菊地原士郎(4)と幼馴染(5)

どんよりとした曇り空を、憂鬱そうな目で見上げる1人の男の子がいました。名前は、きくちはらしろうくん、4歳。大人しくて内気な性格なんだそうです。ご両親は、そんなしろうくんのことが、ちょっぴり心配。あまり友達の輪にも加わろうとしない様子を幼稚園の先生から聞かされています。

「………!」

そんなしろうくん、こちらを一直線に見て睨んできます。

<<まさか、カメラばれてるんじゃない……??>>
<<ええっ、めちゃくちゃ目が良いのかな??>>

「……ろちゃ、…ん」

慌てふためいている我々を余所に、1人の女の子が、そんなしろうくんに近づいて行きます。この子の名前はなまえちゃん。しろうくんより1つ上の年長組クラスの子です。この2人は、まるで姉弟のように、そっくりだと幼稚園では噂になっていました。

「……なに?」
「…っ…!、……っ、」
「ふうん」

しろうくんの手を握って、ボソボソとなにかを呟くなまえちゃん。残念ながら、こちらには会話が届きません。マイクよ、仕事をしてください。

<<そんな小さい声で、何を話してるんだ??>>

今日は、そんなヒソヒソ話しを繰り広げるコンビのおつかいをおいかけます。

「……すごい、いやなおとがする」







おつかいの日の天気は、最悪の雨。だけど、しろうくんもなまえちゃんも、どこか嬉しそうです。2人は雨が好きなんでしょうか。しとしとと降り続ける雨は、一定のリズムを刻んでいて、心音とリンクしていくようです。

「じゃあ、頼んだわよ」
「「………うん」」

<<うわあ、そっくりや!!>>

ちなみに、我々はこの日のために、色々と対策を練ってきました。まず、ボソボソと話す小さな声を拾えるように、高性能なマイクをお母さん達に渡しています。この小型マイクは、おまもりと表した小さなポシェットに入れて、おつかいに一緒に持って行くようにお願いしました。しろうくんは青色の、なまえちゃんはピンク色のものを身につけています。

「いこ、なまえちゃん」
「うん……」

徐に手を繋いだ2人は、歩き始めます。

「なまえちゃん」
「わわっ、」

しっかりした足取りで歩いていたとき、急にしろうくんがなまえちゃんの腕を引っ張りました。その瞬間、チリンチリンとベルを鳴らした自転車が、疾風の如く過ぎ去っていきます。

<<うわっ、こんな雨の日に危ないなあ!!>>
<<それにしても、よく気づいたね、しろうくん>>

口数が少ない2人ですが、とても落ち着いています。どこか大人びて達観しているおかげで、助かりました。しかし、

「なまえちゃん」
「…う、うん」
「だいじょうぶだよ」

微かな変化も見逃さないしろうくん。なにかを感じとったのか、ぎゅっとなまえちゃんの手を握りしめます。その瞬間、

「「………!!」」

稲光が見えたかと思えば、ドロドロ…と轟く音が鳴り響きます。しろうくんは、両手で両耳を抑えて蹲りました。そのせいで、持っていた傘離して、どんどん体が濡れていきます。

「し、ろちゃ……」

何かに耐えるように。怯えるように。小さな体をプルプルと震わしているしろうくん。なまえちゃんは、しろうくんの方へ傘を傾けて、雨から守るような体勢を取りました。そして、なにかを言うわけでも無く、やさしくやさしく頭を撫でてあげます。

「……いたい」

<<どうしたんだろう??>>

しろうくんは、両手で両耳を抑えて蹲ります。その状態を見て、アワアワと慌てるなまえちゃん。どうしたら良いのか分からない様子で、今にも泣き出してしまいそうです。体調が悪いのでしょうか?スタッフたちは、どうしようかと目配せし合います。どれだけそうしていたでしょう。雷鳴が近くなってきているのか、音は増すばかりです。これだけ悪天候ならば、おつかいどころではありません。

「しろちゃ、」

ここで、ようやくなまえちゃんが動きました。蹲っているしろうくんを、何かから守るように抱きしめます。そして、赤ちゃんをあやすように、良い子良い子と呟きながら、しろうくんの頭をなでてあげました。

「……なまえちゃん」
「うん?だいじょうぶ、だよ」
「……うん。それはわかってる」
「およよ?」
「もうちょっとしたらなおるから」
「うん」

2人の中で、おつかいを放棄するという選択肢は無いようです。

「お耳、痛い?」

<<中耳炎かな??>>
<<ああ、小さい子は、なりやすいですもんねー>>

「うん。まだ痛い」
「ぎゅーしてたら痛くなくなるの?」
「ぎゅーしてたら、ちょっとだけ楽になるから。どくんどくん、って音が気持ちいいの」

心臓の拍動のことを言っているんでしょうか?我々スタッフにはわかり得ない、独特の2人の世界があるようです。雷鳴の音が落ち着いてきた頃、ようやく、しろうくんが立ち上がりました。

「しろちゃん、行くの?」
「……うん」

よく見てみると、しろうくんの目は真っ赤に腫れていました。なまえちゃんの腕の中で、泣いていたのかもしれません。なまえちゃんは、それを誰かに見られないように隠していたのでしょうか。

「なまえがね、しろちゃんのことまもってあげるね!」
「なにそれ。そんなのいらない」
「ええー!!」
「なまえちゃんは、いつもきれいなおとがする」
「きれいなおと?」

2人がスーパーに辿り着いて、頼まれた物を買い終えた頃には、空には虹がかかっていました。2人表情もとても晴れやかです。そして、再び、しろうくんが呟きました。

「いいおとがする」

見つめる先には、しろうくんがきれいと言ったものがありました。お母さんたちへ。内気な2人ですが、きっと、この2人はこれから強く強く成長していくでしょう。私たちの目には、この2人なら大丈夫だと確信しましたよ。



20220304


After Story→あれから12年





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