あれほど重大な事件だった小野寺の留学話は、どうやら彼の「行きたくない」という一言であっさりと取りやめになったらしい。あれ?教育熱心なお前の親は何処にいったの?と尋ねてみれば、どうやって宥めてみても、行きたくないから行かないという小野寺の言葉に、ようやく息子に反抗期がきた!と喜んでいたとのこと。ああ、反抗期。うん、確かにお前を見てると反抗期とか今まで無くても不思議じゃないもんな。結局留学なんていつでも出来るし、勉強なんて何処でも出来るというように今までの主張を一転させて、両親は小野寺が日本に残ることをあっさり承諾したのだという。

…実のところ、もし小野寺が両親に押し切られて留学したとしたら、何がなんでも自分は彼を追いかけるつもりだった。それくらいの覚悟すら決めていたというのに、何だそれ。

すっかり毒気を抜かれて隣にいる小野寺を流し見れば、その視線に気づいた彼はにっこりとはにかむように微笑んで。そんな笑顔をみていると、まあ、どうでもいいか、と思ってしまうのが不思議であり、最近の悩みでもある。俺、こいつに微笑まれたらなんでも許してしまうんじゃないか、と。それが事実になりつつあるのだけれど、それすら、まあいいか、と考えてしまうのだから仕方ない。


そうして、こうやって二人でいる瞬間に、ふと、木佐先輩の言葉を思い出す。いつまでそうやって逃げてるつもり?ああ、ずっとずっと俺は逃げていたのだ。埋め殺した自分から。

けれど、そうやって苦しむ自分に差し出してくれる掌は確かにそこにあって、それを見守ってくれる存在もそこにあることに、今ようやく気づいた。向けられた暖かな瞳の対象は、何も小野寺だけでなく、俺にもあったのだ。どうしようもないふざけた家族ごっこ。でも、俺もそんな家族の一員だったのだ。そうやって与えてくれた愛情から、今までずっとずっと逃げていた。でも、これからはもうそんなこともない。

逃げなければ良かった。数年前、図書室で小野寺の姿を見つけて。自分の感情が見透かされるのが怖くて、だから逃げた。今はそのことを酷く後悔している。現在のこの関係を否定するわけではないけれど。あの時もっと早く俺の方から歩みよっていたのなら、何かが変わっていただろうか?

だだをこねた子供みたいに、自分を「愛している」と告げてくれる大人達に、本当に自分を愛しているかを確かめるために、嫌い嫌いと言ってみる。もっと早く小野寺の手をとっていたのなら、こんな子供だましみたいな行為で彼を傷つけることもなかったのかな。

彼を傷つけてしまったという罪の意識はまだ存在する。それをどうにかして、ゆっくりと彼に償っていきたい。自分が傷ついたからといって、それを他人を傷つける理由にしていいわけじゃない。今はもうそのことに気づいたから。だからきっと大丈夫。お前もこうやって俺の側にいてくれることだし。

「本当に、いいんでしょうか?」
「いいんじゃねーの」

二人で歩いて向かう先は、我が読書愛好会の部室。既に他の三人達は部屋に呼び出してある。留学を取りやめたこととか、もう一度サークルに入りたい、ということをどうやって説明しようか。小野寺はそんなことで悩んでいるらしい。多分、俺がお前を連れてきた時点で全てばれると思う。留学を取りやめた理由も、何故もう一度ここに来たのかも、お前と俺の間で、何があったのかも。けれどあの三人になら、ばれてもいいやと思えたのだ。

自分の家族はそうではなかったけれど、木佐先輩も羽鳥さんも美濃さんも、皆俺の味方だ。

今はそう信じている。そうやって信じさせてくれたのは、何もかも小野寺のおかげなんだよ。そんなこと、お前はきっと知らないのだろうけど。

そうやって変わったのは小野寺ではなく、多分自分の方だったのだ。だって小野寺は今も昔も俺が大好きで、何一つ変わってなどいないのだから。

新入部員を連れてきた、と口にしながら部室のぼろい扉を開けば、案の定全てを悟ったような笑顔の三人がそこにいた。俺の後ろでびくびくしたように小野寺が隠れて、けれど少し促してやれば、意を決したように顔を出しながら小さく小さく口を開く。

「…あ、あの。お久しぶりです、お、小野寺律と申します」

初めて彼がこの部屋に来た時と似たような言葉を言うものだから、皆で思わずふき出して笑ってしまった。ああ、それでこそ小野寺だよな、と皆で微笑みあって、それからすぐに彼の言葉に答えてやる。


うん。
みんな、もうそんなことは知っているよ。







でも、おかえり。













…ただいま。






※※※※※※※※
こんな時に何なんですが、私はあなたが大好きです


お付き合いありがとうございました!



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