我が大学には二つの名物サークルというものが存在する。その内の一つが読書愛好会。名だたる理由はその構成人数の少なさ。現サークル会長のやたらめっぽう酷い入会基準が原因だということは、割と周知されていることでもある。相当の本好きに相当の美形。前半ともかく後半駄目じゃん、努力ではどうしようもないじゃん!と友人がだんだんと机を叩きながら泣き言を言っていたのも割と最近の記憶だ。

読書愛好会のメンバーは五人。最近一人新入生が入会したようで、その子の姿を初めて見たときにやはりその端正な美しい顔立ちにほう、と溜め息をついたものだった。へへん!いいでしょう!とサークル会長様が鼻高々に自慢しにきたその日のことは今でもよく覚えている。女友達曰く、あれは大学公認のホストクラブ!全員そろって女子の婿!異議は認めない!…らしい。鼻息を荒くしてはぁはぁしている姿を遠い目で眺めながら、まあ、確かにそう思えなくもないかな、と少しだけ納得した。

見目麗しい五人の男。その集団の一人が、自分の存在に気づいて僅かに頬を緩めた。視線だけで合図する。今日お前の部屋に行くから、と。分かったと、相手の瞳の奥が静かに揺らめく。数秒の出来事で自分たち、巷で噂の読書愛好会の会員の一人で長年来の幼馴染でもある羽鳥芳雪と俺、吉野千秋の短い会話は終了する。

「ほら、千秋。何ぼさっとしてんの!早く行くわよ!」
「そろそろ時間だよ、千秋ちゃん」
「あ、え?うっわ、もうこんな時間?」

大学構内のテラス内。講義を終えてからすぐに一つのテーブルを陣取り、その表面に広げていたのは学生らしい教科書や参考書ではなく白い原稿用紙。薄く鉛筆書きされたそれらの厚紙をわさわさと掻き集めて、大きな鞄にぎゅむぎゅむと詰め込んだ。

「千秋ちゃんは、今度出す課題何にするか決まった?」
「うん、大体は。杏ちゃんは何にするの?」
「白雪姫にしようかなあ、って思ってる。絵梨ちゃんはいばら姫だって」
「ちょっと杏、なに人の情報を勝手にばらしてんのよ」

自分の隣を歩く二人の女性は、小日向杏と一之瀬絵梨佳。当大学もう一つの名物サークル、読書研究会のメンバーの一員でもあり、俺の友人でもある。つまり自分もそのサークルのれっきとした会員の一人であるということ。


読書研究会という当サークルの名前が広がっている理由は、読書愛好会と相対する。あちらが入会するのさえ狭き門だというのなら、こちらは来るもの拒まずの入会基準だ。読書、と名の通り、読めるものなら本だって詩だって漫画だって良い。何か一つ読むことが好きであれば、誰でも入会オッケーという軽いノリで、現サークル会長相川先輩はこの読書研究会を創りあげたのだという。もっとも、相川先輩の友人である読書愛好会の会長、木佐翔太先輩に対抗して、とか、あちらのサークルに入れなかった腹いせに、とか色々噂はあるけれど。

僅か数人の愛好会と、数百人が在籍する研究会。名前は二文字しか違わないのに、その実態は大きく異なる。それが原因で、この二つのサークルの名前を当大学で知らないものはいない、という状況だ。けれど、こちらは「愛好」ではなくあくまで「研究」なのだ。「愛好」というものはただ本を読むことが好きで好きだから本を読むという循環性を描くが、こちらは「研究」。つまり本を読むことによって得たものを、色々と解釈した上でそれを形に残さなくてはならない。形に残すというのは一見難しいように思えるが、研究の成果は何でもいいのだ。感じたこと、考えたことを論文にしてもいいし、その感動を歌にしても。勿論、絵にしても、だから漫画にしてもいい。

昔から少女漫画を目指してきた自分にとって、サークルに入るという行動は貴重な時間を潰すことに他ならない。けれど、そんな自分が入会を決めたのは、既に少女漫画デビューを果たした一ノ瀬絵梨佳という人物が、このサークルに所属していると耳にしたから。

漫画を描くという行為だけでなく、全てにおいて一つの作品を作り上げるということは孤独で寂しい作業だ。初期段階の構想の時点では、これで間違いない、と思っていても、作業を続けていれば途中で迷うことはいくらでもある。本当にこれで良かったのか、自分がやっていることは正しいのか、もしかすると初めから何もかも全て間違っていたのではないかと。楽観的な自分にとって無縁な話に聞こえるかもしれないが、これでも結構悩むことは多いのだ。何かを一つ作り上げるということは、難しい。それは作り上げた人間だけでなく、途中で挫折した人間だからこそ分かりえることでもあるのだろう。

本当に自分なんかが少女漫画を描いていてもいいのだろうか。このまま描いても描いても決して報われることはないんじゃないか。けれど描くことは好きだ。でも描くことが苦しい。だけどどうしても描きたい。

「どうしたら諦めない人間になれますか?」

サークルに入会して一番初めに一之瀬さんに尋ねた言葉だ。唐突な質問に綺麗なその女性らしい面立ちの中に、驚愕が潜んでいた。僅かな間少し眉を寄せて考えたそぶりと見せたかと思えば、そんな人間は最初からいない、諦めたくないという意思の強さと、諦められない意思の弱さがそんな人間を作り上げるのだ、と彼女は静かに言った。貴方は前者なのね、と言って一之瀬は同い年らしくその時初めて俺にむかって優しげに微笑んで。そんな出来事を皮切りにして、一之瀬自身と彼女の親友だという小日向杏とサークル内では一番と呼べるくらいに親しくなった。あれから、あの日からもう三年。

三年の月日というものは、果たして自分にとって何か得るものはあったのだろうか。漫画の技術や表現力とやらは若干成長したと自覚はしている。最近は少女漫画を出版社に応募すればそれなりの賞はいただけるようになった。が、しかしデビューするまでには至らない。その、最後の一歩が足りないのだ。

では、自分には一体何が足りない?

「まあ、情報っていっても、今回の研究課題は童話だから、隠しても隠さなくても同じよね。どっちにしろ誰が知っててもおかしくないテーマなんだから」
「でも私、そういうオーソドックスなお話も大好き」
「うん、俺も好きだな」
「で?千秋は?何にするの?」

二人のテーマを知っているくせに自分だけが隠すなんて許さない、とでも言うように一ノ瀬がその瞳に鋭さを持ちながら言った。別に隠したわけではなく、あちらの二人が勝手に情報公開した、と言えばそれまでなのだが。けれど特に言いたくないというわけではなかったので、可愛らしい瞳に微笑みながら俺は口を開く。俺のテーマは、ね。一息ついてから、答えた。


『言葉を失くした人魚の話』



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