雨の音だけが部屋中にこだましていた。織田は弟に抱きとめられながら、声も出せないような状態ではらはらと涙を零している。小さく蹲る二人の元へと小野寺が向かい、弟も織田も彼の姿を確認して呆然としていたようだった。


二人が身構えた一瞬の後、小野寺がぺたりと床に座り込んだ。おそらく小野寺が織田を迎えに来たということは瞬間的に分かったのだろう。弟達の表情が次第に固まっていく。


けれど小野寺はいつものように声を荒げて織田を引き離そうとはしなかった。ただ、優しげな微笑みを浮かべて彼らを見やり、囁くように声をかける。


「ねえ、律。昔のことを覚えてる?前にも、こうやって俺が律に話しかけたこと、あったよね?」
「………」
「あの時は本当にごめんね?嫌がる律を無理やり部屋から引きずりだして、本当は凄く後悔してた。だから、ごめん」


小野寺が謝罪しているのは、おそらく織田の父が亡くなった時のことだろう。自分を連れ戻しにきたはずの小野寺が、唐突に昔のことを掘り返し謝り始めたのだ。二人が驚くのも無理はない。俺だって、こんなに穏やかな小野寺の姿を見るのは初めてだったから。


「きっと逃げていても仕方ないことだよ。どんなに力ある人でも過去には戻れない。律はもうそのことを、ちゃんと知っているよね?今、本当は何をするべきかも。それが正しい道かどうかは分からない。けれど、歩き出さなければ前には進めない」
「………でも、俺は」
「あの時の律はまだ子供だったから、俺の力に頼るしかなかった。でも、いつまでも昔と同じではないから。律は、もう子供じゃない。俺の手なんて借りなくても、律は立ち上がって歩き出せる。その強さが律の中にあること、俺は信じているから」
「…律っちゃん」
「大丈夫。どんな時でも、この先何があろうと、俺は律の味方だよ」


屈託のない笑顔で小野寺が言い切った途端、よろよろと立ち上がった織田が彼の胸の中へ飛び込んでわんわんと泣き始めた。よしよし、頑張ったねと小野寺が織田の髪を優しく梳く姿を、自分達兄弟は静かに見守っている。


しばらくその状態が続いて、漸く小野寺が泣き止み始めた頃。やっと膠着状態から抜け出せたというように小野寺は大きく深呼吸した。


「さてと。じゃあ嵯峨くんはとりあえず律が着ていた服を集めてくれるかな?それと高野さんは外出用の服を着てください。律は、まず顔を洗って自分の顔を確認しなさい。俺は、その間もう一度タクシーを呼びます」


今まで泣いていたということが嘘のように、織田は笑いながら小野寺のそんな言葉にはい、と小気味の良い返事をする。洗面所に行く織田の姿を見送った後、小野寺は俺の方を見て「何ぐずぐずしてんですか!高野さんが一番時間かかるんだからさっさとしてください!」といつもの調子で文句を言い始めた。はいはい、分かりましたと生返事をし、着替えを取りに行く。そんな自分の後を追うように、弟がやってきた。


「兄さんが小野寺さんを部屋に通したってことで間違いないよね?」
「ああ、まあな」
「ふーん。そっか。じゃあ、俺も小野寺さんの言う通りにすれば良いのか」
「…お前がそんなふうに言ってくれるとは思わなかった」
「どうして?」
「だって、今の今まで一応あいつと敵対してきた訳だろ?最悪、幻滅したとか言われるのを覚悟していたから」


と告白すると、弟はあからさまに大きな溜息をついた。


「あのさ、兄さん。兄さんが律に小野寺さんを会わせたのは、小野寺さんのことをそれだけ信じたからだよね?」
「…まあ、そうなるかな」
「俺、昔ちゃんと兄さんに言ったはずだよ?兄さんが信じた人なら、今までのことなんて全部関係なしに、俺は信じる。兄さんを、信じるよ。だって、」


家族だから。



それぞれに与えられた課題を難なくクリアすると、下にタクシーを待たせてあるから順に乗っていてと小野寺が指示をした。流石に行く先も知らないのは、と言い淀むと、高野さん、あんたこの期に及んで俺が遊びに行くとか言うと思ってるんですか!と小野寺が憤慨する。安心しろ、お前はまずそんなことを言わないって知っているから、という言葉は勿論飲み込んだ。


「逃げることが出来ないなら、戦うしかないでしょう。みんなは気負わなくても良いですから、肩の力を抜いてそのままでいてください。……叔母さんの家に向かいます」


叔母さんというのはつまりは織田の母親のことで、作戦を考える暇も無く丸腰で宿敵の本拠地に突撃するということが判明し、三人一緒に目を白黒させて絶句してしまった。





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