これからどうやって過ごそうか思案していると、未来の小野寺は迷いもなくコートを身に纏った。最初は寒いのか?と思ったのだが、暖房が効きすぎたこの部屋の中はむしろ暑すぎるくらいだ。そもそも、寒いというだけなら器具の設定温度を上げればいいだけの話。防寒具を着込む理由は、故に唯一つしかあるまい。


「何のつもりだ?」
「此処にこうしてじっとしているのも癪ですから、出かけてこようかと」
「迷子になった時の鉄則は、その場所から動かないことだけど」
「時空を越えた迷子ということですか。上手いことを言いますね」


一応は制止しているのにも関わらず、小野寺はその真意を知った上で強行するつもりらしい。見知らぬ土地に放り出されたという訳でもありませんし、一年程度ならさほど街並みに変化があるとは思えませんから、と呟きながら、俺の台詞などまるで無視して彼は玄関に向かってしまった。一年経過して大分雰囲気が変わったとはいえ、自分の想像の域を軽く飛び越える性格は相変わらずだな、と思ってしまう。一年経とうが十年経とうが、俺の中の小野寺は小野寺のままだ。


仕方なしに彼の後を追うように歩けば、大きな扉の前で少し考え込むような素振りで、小野寺が立ちすくんでいた。


「失敗しました」
「…何が?」
「コートと財布はありましたが、肝心の靴が無いです」


そう指摘されて、自分がこの部屋に帰ってきた時の状況を思い返す。…確かにこの場所には見慣れた俺の靴しか無かったはずだ。それなら尚更外出しない選択が正しいと口にしようとすれば、隣にいる小野寺が参ったな、と途方に暮れたような表情を浮かべる。…はぁ、と一つため息をついて、仕方なしに覚悟を決めた。結局、俺にとっての小野寺は、今も昔も弱点そのものだ。


「この場合は、直接的に触っていないから許されるよな?」
「…高野さん?」
「とりあえず、少しの間は俺の靴で我慢しとけ。…車出すから、とりあえず最初は靴屋に行こう」


俺の台詞に一瞬きょとんとした小野寺は、けれど直ぐに笑みを浮かべて。はい、と素直に返事をした。


行きつけの店に車を走らせ、駐車場に小野寺を置いて自分が彼の靴を購入した。一回りも大きい靴を履いた大人が、店に行くのは不自然だろうという自分の考えによるものだ。渋る小野寺を言い聞かせて、靴屋に入ってさて靴を選ぼうという時点で気がついた。……小野寺の靴のサイズっていくつだ?携帯電話で確認しようと取り出したものの、靴すら無い彼がそんなものを持っているはずがない。そもそも、電話をしたら多分現在にいる小野寺に繋がる訳であって、居留守上等の奴がすんなり電話に出るとも思えない。結局散々悩んだ挙句に、男性用Mサイズの靴を用意した。一度履いて貰ってもし大きすぎたり小さすぎたりする場合は品物を交換してもらえばいい。しかしそんな心配もよそに、小野寺が履いた靴は彼の足にぴったりだった。


「気に入った?」
「高野さんのセンスは悪くはないです。いくら掛かりましたか?今、大きいのしかなくて、それを崩してからお支払いしますから」
「別に良い」
「そういう訳にはいきません」
「じゃー朝食作ってくれた礼として受け取ってくれ」
「そんなのお礼をするようなものではありませんよ」
「小野寺の手料理を食えるとか、俺にしてみれば奇跡みたいなものだからな」
「………まあ、一年前の俺では作れるものじゃないですからね」
「その靴くらいの価値があるってことだよ。良いから黙って受け取れよ。ここで押し問答してても仕方ないことだろ?今、ここで俺がお前から金貰ったら、一年後の自分に殴られる自信はあるから。俺が怪我をしてもいいのなら、好きにしろ」
「……分かりました。そこまで言われたら頂くしかないようですね。高野さん、ありがとうございます」
「どういたしまして」


全く靴一つを渡すのに何処まで時間がかかるのやら。けど、今の小野寺と比べればまだましな方か。ハンドルを回しながら、取り留めのないことを考える。


「で?何処か行きたいところでもあんの?」
「とりあえず本屋ですね。その後に雑貨店と、あとショッピングモールにも行きたいです」
「適当に暇つぶしをしたい…ということでも無いらしいな」
「…高野さん。先程から気になっていたんですが、もしかすると全く分かっていないんですか?」
「何を?」
「俺が今日中に帰りたいといった理由とか、それで尚且つ出かけたいと言い出したことです」
「………」
「本気で阿呆ですか?明日は、十二月二十四日は、誰かさんの誕生日でしょ?」
「あ」


そういえばそうだったという言葉をうっかり漏らすと、隣の座る小野寺が心底呆れたというような顔を作った。彼から見れば信じられないことかも知れないけれど、大体自分は誕生日を祝われるような年齢でもない。けれど、この小野寺にとってはそうではないらしい。彼の表情が不機嫌にくしゃりと歪んだ。


「実際去年の俺は高野さんの誕生日なんて知りもしませんでしたから、無理もないですよね。責めるような真似をしてすみません」
「いや、それは別に気にしてないけど。…俺の誕生日と今出かけているということが上手く繋がらないから、その理由は聞いてもいいのか?」
「構いません。…その、誕生日のプレゼントを、数ヶ月前からずっと悩んでいて。政宗さん本人にそれとなく欲しいものを尋ねてみたりもしたのですが、あの人の性格ですから明確なものは何一つ答えてくれなくて。だから実は、今の今までプレゼントを用意してなかったんです。本来ならば今日俺一人で買いに行く予定でしたが、まさか過去に飛ばされるとは」
「ということはつまり、一年後の俺の為にプレゼントをこれから買いに行きたいと」
「丁度一年前の本人がいる訳ですし、一緒に選んでもらうには絶好のチャンスですから」
「お前、俺が出かけないつもりだったらどうする気だったの?」
「高野さんが、俺一人を易々と外に出す訳無いじゃないですか。そんな薄情な人だったら、俺は好きになんかなっていませんよ」


しれっと答える小野寺の表情が随分優しげなものだ。車を出した以上、乗りかかった船から逃げ出すつもりはない。そこまで計算尽くしかよ、と思いつつアクセルに力を込める。


それにしても、未来の俺はこうまで小野寺に愛されているのか。


突き詰めても仕方のないことだけれど、少し羨ましいと思った。






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