落ちた先はしあわせのくに
みんなに連れてこられたのは食堂だった。各々が好きなものを頼んでテーブルに置き、好きなところに腰掛ける。

「さーて、まずなにから聞くか…」

うーん、と真希ちゃんが腕を組んで首を傾げる。するとパンダくんが、バッと手を上げた。みんなの視線がそちらに向かう。

「好きなおにぎりの具はなんですか?」
「おい、まずなんでそのチョイスなんだよ!!」
「おかか」
「…私は、しらすが1番好きかな」
「そうなんだ?美味しいよね、分かるよ」

いえーい、と乙骨くんとハイタッチをする。そして、ケラケラと笑い合うと真希ちゃんから睨まれてしまった。

「お前らな!」
「まあまあ、真希さん…」
「こんぶ、すじこ!」

今の狗巻くん語は、ちょっとよく分からなかったけれど、呆れたように真希ちゃんがため息を吐いた。それを見た狗巻くんがピースをしていたので、私も習ってピースをしようとしてみたけれど、後が怖いのでやめておこう。多分、本題に入るだろうから。何となく、みんなが何を聞きたいのか分かっていたので、私は先手を打った。

「ごめんね。何が聞きたいか分かってるよ。今日は今までのお詫びにちゃんと答えるから」
「いくら?」

お詫びって?と狗巻くんが首を傾げた。

「多分気づいてたと思うけど、私、みんなと一定の距離を保とうとしてたから」

“失うかもしれないって可能性ばかりに目がいって逃げていた”

真希ちゃんやパンダくんが、やっぱりかと言う顔をした。乙骨くんは眉を下げて俯いている。狗巻くんだけが無表情で、私を見つめていた。みんな優しいから、私が答えたくないと一言言えば、聞かずに居てくれるんだと思う。だけど、このままじゃいけないとも思うし、五条先生から遠回しに向き合えとも言われているから、もう逃げない。

「じゃあ、順番に聞くか。まず、私からな?………梓、何か持病あんのか?」
「え、そこなの?」
「んだよ、文句あんのかよ」

1番最初の質問が、私の体を案じるものだったので、あんぐりと口を開いた。その質問の答えは微妙なところだ。イエスと言えばイエスだが、ノーと言えばノーだ。

「ほれ、コレ。あの時落としただろ」

テーブルに置かれたのは、発作が出た時に飲んでる錠剤。しかも、ワイパックスと書かれているのが簡単に読み取れる。

「………薬の名前をググったら、一発で分かるのに」
「お前の口から聞きたいんだよ」

自然と口角が上がった。どこまでも直向きな人だなと思う。

「簡単に言えば、これは抗不安薬だよ。トラウマがあってね、思い出すと過呼吸が出ることがあるから、持ち歩いてるの」

私の心が弱いから。未だに過去と向き合いきれてないから、こんな身体になったんだって、昔、親戚の人に言われたっけ。

「トラウマって…?」

乙骨くんが不安そうな面持ちで、私に問う。私は1度深く深呼吸をした。そして、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

「もう10年くらい前になるかな…ショックで記憶障害になってるから、断片的にしか覚えてないんだけどね。私、両親が、呪詛師に殺されてるの…」

ひゅっと息を呑む音が聞こえた。だけど、ちゃんと向き合うって決めている。

「その日のことが、たまに夢に出てきたり、ふとした瞬間に急に思い浮かんだりする度に過呼吸を起こして倒れちゃって…だから、コレは、過呼吸が出た時に飲むようにしてるやつ…かな?」

手のひらの上で、錠剤をコロコロ転がしながら、言葉を続ける。

「…小さい頃は、大変だったけど、今は大分落ち着いてきてるんだよ?薬に頼らなくても、大丈夫な時もあるし…この間は、駄目だったけど…任務の時も、上手くやれてるし…」

そもそもあの日は、久しぶりに呪詛師という存在に出会したのがいけなかっただけだ。私は、決して強くないけれど、それでも、誰かに頼らなくても大丈夫なように頑張ってきたはずだ。

「全部、私が弱いからいけないんだけど…」
「おかか!!」

さらにマイナスな言葉が続きそうなところで、狗巻くんが制するように声を上げた。

「わっ…びっくりした…ありがとう、狗巻くん…」
「おかか、すじこ」
「うーん………?」
「すじこ」
「弱音を吐いても良いって?」
「しゃけしゃけ」

何だか、じんわりと胸が熱くなった。俯いたら、それがこぼれ落ちそうになる。だけど、上を向けば、この顔を見られてしまう。

「ツナツナ」

狗巻くんが、ズイッと青い無地のハンカチを差し出してくれた。何もかもお見通しではないかと苦笑が漏れる。そして、それを受け取ってお礼を言った。

「須藤さん、話してくれてありがとう」
「ったく、水臭いな」
「とか言って、真希が1番心配してたくせに」
「高菜」

我慢できなくなって、こぼれ落ちていく滴を拭っていく。柔らかい布が、とても温かく感じた。1番近くにいた狗巻くんに背中を察すられて、目の前にいた真希ちゃんが乱雑に私の髪を撫でる。パンダくんと乙骨くんが優しい眼差しで、私のことを見てくれていた。







「梓、お呼びだ」

それから、みんなと他愛もない話をした。あの時間は、きっと、普通の高校生が経験するような、何気ない青春の1ページになるような時間だった。

「わかりました」

みんなが、「気をつけて」とか「怪我すんなよ」と言ってくれる。その言葉を背に、五条先生の背中を追いかけた。

「五条先生、」
「なんだ?」
「呪術高専なんて、入る必要ないでしょって言ったの覚えてます?」

私は、2度も先生の提案を拒絶した。それなのに、先生の思い通りになっているのだから、何だかなあと思う。だけど、

「あの言葉、撤回します」

私の人生において、みんなに出会えたことは、きっと1番の幸福なことだから。




20201113

季節は巡っていく。私たちは進級して後輩ができた。乙骨くんが海外に行ったり、私は長期任務を任されたり、みんながそれぞれのところで戦っていく。でも、帰る場所ができたから。私は、きっと、もっと強くなれる。
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