その日は、幸福な気持ちのままに目覚めたような気がした。


重く閉じる瞼を何とかこじ開けると、そこがいつも見える寝室の天井ではないことに驚いた。がばっと飛び上がり、自分のいる場所がリビングのソファーの上であることに気づく。傍にある枕と毛布。自身が用意した記憶の無い寝具は、だから己以外の誰かがそれ持ってきてくれたのだとすぐに理解出来た。


部屋に自分以外の気配はない。昨日まで確かに一緒に過ごしたはずの未来の小野寺の姿はそこには無かった。多分、無事に未来に帰ったのだろう。ほっと安堵する一方で、心の中にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚だった。


少々落ち込んだ気分のままに、ソファーからゆっくりと離れようとする。足元に何かがぶつかったのはその時だ。何だろうと思って下を向く。思わず目を見開いて、あっと驚きの声が出そうになった。ソファーの周りにぐるりと囲むように、そこには大小様々な可愛らしい箱がぎっしりと敷き詰められていたのだから。


動揺しながらその中の一つを取り上げて、中の箱を取り出してみる。あったのは、昨日小野寺が購入した、家庭用プラネタリウムだ。一緒にメッセージカードらしきものが箱の中に入っていたので、それを手に取り目を通した。


”お誕生日おめでとう高野さん。二十九歳の高野さんへ。未来のサンタクロースより”


ぽかんと口を開きながら、その文字を何度も何度も確認する。はっと気づいて、次に一番大きな箱の包装紙を思いっきり破いた。パッケージの写真には、何処かで見覚えがあったあの天体望遠鏡が描かれていた。そしてまたもやメッセージカードが。


“メリークリスマス!小学生の時に、本当はこれが欲しかったお前へ。一年後のサンタクロースより”


今度はそれが見覚えのある俺の筆跡だったものだから、驚きを通り越して呆れてしまった。


「…何だよ、これ」


どういう理屈なのかは知らない。ただ、この天体望遠鏡は未来の自分が俺の為に用意してくれたのだと分かった。だって、このメッセージの内容は、誰にも話したことのない自分だけが知っていたことだから。


小野寺に止めろと言った癖に、結局自分自身で大金叩いて買ってるんじゃねーか。ああ、でもそうだよな。未来のお前も俺だから、いくら嘘を貫いたとしても丸分かりなんだよな。本当は、子供の頃凄くこれが欲しかったんだよ。家族皆で天体観測をしたって話を同級生から聞いて、それが酷く羨ましかった。でも、それを両親に話したら、取り付く島もなく拒絶されて。ああ、そうか。こんなものがあったところで、結局俺は一人であることに思い知らされて。あんな惨めな想いをしたくなかったから、小野寺のプレゼントにするという言葉を退けたのに。


そうか。未来の俺にはもう小野寺の存在が隣にあるから。一人であることが、もう怖くなくはないのか。思いついて、そのまま唇が歪んでしまった。


次の箱には重みのある書籍が。タイトルを確認していけば、今日訪れた本屋で小野寺と揉めた例の本だった。ぱらぱらと捲ってみれば、そこからまた似たようなカードが現れる。


“俺には絶対にネタバレをしないでくださいね。その代わり。あーだこーだ悩む俺の可愛い姿を、高野さんに見させてあげます。高野さん専用のサンタクロースより”


自分で自分のことを可愛いとか言ってんじゃねーよ。ふは、と笑いながら突っ込んだ。


その次の箱には、あの雑貨屋で耳にしたオルゴールの曲。穏やかなメロディーに刻むは、慌てん坊のサンタクロース。


…成程、これはお前達の自己紹介か。クリスマス前に俺の元にやってきたのは、本当はサンタクロースだったのだ。


いつの間にか頬が濡れていて、俺はぼろぼろと涙を零しながら次々と箱を開けていった。今まで本当に心から、祝ってもらえたことのない俺の為の、過去に捧げる贈り物達。途中クリスマスと誕生日のプレゼントがごっちゃになってしまって、ああ、一色たにされるということは、こういうことなんだなと初めて知った。今までは分かり得なかった感情が胸の内に産まれて、それが暖かくて。涙が零れた。


ふと、顔を見上げると、キッチンに冷蔵庫に入れていたはずのものが放り出されているのが目に入る。


おもむろに冷蔵庫の扉を開ける。視界に入ったのは、数え切れないケーキの箱。ついでに野菜室には、おそらく未来の自分が作ってたであろうオードブルの数々が。馬鹿じゃねーの。これ、俺一人でどうやって食べれば良いんだよ、と泣きながら悪態をついていると、ケーキ箱の中に一つだけ、付箋のようなものが貼り付けられていた。


“同じ味のケーキを作れるのが、一人だけとは限らない”


慌ててその箱をこじ開けて、付けられていたフォークで一口ケーキに噛み付く。忘れるはずもない。これは、昨日小野寺と一緒に食べたケーキじゃないか。側面を見ると、小さな文字で店の名前と住所が記載されている。もしあの店で働くパティシエの誰かが、別のケーキ店で働いていたのなら?そう考えれば、全ての辻褄が合うはずだ。


これは、未来の俺からのささやかなプレゼント。


流し書きの文字も、やっぱり俺のもので。おそらくは間違いなく、未来の俺も此処にやって来て。彼の世界の小野寺と一緒に、こんなサプライズを仕掛けていったのだ。


いつも一人ぼっちで過ごしていた、過去の誕生日に。クリスマスに。


………俺の為に。


胸の奥から熱いものが込み上げてきて、大切な箱を抱きしめながら泣き崩れる。空気を読まずにインターフォンが鳴り響き、慌てて指先で涙を払いながら玄関に向かった。おおよそ人に見せられない状態なのだから、居留守を使えば良いものを。でも、誰がこの家に訪れようとしているのか。確信めいた予感があった。


玄関口まで歩いていくと、見覚えのある靴がそこにあった。俺が一日だけと彼の為にプレゼントした靴。忘れ形見のようにそれをそっと持ち上げれば、中から何かが転がるような振動が響いた。静かに、息を飲みながら、靴底を確かめる。出てきたのは、白い紙で包まれた何か。


そっとそれを開けば、現れ出たのは銀色の鍵。皺だらけの紙には、俺のよろしくという文字の文頭に“今の高野さんが大好きな小野寺律を”という言葉が付け加えられている。多分これは、隣の部屋に通ずる鍵なのだろう。未来の小野寺にはもう必要ないものだから。それ故に、俺にこの鍵を託したのだ。消えてしまったサンタクロースの靴の中に。


インターフォーンが待ち侘びたように再び鳴り始める。そっと靴を抱きしめてから下に置き、扉を開けた。


今度こそ、本物の小野寺だった。


「…お、お早うございます」
「…はよ。…で?こんな朝っぱらから何か用?」
「いえっ…!用ってほどのものじゃないんですけど、その」


心臓が早鐘を打つ。真っ赤になった小野寺は俯いたままで、だから酷い顔をしている俺の様子には気づかない。


「き、今日、高野さんの誕生日だって偶然知って!いつも一応お世話になっているんで、プレゼントを用意しました!俺、こういうセンスはあんまり無くて、何を高野さんに贈ったらいいのか全然分からなくて。…だから、高野さんが絶対に持っていないようなものをプレゼントすることにしました」
「…へえ」
「ちょっとここで待ってて下さいね!」


そう言い残して、小野寺は一旦俺の家から飛び出す。そしてバタンバタンと隣の部屋から二度ドアが開閉する音が聞こえたかと思えば、もう一度俺の前に小野寺が現れた。


小さな、クリスマスツリーをその腕に抱えて。


予想外の贈り物に思わず笑ってしまうと、小野寺が眉を寄せてやっぱり駄目でしたか?と不安そうな表情で尋ねてくる。ことりと地面に小野寺がツリーを置くのを見届けてから、そんなことはないと首を振って、勢いのままに抱きついた。


「…ちょっ!高野さん!……離し……、高野さん?」
「…………」
「もしかして、泣いているんですか?」
「まさか」


本当は涙を零しているけれど、それを誤魔化すように小野寺の体に回した腕に力を込める。


ねえ、小野寺。少し先の未来を語ろう。俺はお前を抱きしめ続けて、きっと終いにはこの部屋に連れこんでしまうんだ。そして俺の部屋を見てきっと小野寺は驚くだろう。だってそこらかしこに誕生日とクリスマスのプレゼントの箱が用意されているのだから。冷蔵庫の中にはケーキと料理も。そして当のお前がツリーを持ってやって来た。これ以上に素晴らしいクリスマスのシチュエーションは無いだろう?


そして、夏になったらあの天体望遠鏡を使って小野寺と一緒に星を見よう。雨の日にはプラネタリウムで我慢しよう。本物と偽物だけれど、美しければ何でも良い。小野寺が隣にいてくれるなら、それだけで良い。晴れた日に外に出かけた挙句、二人で本を読むのだって悪くない。真実を知る俺は、うんうんと考えこむ小野寺の顔を覗き見て、きっと笑うのだろう。


彼の誕生日のことだって忘れちゃいない。未来の俺が残してくれた情報を頼りに、俺ですらダメージを喰らうお誕生会を共に祝うのだ。きっとその日は、生涯忘れられないくらい素晴らしいものになるだろう。


そして、これから自分は。今日の日の為に毎日毎日プレゼントになりそうなものを探し始めるのだ。たまに気まぐれのようにこの日のことを語って。


俺が受けとめた幸福を、何一手に入らなかった孤独な男に。



だから、小野寺。俺を愛してくれてありがとう。こんな幸せな未来の夢を、俺に与えてくれてありがとう。


「小野寺……、好きだ」
「…おっ、俺は別に好きじゃないですよ!」
「分かってる。でも、俺は好きだから」


この世界に生まれてきて、お前と出会えて本当に良かった。



俺は、世界一幸せ者だ。








全く持って不可解な状況だ。


実は、俺が高野さんの誕生日を知ったのはつい最近のことで、当初は素知らぬふりをしていたはずなのに結局はこうして誕生日プレゼントを用意してしまった。何故自分の意思がこうもあっさり裏返ったのかといえば、全ては昨日の朝にコンビニで高野さんと偶然出会ったことに起因する。あの時の彼の表情は酷く沈んでいて、それが妙に引っかかったのがそもそものきっかけだ。けれどそれは日常の中の些細な違和感。だから少し忘れて、なのに思い返すように気になり出して、止まらなくなって。追い詰められるとストレートに突っ込んでいく自分の性格が災いして、ついには高野さんの家に晩御飯よろしく勢い余って突撃してしまった。


そしてその高野さんと言えば、俺を唐突に抱きしめたまま号泣している。


事態がさっぱり理解出来ないけれど、どうやら逃げられそうもないので、仕方なしに腕を回す。高野さんは自分の中で色々考えているくせに俺には結論しか話してくれないから。いつもそれが原因となって誤解を生じているのに、多分彼自身は全く気づいてはいないのだろう。話してくれればいいのに、と思う。そうしたら俺は高野さんのことをもっと知ることが出来るし、俺も理解したいと願うのに。


でもまあ、秘密主義な高野さんが相手なら、きっとそれは難しいことだろう。それこそ、一生を共に過ごすくらいの覚悟がなければ。


俺の名前を何度も何度も呼びながら、それでも高野さんは泣き止まない。けれどその涙はきっと悲しいものじゃないんだなということは、何となく分かった。まるで、大きな子供みたい。そうやってもう一度抱き直せば、胸からぐっと感情がこみ上げくる。それがどういった類のものかを知ったとき、いよいよ呆れてため息をついた。……うん、もう駄目だ。どうやら自分は、腕の中で泣くじゃくるこの人が愛しくて愛しくて堪らないらしい。



あーあ、薄々分かっていたけれど。多分俺、この人から一生離れられないや。










「政宗さん、それ、何ですか?」
「メッセージプレート。ケーキに載せる例のアレ」
「へえ…。…こういうのは自分で作れるものなんですね」
「お前も書くか?」
「え、良いんですか?……じゃあ、頑張ってみます」
「あんまり気合入れすぎると、はみ出るからな」




「大丈夫、俺と政宗さんだもの。二人なら絶対に上手くいきますよ」




Merry Christmas & Happy Birthday To You!!




ほらね。



もみのきそのみをかざりなさい。ふたりのみらいがあたたかなものでありますように!

タイトルは五味太郎著者の絵本より。お付き合いありがとうございました!




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