引き合うやさしさの引力
俺と一緒に来いって五条先生に言われた時、反抗した。私の力が必要なんだと言われても、素直に、その手を取れなかった。だけど、この手を取れば、私を虐げる親戚から離れられる、そう思うと悪い気はしなかった。だから、渋々その手をとった。それだけだ。

「また、梓を行かすんですか?」

小学生の頃から、任務に行かされる人は少ない。だけど、私は、それを望んだ。自分の生活費は自分で稼ぎたかった。五条先生が紹介してくれる人の中には、私のことをよく思っていない人もいるようで、なかなかエゲツない任務を与えられたこともある。

「梓、どうだ?同級生たちと上手くやれそうか?」

その言葉に頷くことはできなくて、でも、首を振ることも出来なかった。はじめは、嫌われれば楽だと思った。嫌われて、私もその人たちのことを嫌いになれば、誰かがいなくなっても悲しくはないから。だけど、

「梓は、アイツらが弱いと思ってるんだ?」
「な、私は…ただ、」
「アイツらがいなくなるのが、怖い」
「!」
「何だお前、ちゃんとアイツらのこと好きなんだ?」
「からかわないでください!」

彼らのことが好きな自分に気づいたとき、どうしたって彼らを無下に出来ないことに気づいた。呪いが見えないのに、名家の禪院の家に生まれ、過酷な環境に身を置きながらも直向きに努力を続ける真希ちゃん。呪言という力で自分の思いを伝えるのが難しい中、こんな私に優しく寄り添おうとしてくれる狗巻くん。人の思いを読むことに長けていて、誰よりも人間らしいパンダくん。そして、その輪の中に新しく加わった乙骨くん。彼は、呪われているのにも関わらず、他の人を守るために1人で生きようとしたすごい人だ。

「嫌いになれるわけ、ないじゃないですか。あんな人たち」

どこを見たって眩しくて眩しくてたまらない。

「梓。数少ない同級生だろう?信じてやれよ、アイツらのこと」

信じる?…何を、信じろって言うのだ。

「何を、」
「怖いなら、強くなれば良い。その力を梓は持ってる」

彼らを守れるくらい、強く__。







はっと目が覚めた。辺りを見渡すと白い天井と見慣れた風景。微かだが薬品の匂いもする。此処が医務室だと理解するのに時間はかからなかった。そして、じんわりと右手に温かさを感じる。そちらに目を向けると、その手は私よりも少し大きくて角ばった手に包み込まれていた。

「……え、」

スゥスゥと寝息が聞こえる。伏せられているせいで顔を見ることはできないが、ツンツンとした見慣れた髪型から、それが狗巻くんだとすぐに分かった。私は、ゆっくりと上半身を起こして、思案する。一体、何があったんだろう?直前の記憶が思い出せない。

ブルリ、と体が震える。先ほどまで布団の中にいたせいで、気がつかなかったけれど、カーテンの隙間から覗かせる景色は暗くなっていた。医務室に飾られている時計に目を向けると、時刻は20:00すぎを指していた。とりあえず、私は、自分に掛かっている布団を狗巻くんに掛けてあげようと体を動かせる。そっと、繋がれていた手を離した途端、ピクリと彼の体が動いた。

「あ、ごめん…起こしちゃった…」

むくり、と体を起き上がらせた狗巻くんと視線が混じり合う。

「た、高菜!」
「えっと、大丈夫だよ…多分…」
「おかかおかか」
「うーん、大丈夫そうに見えない?かな?ごめんね、私、いまいち状況が掴めてなくて…」

多分、倒れたんだと思うんだけど。その前の記憶が曖昧だ。

「…クシュンッ」

記憶を手繰ろうとしたところで、再び体が震えた。12月の宵のうちだ。暖房を入れないと流石に寒い。端座位になって運動靴に手を伸ばしたところで、その手を狗巻くんに止められた。その視線は、ベッドの方へと向いている。

「いくら」
「まだ寝てろって?流石にもう何ともないよ?」
「おかか!」
「だめ…?流石に、ずっと此処にいるわけにもいかないんじゃ…?」
「ツナマヨ」

手で電話をかける仕草をした狗巻くんは、そのままポケットからスマホを取り出して、どこかへと発信した。プルル…という音が私の鼓膜まで届く。狗巻くんは器用にも、頬と肩でスマホを挟んで両腕を動かせる状態にした。そして、頑なにベッドに戻らない私に折れたのか、自分の上着を私の肩にかけてくれる。

「ちょっ…そんなことしたら、狗巻くんが寒いでしょ…?」
「おかか!」
「……病人は言うことを聞きなさい?」
「しゃけしゃけ」

私は病人ではないよ!と抗議しようとしたところで、電話の相手が出たのか、『もしもし?』と声が漏れる。その声の主は家入さんだと、すぐに分かった。

「しゃけ、いくら明太子」

大方、私が目が覚めたとでも報告してるんだろう。

『ふーん、目が覚めた?』
「しゃけ、こんぶ。高菜?」
『何ともなさそうなら寮に戻っていいよ。それよりも、早くしないと食堂閉まるんじゃない?』

食堂、と言うワードを聞いた途端、グウウウ…とお腹が鳴ってしまった。ぎょっとなって俯くと、狗巻くんがクスクスと笑っている。聞きたいことが終わったのか、狗巻くんはプツン…と電話を切った。

「高菜?」
「立てるよ…。だから大丈夫だって、言ってるのに…」

どこまで過保護なのだこの人は。私は自分の上着があるからと、先ほど掛けられた狗巻くんの上着を彼に返した。狗巻くんは、すっごく不服そうだったけれど、此処は私も譲れない。屋内でこれだけ寒いのだから、外に出たら大変なことになるだろう。上靴を履いて立ち上がる。

「私、倒れちゃったの…?」
「しゃけ」
「だよね…そうじゃなかったら、医務室にいないよね」

直前の出来事を思い出そうと、再び思考を巡らせる。確か、学校に侵入者が来たんだ。大きな鳥獣に化けられる人と、自分より幾分が年下の女の子2人、そして、夏油と名乗った男。あの人たちは、おそらく…

__歌沢家の死に損ない

「……っ…」

その事実を知っているのは、呪術師の中でも、上の立場にある人間。もしくは、

「……高菜?」

“呪詛師”

「ご、ごめん…何でもない何でもないの…」

急に立ち止まった私を、不思議そうに見つめる狗巻くん。私を覗き込む双眼に写る私の姿は、酷く震えていた。

「おかか!」
「ごめん、大丈夫大丈夫だからっ、」

だから、どうか何も聞かないで。そんな思いが頭を占めた。だめだ、落ち着かないと。また、呼吸の仕方が分からなくなる。落ち着け、落ち着けと言い聞かせた。いつまで経ってもこんな調子でどうする。過去のことを思い出す度に、こんなことになって、どうするんだ。視界に紅の色が見え隠れした。それは、幻覚だ。本来なら、見えるわけない。私が映し出した幻だ。

「こないで…」

私に近づいてくる狗巻くんを拒絶した。半歩後ろに下がって、座り込む。その姿を見ないように後ろを向いた。そして、ゆっくり、ゆっくり深呼吸を繰り返していると、ふんわりと後ろから包み込まれた。

「ツナマヨ…ツナマヨ…」
「いぬまき、くん…」
「ツナマヨ、明太子!!」

大丈夫、と言われてる気がした。くるり、と体の向きを変えられる。真正面から私の体を引き寄せて、優しく背中を撫でられた。そして、美味しそうな具が更に並べられていく。

「すじこ、いくら、」
「…っ、何で、そんなに優しいの?」
「おかか、こんぶ明太子」

狗巻くんの言っていることは、半分以上理解できなかったけれど、行動全てに優しさと力強さがあるのが、ひしひしと伝わってきた。それは、私を安心させるには十分で。

「あ、」

こぼれ落ちた雫を拭われる。

話したくないことは言わなくて良いよ。怖がらなくて大丈夫だよ。側にいてあげるから。美味しそうな具材たちが、そう告げているような気がした。






20201108
目次


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -