「というわけで一旦作戦変更です!贈り物は俺一人で決めるので、高野さんはそれまで何処かに行ってきてください!」


俺と一緒に買い物に行くと何かかしら文句を言われると学習した小野寺は、そう俺に言い残したきりショッピングモールの中へと駆け出した。おい。これではわざわざ二人で来た意味が無いじゃないかとつい口にしたくなったが、結局車を出すと決めたのは自分自身なので、仕方なしに開きかけていた唇を閉じた。待ち合わせの場所も時間も連絡手段も確認していないくせに、よくもまあ行き当たりばったりの行動を取れるな、とある意味感心する。追い詰められると直球になる彼の性格は、十年前も一年後もどうやら変わりがないようだ。


師走の休日。ついでにクリスマスの前日ともなれば当然だが、建物の中にはあらゆる人がごった返していた。唐突に口が寂しくなり、喫煙所を探して見つけ、懐から取り出した煙草にライターで火をつける。じり、と焦げた筒の先端から、白い煙がゆるゆると空に伸びていった。傍には、家族サービスに疲れ果てたような父親達が、同じく並んで一服している。その光景を見ていると、何故だか無性におかしくなって、ふは、と息をついて笑ってしまった。理由は分からないけれど、愛する人を待ち侘びる風景に、自分の姿が溶け込んでいるような気がして。己にも仲間が出来たのだと勝手に錯覚したからかもしれない。


未来の小野寺は、一体どうして一年前の俺の元にやって来たのか。


朝を迎えた時からずっと考えていたことだ。当初は謎だったばかりの彼の存在。でも、今ならその答えが少し分かるような気がした。それが正解とは限らなくても、


もう一本、とコートの中へと煙草を求めて手を突っ込むと、そこからポロリと紙切れが落ちた。それを拾い上げて小さな文字に目を通す。しばらくの間ぼんやりと考えて、煙草の変わりに携帯電話を取り出した。それほど急がなくても大丈夫だとは思うけれど、念の為に確認しておくに越したことはないだろう。


耳元にコール音が響く。数回鳴った後、明るく弾むような声が受話器から聞こえた。




「高野さーん!」


名前を呼ばれてはっと気づけば、小野寺がこちらに手を振りながら向かってくる最中だった。もう一方の手には大きな袋を抱えていることを見るに、どうやら買い物は無事に済んだらしい。重大任務をやり遂げたような小野寺の表情は酷く晴れやかだ。


「やっとそれらしいものを見つけました。個人的には大満足です!」
「それはそれは、良かったな」
「はい!」
「つーかお前、良く俺がここにいるって分かったな?」
「え?あー、えーと。だって、政宗さんと此処に買い物に来るとき、いつもこの場所で俺を待っててくれるので…。あ、俺はそのこと高野さんに話していませんでしたね」
「喜べ。あと十分待たせられたら、迷子の放送をしてもらうつもりだった」
「小野寺律くんをお父さんが探しています、ですか?そういうブラックジョークは本気で面白くないので、止めてください」


口では文句を言いつつ、小野寺の顔は笑みを浮かべたままだった。灰皿に咥えていた煙草を押し潰して、これからどうする?と何気なく尋ねてみる。


「ぶらぶらと遊んで夕食を食べてから帰るっていう手もあるし」
「いえ、高野さんの部屋に帰りましょう。流石に外を歩き回って疲れました」
「そっか。だと夕飯は家でかな。何が食べたい?朝作って貰ったから、今度は俺が作るけど」
「うーん、適当でいいですよ?でも冷蔵庫に野菜がたっぷり残ってましたので、鍋にでもしましょうか。途中スーパーに寄って肉なり魚なり入れれば充分料理になりますから」
「分かった。それで決まりな」


小野寺との約束通り、途中スーパーで適当な食材を購入し、それ以外は寄り道もせずに自宅へと戻った。部屋に入り暖房をつけて温まるのを待っていると、小野寺は小野寺で未来の俺へのプレゼントをうっとりと見つめては微笑んでいる。まるで自分がそれを貰ったみたいに嬉しげな表情だ。


適当なサイズに切り終えた野菜や魚を、豪快に土鍋の中へと突っ込んで火にかける。ぐつぐつと煮えたところで鍋ごとテーブルへと置いて、未だうつ伏せになりながら子供のように足をじたばたとさせている小野寺の名前を呼ぶ。勢いよく立ち上がった小野寺が自分のいる場所へとやって来て、うわあ、と感嘆の声を上げた。


「流石高野さんの料理だ…。凄く美味しそう!」
「美味しそう、じゃなくて、実際美味いんだよ」
「自分で自分のことを褒めるのはどうかと思いますが、認めてやらなくもないです」
「そういう言い方するんだったら、お前は食うな」
「絶対嫌です!食べます!俺の為に作ってくれたくせに、そういう意地悪は今の俺には通用しませんよ?」


にまりと笑う小野寺の椀に汁をよそい、朝と同じような光景が再び蘇る。不思議だと思う。未来の小野寺と家で食事をしたのはたった一回で、でもそれなのに何年もずっとそうやってきたような錯覚を覚えるから。おそらく小野寺から感じられる落ち着いた雰囲気や、さも当然のように俺の前に座る行為。小野寺のやること一つ一つの全てに、俺が隣にいることを当然のように考えていることが、彼からひしひしと伝わってくるからだと思う。


交互に箸をつつきながら、酷くとりとめのない話しをする。ラッピング用の包装紙は何色にするべきか小野寺が混雑するレジの前で悩んだとか、誕生日プレゼントなのにおまけで渡されたメッセージカードはクリスマス仕様で困ったとか。そのほとんどは小野寺が語るものだ。さも当然のように彼はやってのける行為だが、未だ今の小野寺と二人きりになると何も話せなくなる自分達だ。


だから、こうやって彼と一緒に話せるということが、俺には酷く嬉しい。


二人で夕食の後片付けを終えると、一緒にソファーへと深く座り込んだ。音が恋しくなったので、BGM代わりにテレビをつける。イルミネーションの眩しい街並みを映す画面が次々と入れ替わり、かと思えば一転してレストランやおもちゃ屋の宣伝と続いていく。


「何もかもやり遂げると、暇ですね」
「疲れているんなら、少し寝たら?」
「んー、止めておきます。いつ帰れるかも分からないのに、おちおち寝ていられませんから」


その割には、あふ、とあくびを何度も彼は繰り返している。眠気覚ましにコーヒーを作ってやると、マグカップを受け取った小野寺は唐突にくすくすと笑い始めた。


「何が可笑しい」
「いえ。…政宗さんもこうして良く俺にコーヒー作ってくれたなあって。やっぱり高野さんは政宗さんなんですね」
「………まあ、同一人物だからな」
「何ですか?今の間は?」


何処が壺に入ったのかは知らないが、そう言ったきり小野寺はけらけらと笑い始めた。可笑しくて堪らないというようにひとしきり笑って、そしてそれがぴたりと止まった途端に突然の暴挙へ出る。


「けれど、こうやって帰る時を普通に待っていてもつまらないですよね。退屈は睡眠を誘発しやすい。それは逆に言えば、何かに夢中になれさえすれば睡魔に打ち勝てるということ」
「……それはまあ、そうだけど」
「ですので、」


ソファーから立ち上がった小野寺は、俺へのプレゼントを引き寄せては抱き締める。


「暇だから、中の物を一度使ってみましょう」


一体どういう理屈でそうなるんだと突っ込むよりも先に、小野寺が折角選んだという包装紙を思いっきり豪快にべりりと引き裂いた。



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