誕生日のプレゼントと言っても、その要望には出尽くした感覚がある。毎年この時期が来る度に雪名に「欲しいものは?」と聞かれているが、去年までは何とか炙り出していた物もそろそろネタ切れだ。子供とは違って、大人に対しての贈り物というのは中々に難しい。本当に欲しいものは自分の給料では到底購入出来ないくらい高価な物であったり、或いは望むものが金銭では買えないといういずれかが多いから。私利欲はこの際横に置いて、一番の望みは何かと問われれば自分が担当した漫画が売れることだと即答出来る。無理難題を勿論承知の上で。この世界は、自分が本当に欲しいものには手が届かないように出来ているのかもしれない。


というアンニュイな妄言はさておき、大学生の雪名に負担にならない贈り物とは何だろう。彼一押しの少女漫画という手は昨年使ったし、雪名が描いた絵は今や溢れんばかりに自宅にある訳で、今更これと言って欲しいものは思いつかない。強いていうなら、部屋の切れかけた蛍光灯の替えだが、流石にプレゼントにこれはまずいだろう。いくらなんでも味気無さ過ぎる。


「ねー、律っちゃんさー」
「はい。何ですか?木佐さん」
「それほどお金もかからない程度でさ、誕生日のプレゼントって何選べば良いと思う?」


休憩中悩みの末に首を傾けた拍子に、新人くんの姿が視界の端に映ったので、それとなく尋ねてみた。


自分がプレゼントを貰うとしたら何が嬉しい?という質問の仕方は勿論しない。この年になると贈り物をするのは兎も角、される側になるということは自分に親しい相手がいると証明するようなものだから。けれど何処までも純粋で素直な律っちゃんは、突然の自分の言葉に何の疑いを抱くこともなく真剣な面持ちで答え始める。


「…相手の年齢にもよりますよね」
「それもそうだね。俺と同い年だよ」
「予算はどれくらいですか?」
「んー、多くて一万円程度」
「となると結構選択肢に結構幅がありますね。それで同じ年齢なら、木佐さん自身が欲しい物の中からピックアップした方が早いと思いますけど」


それが出来ないからわざわざこうして聞いているのに。律っちゃんは時たま、鈍感なのか鋭いのか本気で分からない。うーん、でも俺自身そんなに物欲が無いからな、と答えれば、ああ、そうなんですかと言って彼はあっさり自分の意見を撤回してしまった。


「逆に、律っちゃんは俺くらいの年上の人と誕生日を一緒に過ごしたことはないの?」


何気なく疑問を投げると、一瞬律っちゃんの行動がぴたりと制止した。え、何だろう。俺、何かまずいことでも口走ってしまったのだろうか?と僅かに焦り始めると、彼は特に取り乱すこともなく苦笑いを一つ浮かべて。


「非常に不服ですが、ありますよ」


きっぱりと断言する律っちゃんの笑顔がむしろ怖い。もしかしなくても、どうやら俺は彼の地雷なるものを思いっきり踏んでしまったらしい。しかし彼はそんな自分を咎めることもなく、眉をよせたまま自らの体験談を淡々と語り始めた。


「物というよりは思い出なんでしょうね。相手の人は自分を夜景の綺麗な場所へと連れて行ってくれましたよ。丁度冬の季節で、雪も降っていて凄く寒かったですけれど。その人曰く、俺と一緒にその光景を見たかったと。まあ、後日消耗品っぽいものをプレゼントしましたが、多分メインはこちらの方でしょうね」


話しを聞く限りは素晴らしい出来事にしか思えないのだが、当の本人は苦虫を噛み潰したような渋い表情を浮かべている。うん、そんなに嫌だったのかな?この手の話。


「だから何処かに連れて行くっていうのも一つの手なんじゃないですか?ただ景色を見るというだけなら交通費だけでも済みますし、写真の一枚でも撮れば思い出として形に残すことだって出来ますから」


よせば良いのに、その後律っちゃんと相手はどうしたの?なんて迂闊にも俺は尋ねてしまったものだから。気持ち良いくらいの作り笑顔で「え?何のことですか?」と彼に逆に問い返され、「ごめん、今の忘れて」とぎこちない表情で告げるのがやっとだった。


何はともあれ、何処かに出かけることがプレゼントとは割と良いアイデアだ。誕生日に雪名と一緒に出かけるということは今までにも多々あったが、それはいずれもプレゼントを買いに行くという名目だった。目的の場所はと言えば大体がショッピングモールや雑貨店などで、純粋に景色を楽しんだという記憶はない。来週の俺の誕生日は、タイミング良く休日にあたるので時間的にも余裕がある。少々の遠出くらいはさほど問題ないだろう。


人出は多過ぎず、少な過ぎず。人酔いをしない程度の混雑で、出来ればお互いの声が聞こえる状態だと尚宜しい。インターネットで検索をし、或いは人伝てに聞いてある程度の場所はピックアップ出来た。後は自分好みの基準で一つ二つ候補地を選べば良い。しかし決めたらそこで終わり、という訳でもない。他人の体験談と自分で見聞きしたものには天と地ほどの差があるものだ。雪名にがっかりさせない為にも、一応事前にその地を訪れることにした。普通は祝う方がこういうことをやるべきなのだとは思うのだが、年上の性というか、どうしても雪名を喜ばせる方向に走ってしまうのは、雪名の仮の兄としての経験上仕方のないことかもしれない。


結局出かけるのなんて、雪名好みの風景や店が並ぶ場所に決まっている。自分よりも雪名が楽しめるかどうかの方が、俺にとっては大切だから。


仕事帰りの夜、その日は雪名が迎えに来るという連絡も無かったので、候補地の一つに足を向けてみようと考えた。いつもはホームで通りすぎる電車に駆け乗り、ゆらゆらと揺れながら自分の生活圏から次第に離れていく。行き先をメモした紙と睨めっこを続け、紙面に流れる文字の看板を見つけて電車から飛び降りる。外気は冷たいが、見知らぬ街にやって来たという僅かな興奮がそれを打ち消した。


白い外灯が光る中、夜道を一人すたすたと歩く。この時間帯なので店は大分閉まっているものの、日中に来るとすれば気にしなくても良いものだ。通り過ぎた画材店。直感だが、ここは良いお店のような気がする。歩道の脇には随分と変なモニュメントも置かれているが、いかにも雪名が気に入りそうな代物だった。少し外れた裏道には、外国風の建物がずらりと連なり、窓からオレンジ色の光が線を作って美しかった。景観は文句無しだが、夜ではないと見ることが出来ないのが多少残念だ。うん、でも悪くはない。


後は適当にご飯を食べられる場所があればと考えながら駅前に戻る。とりあえず飲食店はそれなりにあるようなので、当日雪名に選んでもらおう。流石に何から何まで決めてしまうと、誕生日プレゼントという意味が無くなる。でもまあこれじゃあどっちが喜ぶのか分かりやしないよなーと声を漏らしながら、けれど頬が緩んでいるのが自分でも分かった。


雪名に少しでも楽しんでもらえたら、それだけで充分な贈り物だ。


まあ、三十路になるおっさんがその台詞を口にすると途端嘘くさくなるだろうけど。


さて、雪名にはどうやって誤魔化そうか。会社の人が教えてくれて、というのはいかにも此処に行きたそうな自分のイメージが強くて嫌だ。だとするなら昔に一度この場所にきたことがあって、再び訪れてみたい、という言い訳の方が無難なような気がする。これで大体決定かな?と考えて、家に帰ろうとしたその瞬間のことだった。


遠くに、道を歩く雪名の姿が目に入った。


刹那、見つかったらまずいと判断して、さっと物陰に隠れた。え?つか、何で雪名がこんな場所にいるんだよ?と頭を混乱させながら考え、冷や汗がつう、と背筋を伝う。まるで悪戯が見つかった子供の様な気分だ。落ち着け、俺。別に雪名が何処にいようと不思議なことは何一つ無いじゃないか。あいつだって一応は大人なのだから、どんな場所に現れようが彼の勝手だ。たまたまだ。きっと偶然が重なっただけだと自分自身に聞かせ、なんとか心を落ち着ける。


もう一度雪名の姿を確認する。うん、人間違いでも何でもなく、雪名だ。でも、こんな時間帯に一体何の用だろう?


意識を雪名だけに向けていたから、気づかなかった。彼の隣で穏やかに笑っている女の子がいたこと。別にその事実が不思議だったと訳じゃない。仕事柄俺だって女性をエスコートすることは有り得るし、雪名だってそれくらいの機会はあるだろう。女の子の格好はいかにもお洒落で、彼と同じ大学の生徒であることは簡単に想像出来た。そこまでは良い。


問題は、雪名の掌が彼女のそれを包んでいたこと。指先をお互いに絡め合いながら、彼ら二人は夜の街の中へと消えていく。


人間は驚きすぎると物を落とすという描写をよく見かけるが、あれは嘘だ。実際衝撃的な場面に出くわすと、全身の筋肉が硬直したように動かなくなる。手の中の紙切れは握りしめた圧力でくしゃくしゃになっていて、ぱかりと開いた口からはひゅーひゅーとした息が途切れる。うまく呼吸できずに胸が苦しい。頭の中には疑問符がぐるぐると駆け巡り、結局はどうして自分は此処にいたのかという理由さえ忘れてしまって、呆然と立ち尽くすしかなかった。


あれ?雪名。………お前ってさ。


くらくらとした目眩の中で問いかけた。


俺のこと、好きじゃなかったの?






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