「ばいばーい!また明日ね」
帰路。夕暮れの空を見上げながら、横断歩道を渡っていると手前に居た小学生が手を振り合っていた。
__ばいばい
ヒュッ、と喉元から嫌な音が鳴る。脳が警鐘を鳴らした。私は足早に横断歩道を渡った後、人気の無い道まで入り込んで蹲る。壁に手をついたところで、視界に入るのは手袋に包まれた自身の手のひら。突然流れ落ちてきた涙を、ゆっくりと拭いながら、必死に呼吸を整える。震える身体を自身の頼りない腕を交差させて、落ち着け落ち着けと言い聞かせるように呟いた。
「翠」
聞き慣れた声が後ろからやってくる。まるで、分かっていたかのようなタイミングだ。
「視えてたの。悠一くん」
迅悠一。私にとっては従兄でもあり、同じ組織に所属する仲間でもあったりする。私と同じく副作用を持った人。だけど、私とは正反対の人。
「実力派エリートですから」
「……茶化さないで。視えてたなら、教えてくれたら良かったのに」
私には出来ないけれど、あなたにはそれが出来る。恨めしい気持ちを眼光にのせた。
「そうなると未来が変わるから」
「変わったって良いじゃない。変わらないよりかはマシ」
「んー。それは時と場合によるだろー。ちなみに今回は、変わらない方が良かった」
「何を根拠に、」
「迅さん」
不穏な空気を切り裂くように、第三者の声が割って入ってきた。
▼
幼い頃から、不思議な能力を持っていた。手から触れたモノを通して、そこから様々な情報が流れ込んでくる。知らないはずの情報、見ない方が良い情報、そんなこと幼い頃は分からなくて、周りの人間から異質な存在だと言われた。だけど、たった1人。私にやさしくしてくれる人がいた。それなのに、
「きもちわるいって思わないの?」
「思わないよ。だって、私、翠ちゃんのことが大好きだもん!」
「っありがとう」
ぎゅっと抱きしめてくれたあのぬくもりも、
「どうして、そんなこと言うの?」
「だって視えたんだもん!知ってるでしょう?私には、そういう力が…」
「だけど、そんなこと言われたくなかった!」
「私は、」
「私のためかもしれないけど、知らなくても良いことだって在るでしょう!?」
悲しそうに涙を流した顔も、怒った声も、全部覚えてる。人付き合いというものに慣れていなかった自分を、未だに呪うくらい、それは私自身を蝕んでいる。
「知りたくないっていったじゃん…」
「………」
「余計なことしないでよ!それでも私は、」
「………ごめんなさい」
「もういいから、関わらないで。ばいばい」
そう言って、なしくてしまった存在。4年半前の、あの日。もう一生仲直りできない。遠くに行ってしまった。
「………ごめんなさい」
「翠」
「悠一く、」
「おいで、翠」
__翠の力が必要だ。俺の副作用(サイドエフェクト)がそう言っている。
過去視のサイドエフェクト。稀にサイコメトラーなんて呼ばれたりする。
「私は、どうしようもないやつなんだ…」
後ろ指を指されて気味悪がられて。嘘つきなんて呼ばれていじめられて。そんな人間が生きてて、どうして、あの子のように普通の人が死んでしまうのだろう。
「私なんて、」
「相原?」
「村上くん…」
「どうした?」
「ううん、なんでもない…」
「はーい、翠ウソつかないー!悪いけど、送ってやってくれる?」
俺は趣味で忙しいから、なんて笑う従兄に苛立ちを覚える。これも視えていたのか。なんて都合の良い能力なのだ。私と違って。
「大丈夫か?具合悪いのか?」
目の前のこの人だって持っている。副作用と表記するのに、そう感じさせないモノを。
__それは、自分次第だよ。翠
そして私は、今日も捨てきれない劣等感に苛まれるのだ。
20210528