不確かな息を今日もしている
あれから数日。真希ちゃんから、あの日のことを詳しく聞いた。侵入者は取り逃してしまったらしい。でも、みんな怪我もないと言う。真希ちゃんは、何か言いたそうな顔をしていたけれど、何も聞かずにいてくれた。それに、申し訳なさを感じつつも、私からは何も言えなかった。

そして、12月24日。世間はクリスマス・イブで盛り上がっていることだろう。今週は私たちは休講。狗巻くんは3、4年生と同じ任務に出ると言っていた。パンダくんはそれについて行くらしい。私はと言えば、五条先生がみんなの前で療養に励めなんて言うものだから、寮の自室で休む以外の選択肢がなかった。おかげで、みんなには、何か持病があるのだと誤解される始末である。

「……!?」

寮の自室で仕方なく寛いでいると、呪いの気配を感じて、飛び起きた。窓の方へ目を向けると高専を中心にしたあたりで、“帳“が下りはじめている。こうしては、いられない!と愛用の武器を手にとった。

タンタタタン…タンタタタン…

タンバリンに呪力を注いで、奏でる音を呪った。鳥が羽ばたくように両手を羽ばたかせて加速して行く。今、高専には真希ちゃんと乙骨くんがいるはずだ。今朝、一緒にご飯を食べた時に真希ちゃんが言っていた。

__教室に電気がついてんな
__本当だ。こんな早くに誰だろう?それに、今日は休講なのに。
__大方、憂太だろ。ほっとけ
__とか言いながら、見に行くんでしょ?
__梓は来るなよ。お前は休んでろって言われてるんだからな

プルル…プルル…

帳が下りきる前に校舎までたどり着くと、私はスマホをタップした。五条先生、家入さん、狗巻くん、パンダくん…いろんな人に電話をかけまくったけど、誰にも繋がらない!

「もう!!何で!!」

気休め程度にしかならないけど、トランペットをひと吹きした。せめて、仲間を集めたいと思ったからだ。真希ちゃん、乙骨くん、いるならこっちにきて。自分の場所を知らせる音だ。

『、もしもし?須藤さんですか?』
「大変です!!高専に帳が!!援護をお願いします!!」

ようやく繋がったのは伊地知さん。必要最低限の言葉を並べると、すぐに私の意図を汲んでくださった。援護が来るまで、もたさなければならない。でも、この感じは明らかに格上。おそらく、この間の奴らだ。

「旋律呪法、第1楽章!!〜♪〜♪♪♪」

どこまで守り切れる。例え、この身が千切れようとも、守りたい。その為に、手を休めるな。音を紡げ。奏でろ、呪いのメロディーを。

「へえ…?」

目の前に現れたのは、やはり、この間の男、夏油。

「梓!」
「真希ちゃん、来たらだめ!!」

合図が仇となってしまった。私が自分の居場所を教えたばかりに、敵が私を1番に見つけてしまった箇所に、真希ちゃんが来てしまった。夏油は、真希ちゃんの方を一度見た後、興味がなさそうにため息を吐いた。この様子から、おそらく、

「真希ちゃん、乙骨くんを連れて逃げて!この人の狙いは乙骨く」ドガン

大きな音が響いたかと思えば、浮遊感が私を襲う。その後に、ようやく腹部に鋭い痛みが走って、殴り飛ばされたのだと気づいた。真希ちゃんが、悲痛な声で私を呼ぶ。受け身も取れずに、そのまま、真っ逆さまに落下して行った。

「…梓、!」

来るべき衝撃に耐えようと目を瞑った。その途端、温かい感触に包まれる。真希ちゃんが私を抱きかかえていた。

「ゲホゲホ、ゲボッ」

地面に吐瀉物を吐く。吹っ飛ばされたせいか、平衡感覚があやふやになっていた。クラクラと目眩が襲ってきたのと同時に、キーンキーンと耳鳴りがする。ヤバイ、脳震盪を起こしてるかもしれない。真希ちゃんは、私を地面に下ろすと、庇うように立ってくれた。

「真希ちゃ、…だめ、にげ、て」

あの日の、両親の気持ちが分かった気がする。自分を犠牲にしてでも、守りたいと言う想い。それぐらい大切なもの。やはり、私は愛されていたんだ。こんな時に実感するなんて。

"どうしてこんな時に、失った記憶ばかりを思い出す?"

両親はとても厳しい人だった。両親と同じ呪力を受け継いだ私は、生まれた時から英才教育を受けていた。あの頃の私は、あの生活に窮屈を覚えていた。どれだけ頑張っても褒めてくれない。もっともっとと、上を求められる。だから、愛されていないんだと思っていたのに。

「逃げろ、梓」
「真希ちゃ…」

あの時の両親が言った言葉を、今度は友人に言われた。こんな日が来るのが嫌だったから、距離を置こうとしたはずだ。こんなことになるのが嫌だったから、強くなろうとしたはずだ。それなのに、

__逃げなさい、梓

絶対に嫌だ!!過去の残像を振り払う。震える手を握りしめて、トランペットを再び手に取った。膝がガクガクと震えて、上手く立てない。自分の情けなさに呆れてくる。だけど、私は、あの頃とは違うのだ。

「私も…一緒に、戦う」
「梓」
「真希ちゃんは、雑魚なんかじゃない!訂正しろ!」

タタタン、タタタンッ。震える膝を叱咤するように力強く叩いた。地面を蹴って、リズムを刻む。

「旋律呪法、第2楽章!」

それに重ねるように、トランペットに息を吹き込んだ。五線譜が流れて、敵の体へと絡みついていく。その途端、真希ちゃんが地面を蹴り上げて呪具を振り回す。此処を、通すわけにはいかない。

「おらあああっ!!」

けれども、私たちの刃は届かない。気がつけば、目の前は紅に染まっていた。

「ま、きちゃ…ん…」

友の状態を確認する間もなく。意識がどんどん暗闇に落ちて行く。その時だった。ガクリ、と真希ちゃんが地面に倒れたのと同時に、”帳”が破れる音がした。それに、夏油が気付かないわけもなく、夏油の動きが一瞬止まる。

「おっと、誰かが"帳"に穴を開けたな。何事も、そう思い通りにはいかないもんだね。侵入地点から、此処まで5分ってとこか。」

夏油の言葉が、私の胸に引っかかる。後、5分。私だけで、持たせる…。

「無視するべきか片付けておくべきか、迷うね」

夏油と視線が混じり合う。行かせるわけには行かない。胸元にあるハーモニカに手を伸ばす。まだ、私は戦える。震える手でハーモニカを握りしめて、やっとの想いで口元へと運んだ。音を奏でようとした途端、

バゴンッ

爆音と共に城壁を打ち破ったパンダくんが現れる。夏油は、やるね、と怪しい笑みを浮かべていた。

「パンダ、くん!…っ…」

何とかハーモニカを口に加える。そして息を注いだところで、ゲボッと血反吐を吐いてしまった。体が限界だと悲鳴を上げている。

「棘!!」
「堕ちろ」

狗巻くんの呪言が夏油を襲った。地面に大きな穴を開けたそれは、狗巻くんにも大ダメージを与える。夏油はおそらく、地下深くまで落ちていった。

「棘!!大丈夫か!?」
「い…ぐら…」
「ああ、まずは真希と梓」

狗巻くんが私の方へ、パンダくんが真希ちゃんの方へと足を進めようとした途端、再び夏油が現れる。身構えた途端、とうとう意識が闇の中へと落ちてしまった。















20201111




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