雪名彗。スイという漢字は彗星の彗。確か何かに名前を記入する際、彗、という面倒な漢字ではなく、カタカナでスイと書いている。そういう話を本人から聞いて、確か俺も彼をスイと呼び始めた。雪名皇に雪名彗。どちらも随分と煌びやかで、王子様みたいな名前だよなと思った。どちらも決して名前負けしていないところが凄いけれど。


何年かぶりに会うスイは、記憶の中のその姿よりも大分大人びていた。身長も少し伸びたらしい。当時は自分と同じ位だと記憶していたが、今はすでに自分の目線は彼の首もとに在るほどだった。けれど、変わらないと感じた。顔の輪郭だとかはよりすっきりとシャープになってはいたが、相変わらずに美しかった。優しい眼差しは当時そのまま。若干低くなった声のトーンは、重みを伴い脳に響く。翔太お前、昔と全然変わらないのな、とスイの言葉を聞きながら、お前だって変わってないよと小さな声で答えた。

騒がしくなった家の気配に気づいたらしい雪名までもが、部屋を出てこちらに向かってやってくる。お帰り、ただいまといかにも家族らしい言葉を目の前で交わして。そんな二人の並ぶ姿を見て、何だか酷く可笑しかった。まるで、現在の雪名と未来の雪名の二人が同時に存在しているように思わず見えてしまったから。

「実は俺、来月結婚するんだ」

そんな台詞をスイから聞いたのは、雪名家の夕食時のことだった。晩ご飯をご一緒に、と物腰柔らかな彼らの母親から夕食に誘われることはよくあったが、今まではそれを全て丁重にお断りさせていただいていた。けれど、数年ぶりに親友に会ったというのに、すぐ帰るなんて言わないよな、というスイの言葉にうまい切り返しが思い浮かばなかった。右に雪名、真正面にスイ。そしてその周囲を両親が取り囲み、一件穏やかな夕食の時間は過ぎていく。

スイが将来を誓った伴侶は、中学生時代から付き合っていた彼女だという。その名前を聞いて、ああ、確かそんな名前だったな当時を思い浮かべる。が、その女性の顔は良く思い出せない。それはそうか。だって、俺、中学生の頃なんてほとんどスイの顔を見て過ごしていたから。そっか、お前まだ彼女と続いていたんだ、凄いな、とか適当に話を合わせた。久しぶりの息子の来訪に母親が腕によりをかけて作った料理も、大変申し訳ないが、噛めば砂の味しかしない。

「結婚式、お前も呼ぶから。絶対来いよな」


そんなスイがかけた言葉に俺は曖昧に笑って、けれど返事はしなかった。


+++

「木佐先生とうちの兄って、どうやって友達になったんですか?」

晩餐の時間を過ぎて、流石にこれ以上こちらに居座るわけにはいかない、と伝えて玄関口に向かったところ、今度は雪名に捕まった。なんだか今日は随分と家までの道のりが遠いな、と頭の片隅で思いつつゆっくりと口を開く。

「お前の兄ちゃんに直接聞けばいいじゃんか」
「結婚式の準備で忙しそうですから、無理ですよ。本当は今日だってその話をする為に帰ってきたんですから」

成る程。その貴重な時間とやらが久しぶりに再会した親友の為に裂かれてしまったわけだ。だとするのなら自分にそういった質問をすることも道理だ。だから納得して、仕方なく彼に回答を与えてやる。

「中学の頃の同級生だよ。同じクラスだったから、それで仲良くなった」
「…木佐先生の方から友達になろう、と誘ったんですか?」
「なんで俺がそんなことするんだよ。スイの方から友達になりたいって言ってきたんだよ」
「うちの兄が?…へえ…」
「何?その反応」
「兄の場合、放っていても人が寄ってくるタイプの人間だから。だから、兄から木佐先生に歩み寄っただなんて珍しいな、と思って」

そう言うお前だって、同じような人種のくせに。聞いたこともなければ、尋ねたこともなかったことだけれど、そんなの想像しただけで分かる。お前みたいに朗らかで優しくて、純粋な人間が傍にいたら誰だってお近づきになりたいものなんだよ。逆に望まずに近づいたら、かえって後悔するに決まっているのに。どうせ自分の手に届かないのなら、手に入らないのなら。遠くで見ていた方がよっぽど良かった。

隣にいる雪名が唐突にくすりと笑った。何かおかしいのか?と尋ねれば、雪名はいえ、と小さく言った。

「ただ、なんとなく。木佐先生が中学生だった姿を想像して。きっと可愛かっただろうな、と」



雪名。お前さ。中学生の頃のお前の兄貴と同じ顔をして、同じようなことを俺に言うのな。




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