にって言ったのは相原だろう。だから、相原が見つけるまでは、終われない」
どうして、そこまで優しいのだ。泣きそうになった。
「相原のことが好きだから」
こんな人間なんかよりも、相応しい人がいるだろうに。ダメだよと心の中で泣き笑った。
20210622