部屋の時計を見やれば、もう間もなく十二時を迎える頃だった。ソファーの上に深く座り込んだ自分。そして膝の上には、同じくソファーに横たわった高野さんの姿。先程の言い合いが嘘のように部屋の中は静まり返り、高野さんの薄く開いた唇からすやすやとした寝息が聞こえるだけ。散々泣いて疲れたのは自分も同じだが、どうも精神をすり減らした分、彼の方がダウンするのが早かった。


黒い髪を優しく撫でて、その頬を時たま指先でくすぐる。


「……寝ていれば可愛いのに」
「俺の目の前で堂々と浮気か?」


ぼそりと独り言のように文句を口にすれば、意外にもそれに返事がかえってくる。高野さんの声だった。でも膝の上に顔を乗せる彼は眠ったままで、ゆっくりと顔を上げると、視界の先にとある人物が静かに佇んでいた。


政宗さんだった。


「……帰りは、政宗さんのエスコート付きなんですね」
「不服か?」
「いいえ。迎えに来てくれて嬉しいです」
「そんな状態で言われてもな」


まあ、傍から見ればこの光景は浮気以外の何者でもないよな、と自分でも思う。でも、その相手は高野さんだ。不貞腐れたように愚痴を言う政宗さんと同じ人間ではないのか。けれど昔から彼はよく己の過去の存在に嫉妬する質だったので、今更それを指摘したりはしない。


「ちょっと待ってろ」


そう言い残して、政宗さんがリビングを去る。何をするんだろう?と訝しげに思っていると、彼は寝室から枕と毛布を持ってくる。少しの間昔の俺の頭を抑えておけ、と言われたのでその通りにすると、出来た空間の部分に素早く枕を入れる。その隙にゆるりと膝枕をした状態から体ごと抜け出した。心配していたほどの足の痺れがないことにほっと一安心だ。


「いつまでも此処に留まれる訳じゃないから、急ぐぞ。お前も手伝え」
「……政宗さん?」


自分の恋人が随分と焦ったような表情を浮かべながら、再び寝室へと戻っていく。何事かと思って後をついていくと、部屋の中に入って大体の状況を理解した。


「成程、やっぱりこういう訳だったんですね」
「…何もかも分かっているような話しぶりだな」
「そりゃあ、いくら鈍感な俺でも気づきますよ。異常な状況においては、流石に現実逃避をしている場合じゃなかったので」
「それなら、これを運んでから、お前の御高説を聞かせて貰おうじゃねえか」


小さな箱を受け取って、それをリビングへと持っていく。寝室の中にはそれこそ沢山の箱があって、各々が可愛らしく、或いは美しくラッピングされている。その一つ一つを丁寧に、ソファーの周りに囲んでいく。時に仕掛けはキッチンにも、玄関にも。


全てを運び終えると、俺と政宗さんは一緒になって、過去の高野さんの顔を覗き込む。


「ずっとずっと考えていたんですよ。何故、俺がこの世界に来たのか」
「へえ…、それで?答えは出たのか?」
「はい。この時代の高野さんは、まだ子供です」
「今のお前よりも年上だけどな」
「精神的な部分で、まだまだ子供なんですよ。本当は心から欲しいものがあるのに、伝えたいのに、回りくどい方法でしかそれが出来ない」
「随分な言われようだな」
「だって、事実ですよ」


くつくつと笑う辺り、どうせ政宗さんも同じことを考えているのだろう。


「今日一日の自分の行動が、これで良かったのかは俺には分かりません。でも、自分にはこれしか浮かばなかったから、過去の高野さんを幸せにする方法がそれ以外に分からなかったから。……でも、こんなことで、高野さんは救われるのでしょうか?」
「さぁな」
「随分他人事ですね。他人、っていうか自分のくせに」
「お前は、過去の俺と時間を過ごせて楽しかったか?」
「…浮気とかじゃないですけれど。…はい、楽しかったです」
「お前が楽しいなら、間違いなく俺も楽しかっただろうよ。それに」
「それに?」
「律がここで昔の俺と一緒に過ごしてくれなかったなら、コレの本当の意味に気づかないだろ?お前がいてくれて、助かった」


政宗さんがぽんぽん、と宥めるように自分の頭を軽く叩いた。それを甘んじて受け止めて、その掌の温かさに、何だか少し泣きたくなった。


「でも、この高野さんは良い子です」
「そうか?」
「はい。とっても良い子。……良い子だから、」




クリスマスに、こんな奇跡が起きるのは当たり前。




「それがお前の答えか?」
「はい。間違ってますか?」
「いや、全くもって同意見だ」


政宗さんが、俺を抱き寄せながら小さく答える。ん、と高野さんが寝言を口にする音が聞こえて、二人で声を潜めて。そして顔を見合わせてくすりと笑ってしまった。


「ま、俺にはついでにもう一つ仮説があるけどな」
「…?…それば何ですか?」
「お前、サンタクロースの存在を信じているか?」
「難しい問題ですね。いたら嬉しいなあとは思いますけれど」
「でもって、過去の俺が子供ってことは、つまり今の俺達は親ってことになるよな?」
「随分ぶっとんだ思考回路ですね…。でもまあ、違うとも言い切れないです」


政宗さんが何を言わんとしているかを直感で察して、それを伝えるように微笑むと彼も一緒になって目を細める。



「「本物のサンタクロースは忙しいから、クリスマスを楽しみに待つ子供の親が。代わりにサンタクロースになって子供にプレゼントをする」」



それが当たり前のことなら、子供の誕生日の為に両親が奮闘するのも当然のことなのだろう。



彼が欲しかった愛が自分達で代わりになれるなら、いくらでも惜しみなく彼に注ごう。



二十九年分の奇跡を、今ここに。



俺達二人の成すべきこと、出来ること。何もかもがこれで御終い。だから子供は祈りなさい。明日の朝、当たり前のように太陽が昇ること。春の陽だまりのような暖かさは、彼の凍った心を緩やかに溶かしていくだろう。今はまだ夢の淵にいたとしても。大丈夫、君はきっと幸せになれるよ。ねえ、だから。


あした ほがらかに めざめなさい


もう ひとりには しないから





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -