眠ったふりを責めないで

4年半前の悲劇は、再び繰り返された。あの日無力だった私は、無力のまま。全てが終った後に上層部に呼ばれて、こんな私に命じられたお仕事。

「無理してやり遂げなくて良いからな」

忍田さんが、そんな中庇うように声を上げていたような気がする。だけど、私にしか出来ない仕事だから。だから、私は頑張らないといけないのだ。目の前に並べられているのは、洋服だったり鞄だったりといった小物。それのどれもに血液が付着している。先日の大規模侵攻で亡くなられた人たちが当日身につけていたり、持ってきていた物だ。

「1人にしてもらってもいいですか」

そう言って、手袋を外した。温かな感情しかのっていない大切な手袋を鞄の中に仕舞う。そして、遺品に向かい合った。深く深呼吸をして、そっと触れる。流れてくる沢山の感情の渦の中を、たった1人でがむしゃらに歩き回った。







本業は学生な私は、学校へと歩を進めなければならない。志半ばで、散っていった仲間たちの最期を見た後に、その背景を知らずに笑い合うクラスメイトたちを見ると虫唾が走った。授業中に聞こえてくる声も、先生の説明も、全部右から左へと流した。それでも、先程まで触れていた感情や光景は、消えてなんてくれないのだ。徐に手を伸ばすと、「どうした、相原」と先生に問われる。

「すみません、気分が悪いので保健室に行ってきます」

またか、という視線が突き刺さった。けれど、中学生の時に比べるとマシだ。あの頃は、サボりだとか噂されていた。サイドエフェクトのせいで、不眠症気味だった私の理解者は皆無だったのだ。だけど、今は良くも悪くもボーダーという肩書きがある。そこにいることによって、自分自身の頸を締めてしまっているのに皮肉なものだ。

「そうか…えー、保健委員は、」
「いえ、一人で大丈夫です」

みんな、悪い意味で慣れてしまっているのかもしれない。第2次大規模進行から、はや2週間。はじめは戸惑う声、批判も多かった。それでも、記者会見後より落ち着いてきた気がする。ボーダーがとうとう近界遠征のことを公表したことが大きいのだろう。しかも、その発言をしたのが中学3年生のボーダーに入って間もない隊員。正義感に溢れる彼の姿は、キラキラと輝いていて目に入れるのが、とても痛かった。

「失礼します」

保健室の扉をそっと開くと、養護教諭が出て行こうとしている所だった。「どうしたの?」と問われたので、適当に「睡眠不足でしんどくなりました」と答える。私がボーダー隊員だと知っている先生は、「無理しちゃダメよ」とだけ言って、足早に保健室を後にした。保健室の常連と化している私なので、もう慣れた対応だ。ガクリ、となだれ込むようにベッドへ横になる。静閑とした部屋の中は、さびしさを助長させた。いつまで経っても強くなれない私は、あの日のまま時が止まったままだ。

__大丈夫か?具合悪いのか?

いつまで経っても、私には朝が来ない。

「相原?」

不意に隣のベッドから音がして、聞き慣れた声に名前を呼ばれた。あの日と同じ声。やさしい、声。

「村上くん…」

村上鋼。私と同じくボーダーに所属する隊員で、鈴鳴第1(来馬隊)のメンバー。私と正反対の位置に居るような人だ。やさしくて強くて、素晴らしいサイドエフェクトを持っている。副作用と書くに相応しくないと、はじめて思わされた能力の持ち主。これで性格が悪いとか、なにかしら欠点があれば良いのに、とても良い人なのだ。そんなこと思っている時点で、私という人間の価値がしれている。

「どうしたんだ?」
「村上くんこそ、どうしたの?体調悪いんじゃないの?」

真面目な彼が授業をサボるとは思い難い。きっと、体調が悪かったのだろうということは安易に察せられた。

「いや…大丈夫だよ。相原こそ、どうしたんだ?」

カーテン越しにやわらかい視線を感じる。

「私は、ちょっと寝不足なだけだから、寝たら治るよ」

1日で沢山の地獄を見た。その地獄は瞼の裏に焼き付いて離れない。

「そっち行っても良いか?」
「……誰か来たらどうするの?」
「しばらく先生は戻ってこないぞ」
「いまはダメ」

なんとなく村上くんの行動が読める。心優しい村上くんは、弱っている人間を放っておけないのだろう。だけど、村上くんと私は違う。その能力を上手くコントロールして、他人から羨望される彼と。上手くコントロールできなくて、面倒くさい上に気味悪がられる私。住む世界が違うのだ。なのに、突き放せない。その優しさに溺れてしまいたいと思う。しばらく黙り込んだまま、規則的な呼吸を繰り返していると、

「なあ、相原。もしかして、寝たか?」

村上くんから降り注がれる言葉は、いつだってやわらかくて温かい。それが苦しい。そう思ってしまう私は醜い。私が、普通の女の子だったら良かったのに。

「急がなくて良いからな。ちゃんと、待ってる」

ほら、そうやって救いの手を差し伸べてくる。でも、その優しさを突き放すことも出来ずに、ただただ逃げるだけの私が、きっと1番狡いのだ。

__相原のことが好きだから

「……おやすみ」

両手のひらを覆う手袋が、締め付けるように絡みついて、痛みだけが身体に突き刺さった。



20210614







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