「いつもそうですよね!今までだって俺の意見が、高野さんの反論無しに有り得たことなんて無かったんですから。やることなすこと全部について文句ばっかり言ってきて!ああ、もう本当にムカつく!」


だん、と力任せに小野寺が机を叩くものだから、カップの中のコーヒーが先程からぐらぐらと揺れている。感情を隠そうともせずに俺に喚き立てる彼は、多分店の中のこちらを伺うような視線に気づいちゃいない。ここまでの状況を整理しつつ、やはり何処をどう考えても自分が悪いのだろうな、と潔く反省する。本当は、俺へのプレゼントだとはいえあまりに彼に金銭的負担を強いるのが嫌だという意味を、暗に自分の言葉に含めた筈だった。しかし結局言葉のやり取りを続けているうちに自分の方までヒートアップしてしまって、つい心無い台詞を吐いてしまった。小野寺は、未来のという前置きはつくものの、俺の誕生日を祝いたいだけだったのに。その純粋な気持ちを当の俺が蔑ろにしてしまったのだから、彼が怒るのも当然だった。


タイミング良く前の店を出た頃には既に昼食の時間帯になっていたので、そのまま何処かの飲食店に向かう運びとなった。瞬間湯沸かし器の如く怒り狂っている彼をどうにか車に乗せて、ショッピングモールへと向かう途中で見つけたこの店に飛び込んだ。中はレストランとケーキ屋が一体化した構造で、彩り鮮やかなショーケースの奥には数える程のテーブルと椅子がそれぞれに用意されている。


小野寺がこういった状態なので、録にメニューも見ずに本日お勧めの日替わりランチなるものを頼んだ。彼がようやく落ち着いたのは店員が持ってきたピラフを口にした時で、静かになったことによって店員の伺うような目が逸れてほっと一息つく。


小野寺が食事に夢中になっているので、同じように銀色のスプーンを手に取った。


今の今まで、小野寺が怒りっぽいのは彼自身の性格がそうさせているのだと思い込んでいたが、どうやらそれは改めなくてはならないようだ。未来の小野寺は今の小野寺と比べてみても、冷静に思考出来るといった点がまるで違う。元々の彼は温厚で、未来の小野寺の姿はそれに近いような気がする。全てを理解してくれて、何でも許してくれそうな、一年後の小野寺。だというのに、その彼すらも怒らせるとは、自分の不器用っぷりが情けない。実際奴を前にすると未だに出会った頃のように緊張してうまく話せず、ついからかうようことを口にしてしまう訳だが、当の本人にしてみれば俺の意地悪は地雷そのものだ。


何てことはない。今まで小野寺を怒らせたのは、他の誰でもないこの自分なのだ。


「小野寺」
「……はい?」
「悪かった」


自分の日を認めた上で真摯に謝罪すると、小野寺は仕方ないなというように肩をすくめた。


「いいえ。こちらこそ感情的に突っ走ってすみませんでした。高野さんは俺の買い物に付き合ってくれただけなのに、逆に不快な想いをさせてしまって申し訳ないです」


先程まで怒っていたことが嘘のように、小野寺はしずしずと頭を下げる。それを制止して、いや、どう考えても悪いのは俺だ、と自分が言って、いえ、でも俺も悪かったですし、というやり取りを何度か繰り返す。仕舞いにはその不毛な行為に二人で一緒に気づいて、苦笑いをするのもほぼ同時だった。


「俺は別に高野さんを怒りたいということではありませんから」
「それは分かってる」
「大体、そんなことの為だけに未来からこうして、」


と口にしたところで、小野寺の言葉がピタリと止まった。その直後に店員からランチセットのデザートをお持ちしました、と声をかけられる。小野寺が唐突に押し黙った理由はそれだった。普通の大人が「未来から自分はやって来た」なんて宣言すれば、嫌でも注目を浴びる。しかも、先程から散々チラチラと見られているのだ。小野寺もようやくその事態を悟ったらしく、ありがとうございます、と数分前とは打って変わった紳士的な対応をそつなくこなしている。


そのまま会話が途切れてしまったので、仕方なくこの店の一押し目玉商品であるオーソドックスなショートケーキにフォークを突き入れた。目の前にいる小野寺も菓子を口に含めるまでは俺と同じような状態だったが、直後驚いたように顔を歪めた。


「どうした?」
「いえ、ちょっと。……さっきは怒りの余りに気づきませんでしたが、俺は多分この店に一度来たことがあります」
「そうなのか?それにしては随分曖昧な言い方だな」
「これと言った確証は無いんですけれど。俺の誕生日に、政宗さんと一緒に訪れたはずです。内装は何処のレストランにもあるような光景でしたので、ほとんど覚えていませんが。ただ、このケーキの味だけは確かです。間違いない」
「………」
「高野さん?」
「あのさ、」
「はい。とうとうやらかしましたね、俺は」


俺の反応によって、小野寺は瞬時に自らの失態を悟ったらしい。


「一応分かってるんだ?」
「ええ。とんだループですね。俺の今の発言が無ければ、高野さんはこれから迎える俺の誕生日をこの場所で祝うことにはならなかったはずですから。政宗さんが見つけたにしては珍しく可愛らしい店だなと思ったんですよ。けれど、そもそもの原因はこれだったんですね。……はぁ…」
「でもまあ、俺としてはその方が迷う必要がなくて助かるけどな」
「本当ですか?」


目に見えて小野寺が落ち込むので、ついフォローをする言葉が口から出てしまう。普段から浮き沈みの激しい彼の性格のせいで、そういう癖がいつの間にか身についてしまった。声に出した手前、今更撤回するわけにもいくまい。

「実際小野寺の好みとか、俺は良く分かってないし。例え本人に聞いたとしても、絶対教えてくれないから」
「当時の俺、かなり意地っ張りでしたもんねえ」
「そうやって自覚があればまだ良いんだろうけど。話しかけても無視されることなんてざらにあるしな」
「それなら高野さん。朗報です。俺が良いことを教えてあげます」
「………何?」
「年齢分の真っ赤な薔薇の花束と、大きなクマのぬいぐるみ」
「は?」
「ついでにこれまた年の数だけローソクをケーキに突き刺して、店内の灯りを消灯し、店員及び居合わせた客と一緒にハッピーバースディトゥーユー」
「それは願望か?」
「いえ、経験です」


きっぱりと宣言する小野寺の顔を見て、思い切り脱力した。彼の台詞が何を暗示しているのか、気づかない程俺は鈍感でもない。


「…マジかよ」
「ええ、大マジです。あまりにも恥ずかしくて、自分の誕生をお祝いする日なのに、死にたくなりました」
「…あー、くそ。俺、あいつの誕生日にそんなことやらないといけない訳?」
「やるかやらないかは高野さんのご自由ですけど」


ぱくりとケーキを口に投げ入れた小野寺が言った。


「まあ、それでも。確かに恥ずかしかったけれど、俺は嬉しかったですよ。凄く」


その時のことを思い出すかのように、小野寺は頬を緩めて笑う。その柔らかで穏やかな表情を眺めて、多分俺はこの小野寺から教えられた通りのことをするんだろうなあ、と胸の奥底で思った。こんな幸せそうな笑顔を見せられたら、そんなことはやりたくないと嘆く自分の方がおかしいと感じてしまう。


「そこまで暴露していいのか?」
「一つバレてしまえば、繋がる十をバラしても一緒でしょう?ああ、でも。多分俺は浮かれているだけなんでしょうね」
「浮かれてる?」
「誰にも話せない関係ですから。当事者ではない第三者に自分達のことを語るなんて初めてです。その相手は高野さんで、全くの部外者ではありませんが。…けれど、こうやって自分が幸せだよ、って伝えられることが嬉しいんです。聞いている傍からしてみれば単なる惚気にしか思えませんけどね」


ふう、と小野寺が一息つき、よし、と口にしながら小さな体に気合を込める。


「今度こそプレゼントを決めてやります!あの人に絶対負けないくらいの」


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