車を走らせ辿り着いた場所は、郊外にある大きめの書店だ。当初はいつも通い慣れている本屋へ向かおうとしたが、それを小野寺にやんわりと止められた。本屋と図書館と言えば自分の第二の家みたいなものなので、本来のあるべき自分と対面する可能性が高い故に出来るだけ避けたいとの提案だ。彼の意見はごもっともで、予見出来るトラブルは未然に防ぐことが一番だ。


いつもとは違う自動扉をくぐって書店の中へと足を踏み入れる。ただ広い土地の面積を使っている分、良く訪れる店と違って圧迫感が少ない店だった。ずらりと並ぶ本棚は一緒だが、高さが無い分空間が伸び伸びと感じられるのだろう。何だかんだ言いつつ結局は本が好きな二人なので、書籍に囲まれた世界にいるというだけで妙に心が浮き立つ。


「とりあえず、見て周りましょうか」
「ああ」


本当なら彼と離れるべきでは無いのだろうけれど、本というものは目的が無ければ二人ではなく一人で探すものだ。大きい本屋と言ってもそれが土地ではない限り、そこには明確な領域がある。いくら彼が自分とは反対方向に行けども、探せばすぐに見つかる空間内。今の状態では、小野寺が外に逃げ出す心配もないし、という現状に甘えて、適当に本棚の間を何度か迂回する。


一通り眺め見て満足していると、いつの間にか背後に立っていた小野寺が俺に尋ねた。


「さあ!高野さん、欲しい本があったら俺に渡してください!プレゼントしますので!」
「は?」
「は?じゃないですよ。そもそもその為に本屋に来たんでしょうが!気に入った本の一つや二つくらいあったでしょう?」
「…いや、ないこともないけど。…プレゼントって言われても、俺のことだからそういった本は自分で買ってると思うけど」
「……え?……あ、はい。そう言われればそうですね…」
「仮にお前に本を購入してもらったとして、俺、それを読むまで一年待たなきゃならないの?読書家には随分残酷な仕打ちだな」

ずばりの指摘をすると、小野寺がしまったというような表情を作る。


「じ、じゃあ、今月の新刊をもう一冊保存用に買うとか…!」
「俺がチェックしたものなんて、お前も購入してるだろ。同じ本が三冊って、使い道あんの?」
「……う。なら!あの本の続編は俺が買いますから!それくらいの期間は我慢出来ますよね?」
「…へえ。あの本に続編があるのか。それは知らなかった。だからあのラストだったんだな」


一度ならず二度までも。小野寺はようやく自分の失態に気づいたらしく、苦渋の面持ちを浮かべて唇を噛み締めている。続編の存在を知るのは一年後の小野寺ばかりで、それを暴露したというのはミステリー小説で犯人を最初に教えるという行為に等しいものだ。やっぱり、本のプレゼントは諦めます、と渋々ながら呟く小野寺に、ぷっと吹き出して笑ってしまった。


一年後の彼は随分大人びたように見えるけれど、やっぱり小野寺は小野寺だった。


自分が笑ったことが気に食わないのか、先程から小野寺は不貞腐れたような表情を見せている。彼ご所望の雑貨屋に入店したところで、ようやく機嫌を直してくれた。今度はどうするんだ?という人の疑問も聞かずに、奴は奥へ奥へと飛び込んで行く。雑貨屋と言われて小中学生の女子が好みそうなファンシーな店を想像していたが、いざ目にしてみればどちらかといえば大人向きの内装だった。飾られているのはシンプルな部屋に似合いそうな家具であったり、またはアクセントになりそうな小物がちらほら。有線放送の代わりにはかすかなオルゴールの曲が流れて、慌てん坊のサンタクロースのリズムを刻んでいる。


見る限り、まともに使えそうな実用品だ。普段こういった店には中々訪れないから、結構興味深い。そういえば自宅のコーヒーメーカーが壊れかけているので、そろそろ買い替えなくてはならないことを思い出す。ここに良いものがあったらついでに購入しようかと、きょろきょろと辺りを見回しながら通路を進む。すると、とあるコーナーの一角で、小野寺がさも楽しそうに何かを手を動かしている姿が見えた。


「小野寺?」
「あ、高野さん。これ見てください」


そう言いながら小野寺が指で示した先には、天体望遠鏡が三本の足をしっかりと伸ばして立っていた。


「天体望遠鏡なんて、凄く懐かしいです」「使ったことがあるのか?」
「はい。父が昔俺にプレゼントしてくれたんです。子供用で性能はそれほど良くはありませんでしたが、よく自宅で家族と一緒に夜空を眺めていました」
「へえ」
「でも、東京の空なんてたかが知れていて、周囲が明るい分あまり星は見つかりませんでしたけど。それも良い思い出です。幼い頃って、何故か天体望遠鏡に憧れる時ってありましたよね?」
「……いや、俺はあんまり」
「………え?」
「それほど天体には興味が無い少年だったからな。ああ、でも昔四国にいた頃には、良く星を眺めてたかも。この辺に比べれば何も無かったけれど、その分星だけは綺麗に見えた」
「ふーん。そうなんですか」


小野寺はそう告げたきり、天体望遠鏡の周りを一回転し少し触れたかと思えば、よし、と力強く頷いた。


「これにします」
「ん?」
「政宗さんの誕生日のプレゼント、天体望遠鏡で決定です!値段は少し張りますが、これくらいは許容範囲ですから」


小野寺が手にしている値札をひったくるように見れば、そこには六桁の数字が。おいおい、どう考えてもゼロが一個多い上に、もろもろの付属品をつければ滅法な値段になる。驚愕する俺を他所に、彼は酷く嬉しげに微笑んでいる。喜んでいるところに水を刺すのは忍びないが、直接的な被害を受けるのはつまり自分であって、だから俺には口を出す正当な権利があるはずだ。


「やめとけ」
「…どうしてですか?」
「お前が言ったんだろ?東京の夜空なんてたかが知れてるって」
「でも、」
「大体店では小さく見えても、部屋に持っていくとこういうのはスペースを取るものなんだよ。星を見る以外には使えないし、常に手入れをしないとすぐに埃を被る」
「それでも、俺はこれにしたいんです!」
「あのさ、小野寺。受け取る本人が欲しくないって言ってるにも関わらず、それを押し付けようとするのって、ただの自己満足じゃねーの?いくらお前が嬉しくても、俺はちっとも喜べない」


折角優しく諭してやろうと思ったのに、最後の言葉を言い終えた途端、小野寺の声が消えた。見れば先程の比ではないくらいに、むっつりと唇を真一文字に結んで俺をジロリと睨んでいる。ぷくり、と頬を膨らませたかと思えば、盛大なため息をついて「もう良いです」と吐き捨てるように彼は言う。


「高野さんはずるいですよね。自分がプレゼントを渡すときには俺の意見なんて全く聞かずに渡してくるくせに、貰う側になればあれこれ注文をつけてくるんですから!」


彼の捨て台詞を聞いて分かった。


まずい。どうやら俺、完全に小野寺を怒らせてしまったみたいだ。



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