あれだけ散々悩んだと聞かされたのに、小野寺の暴走には躊躇い一つなかった。せめてテープがある場所を丁寧に剥がしていけば上手く包装紙を保存できただろうに、それを無視して強引に破ったものだから。断片になったラッピングもどきは、今やだたの残骸と化している。


言葉もなく唖然とその光景を見守り、そうこうしているうちに小野寺が箱の中から大きな物体を取り出す。巨大などんぐりを逆さにしたようなフォルムのその物は、一見何に使用されるのかが全く想像出来ない。彼が更に奥底から説明書らしきものを手に取り、それをぱらぱらと捲りながら流し見る。ま、適当でも使えますよね、とそれを小野寺があっさりと放り出したのはものの数分後だ。


「……乾電池を入れて…よし、スイッチオン。高野さん、部屋の灯りを消してもらって良いですか?」
「……ああ」


小野寺が電源らしきを入れると、そこから点々とした小さな光が溢れる。もしかするとライト付きインテリア用品なのかもしれない。けれど、それにしては光が淡すぎると気にはなったが、大人しく彼の指示通りに灯りを落とした。


暗闇の中、小野寺のいる方向からはチカチカと光が小刻みに点滅している。ほら見ろ、やっぱり弱々しすぎて使えないじゃないかと考えると同時に、小野寺が内緒話をするような声で、高野さん、と俺の名前を呼んだ。


彼のいる場所に見当をつけて歩き、そのまま同じように腰をおろす。


「どう見えるか不安でしたが、意外と綺麗に見えますね」
「……?何のこと?」
「高野さん、気づいていないんですか?天井ですよ、天井」


くすくすと笑う小野寺の声につられて、その方向をゆっくりと見やる。けれどそれを見つけた瞬間、はっと息を呑んだ。灯りの消えた室内には、夜の闇の色がべったりと張りついている。けれどその黒の海に浮かぶは、光瞬く星の数々。思わず声を失って見上げていると、嬉しそうな声音で小野寺が言った。


「本当は天体望遠鏡が良かったんですが。高野さんに断固拒否されたので」
「まだ根に持ってるのかよ…」
「勿論ですよ。でも、この辺では星があまり見えないというのも事実ですので、こうなったら人工的な星をと思いまして。来年こそは新しい天体望遠鏡にします」
「部屋の中で天井の星を観測するのか?シュールだな」
「大切なのは、そこじゃありませんよ」


彼と二人切りで星を眺めるという光景が悪くなく、結局そのまましばらくの間は二人天井を見上げていた。途中コーヒーやお菓子を持ってきて食べたり、お互いに首が疲れてしまって床に寝そべってみたり。そうこうしているうちにあっという間に時間は過ぎ、夜の十一時を迎える。小野寺は、大満足の使い心地だと告げて、小さなプラネタリウムの灯火を消した。


部屋の中だというのに、小野寺がコートを着込む。彼が未来の世界に帰る準備をしているのだと、何となく分かった。


「折角包んでもらったのに、申し訳ないです」
「だったら破くなよ」
「政宗さんならきっと、俺が何を贈ったとしても喜んでくれますよ。例えラッピングがなくても。きっと一つくらい文句は言うでしょうが、でもそれもご愛嬌です」
「………あっそ」
「あ、高野さんまたですね?色々思うことがあるくせに、結論しか言わないとか本当に止めてください。そのおかげで散々遠回りさせられたことが一度や二度じゃないんですから。思ったことを、俺にはどうか伝えてくださいよ。高野さんは、もっと素直になるべきです」
「まさか、お前に言われるとは思ってもみなかった」
「同感です。俺もまさか、自分を棚にあげてこんなことを言えるとは考えもしませんでした」


緩やかに時が過ぎる。けれど、小野寺が消える気配は全くない。のんびりと待ち構えていたはずの彼の表情がにわかに曇る。


「………うーん、困りましたね。何だかこのままだと、全然帰れる気がしません」


顎に手を当てて、彼が考え込む様な仕草を見せる。


「…SF小説に置いては、元の世界に戻るには何が必要でしたっけ?…ああ!分かりました!自分が未来からやって来た時と同じ状況を作り出せば良いんですよ!俺は、此処に来るときに一体何をしていましたか?丁度朝食の準備中で、野菜を切ることに集中していたんです。昼食は外でいただいて、夕食は高野さんにおまかせしたから、だから気づかなかった」


ようやく答えを見つけたというように、小野寺の顔がぱあっと笑顔になった。


「…原点に立ち返れ、ですね。一番肝心なことを忘れていました」
「…もう、帰るんだな」
「はい」


きっぱりと言い切った未来の小野寺が立ち上がり、俺の真正面を向いて穏やかに笑う。


「俺がこのまま消えてしまったら、高野さんに何も言えなくなってしまいます。流石に一年後にお礼をするのは失礼だと思いますので、今ここで」


小野寺がはぁ、と息を吐き深呼吸を繰り返して、吐き出すように告げた。


「高野さん、今日は一日、俺の我が儘に付き合ってくれてありがとうございました。…色々トラブルはありましたが、俺は凄く楽しかったです」


それでは、と小野寺は口にして、ぺこりと俺にお辞儀をする。踵を返してキッチンに向かおうとする彼の腕を強引に掴んだ。そのまま小野寺の体を引き寄せて、感情のままに抱き寄せる。嫌だと思った。腕の中の彼が抵抗するように暴れても、それを無理矢理に抑えこんだ。


だって、彼は小野寺だ。


例え未来の住人だとしても、小野寺は小野寺だ。彼が彼である限り、本能が訴えている。これは俺が誰よりも愛した小野寺自身だと。何処からやって来たなんていうことは関係なしに。


俺は、もう二度と小野寺と離れることが嫌なのだ。十年前の記憶がぶわりと蘇る。思い返すだけで吐き気が止まらなくなるようなあの日々の。あんな地獄、きっともう今の俺には耐えられない。


「帰らなくちゃ駄目なの?」
「…は?…高野さん?いきなり何を言って、」


泣いて縋る子供のように、まるで神様に祈るみたいに。


「お願い、帰らないで」


たった一つの想いを、願った。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -