夜久衛輔(5)と幼馴染(5)

5歳の男の子と女の子が、仲良く手を繋ぎながら、此方に向かって歩いてきています。名前は、もりすけくんとなまえちゃん。幼稚園のクラスが、ずっと一緒でとっても仲の良いお友達です。もりすけくんは、明るくて皆の人気者なムードメーカー。対するなまえちゃんは、おっとりしていて心優しい女の子。ちょっぴり内気だけれど、いつも、もりすけくんが守ってくれるので平気です。嬉しそうにニコニコしている姿は、此方を自然と笑顔にさせてくれますね。

<<かわええなー>>

「なまえちゃん、つかれてない?」
「つ、つつかれて、な!!もり、すーけぇーくん!!(つかれてないよ、もりすけくん)」

実はなまえちゃんは、吃音症の疑いがあって、言葉を滑らかにしゃべることができません。どもってしまったり、言葉がでなかったりします。そんななまえちゃんの言うことを、唯一聞き返すことなく理解できるのがもりすけくんなのです。

「も、しゅ!く!あ、がと(もりすけくん、ありがとう)」
「おう!!」

<<なんで、これで会話が成立するの??>>
<<もりすけくん、すごいなあ>>

今日は、そんな不安を抱える可愛いお姫様と、それを守る小さな王子様のおつかいです。







おつかいの内容は、とっても簡単。なまえちゃんのお家から歩いて5分ほどの所にあるスーパーで、卵を買ってきます。しかし、なまえちゃんのお母さんは、1つ宿題を出しました。卵の場所は2人も分かっています。でも、「店員さんに、卵ください」って言うのよーって約束しました。これも、吃音症を治す特訓です。

「……どうしたー?なまえちゃん?」

ところが、スーパーが近づくにつれてなまえちゃんの足取りが重くなっていきます。それに、すぐに気がついたもりすけくん。その途端、なまえちゃんの足がピタリと止まります。

「かかかか、かかえ、る(帰る)」
「えー、なんでだ??」
「こ、こここーわわー(怖い)」
「オレ、一緒にいるぞ??」
「うううううううう………」

多分、なまえちゃんは、お母さんから出された宿題が怖いんです。今まで、一発で言っていることを分かってくれたのは、もりすけくんくらい。ご両親でも、偶に聞き返してしまうことがあるほどです。ですが、これからの人生、超えなければならない壁でもあります。いずれは、親元を巣立ち未来へと羽ばたいていく子供達。なまえちゃんのご両親は焦っていました。せめて、小学校に入るまでには治してあげたい。辛い思いはさせたくない、と。

「なまえちゃん!!だいじょうぶだ!!よし、じゃあ、練習しながら行くぞっ!!」
「れれれっれれ、んしゅ…」
「ほい!たーまーご」
「たたたた、ままままご、」

これでもかと、強く強く握りしめた手のひらを優しく包み込んであげるもりすけくん。その手をリズムよくブンブンと振回しながら、続けます。

「たーまーごー!」
「たたたまっ、ご」
「おお!良い感じだ!!たーまーごー!!」
「た、ままごー」

何度も何度も同じことを繰り返します。だけど、それでも上手く行きません。だんだん、イライラしはじめるなまえちゃん。諦めてしまったのか唇を噛みしめます。でも、もりすけくんはやめませんでした。なまえちゃんが言うのを止めてしまっても、何度も何度も繰り返します。

「たーまーごー!たまご!た・ま・ご!」
「……っ…」
「た・ま・ご!!」
「……ふぇっ、」

とうとう泣き出してしまうなまえちゃん。こんなに一生懸命頑張ってるのに、できないこと。それでも、もりすけくんが諦めずに一緒に頑張ろうとしてくれていること。その涙には、悔しい気持ちと嬉しい気持ちが絡み合っていました。

<<頑張っているのにね…>>

周りを取り囲むスタッフは拳を握りしめます。頑張れ、頑張れ、とずっと心の中で祈っていました。

「た?」
「たた…」
「ま?」
「ま、」
「ご!」
「ご…」
「せーの?」
「た(たた)ま(、)ごっ!!」

通り過ぎゆく人の中の1人が、怪訝そうな目を此方に向けました。しかし、流石もりすけくん。そのことに直ぐ気がついたのか、守るようになまえちゃんを抱きしめました。いきなりのことでびっくりしているなまえちゃん。耳まで真っ赤に染まっています。

「さっきの!良い感じだった!すごいすごい、なまえちゃん!!」
「……うううう、ん」

やさしくポンポンと頭を撫でる手は、やはりお姫様を守る小さな王子様です。嬉しそうな顔をしたなまえちゃんは、今度は1人で唱えはじめました。もりすけくんのリードもなしに、ただひたすらに。

「た、たたたまーーご、た、たたた、ままままっご!!たーーーまごっ!!」
「「!!」」
「すごいぞ!きれいなたまごだ!!」

決して、他の子のようにスラスラ言えた訳ではありません。たどたどしく呟かれた単語を理解出来る人は少ないかもしれません。でも、今この場に。その言葉が"卵"だと分かった人間が、もりすけくん以外にいます。それが、何よりの進歩でした。やがて、お店に着いたとき、涙の痕は乾いていました。たどたどしく紡がれた言葉を理解出来た人は少なかったかもしれません。でも、きちんと店員さんには伝わっていました。今日、なまえちゃんは、とっても大きな1歩を踏み出したのでした。




20210622

(あああああの、たたたまっごごご、くくださ…いっ!)



After Story→あれから13年


・吃音(きつおん)症
2〜4歳での発症が多い。その内の半数が自然治癒、もしくは簡単な指導で治癒する。どちらかというと男児に多い。

主な症状は、
・連発「もももももももりすけ」
・引き延ばし「もーりすーけー」
・音がつまって、なかなか出てこない「………もりすけ」

のような感じです。詳しく知りたい方は、ググってみてください。




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