第一印象は勿論これ以上ないくらいに最悪だ。自分に向けられた開口一番の台詞が「役立たず」だったことに付け加えてあの態度だ。自分の思考や行動が間違っているとは疑いもせずに、真っ直ぐに突き進んでいくタイプ。物事に対する姿勢は良く言えば一途であり、悪く言えば頑固で。個人的には苦手な種類の人間かもしれない。その手の性格の持ち主は、自らの思慮が浅いことにも気づかずに、それを他人にも否応なしに求めるものだから。


言えるならば指摘してやりたい。お前の考えに弟達を巻き込むなと。


けれど如何せん織田の要望では、出来れば奴にも自分達の関係を認めてもらいたいらしい。大好きな恋人の意見は弟のそれでもある。弟からしてみれば小野寺という存在は邪魔者にしかならないが、織田にとっては実の兄弟のようなものだ。俺が兄さんに反対されたらどう思う?と弟に切り返され、早々に降参した。既に乗りかかった船だ。今更降りる訳にもいかない。


「なまじあいつは本気でお前を敵だと思っているからな。適当に言いくるめて、というのはまず無理だろう。洗脳されるとでも考えていそうだし」
「理論的に責めるというのは俺もやってみたけど、駄目だった。そもそも聞く耳を持たない人には、語りかけても最初から無駄なんだよね」
「言葉で通じないなら、体でということになるだろうな」
「…あ、あの…その、暴力はいけないと思います!」


最後の言葉にぴくりと反応した織田が、おどおどとしながらも強く主張をする。台詞からするにそう捉えられても仕方ないことだが、そういう意味ではないこと自分達兄弟は知っているから、そんな彼の可愛らしい態度にくすりと笑みを零してしまった。


「ああ、悪い悪い。手をあげるとかそう言う意味じゃないんだ。体というよりは行動で示すってこと」
「あ、そうなんですか。すみません、…俺、早とちりしてしまって」
「兄さんの言い方が悪かっただけだから。律は気にすることはないよ。で?兄さん。そこまで言うなら、それなりの案があるってことだよね?」
「長期戦になることだけは覚悟しておけ。真綿でじりじりと首を絞めてやる」
「…兄さん、言葉には気をつけて。律の顔がまたおかしくなってるから」
「…すまん」


ちょいちょいと二人を指先で呼んで、耳元でその作戦を聞かせてやった。話が終わった途端、彼らは驚いたように目を丸くしていて。


「暴論だね」
「相手が本気なら、こっちだって全力で対抗しないと説得なんて無理だろ」
「…高野先輩は、それで良いんですか?色々と大丈夫でしょうか」
「俺の方は特に問題ないさ。日頃真面目に大学に行っていたし、プラスアルファになりはしても、マイナスにはならないから」
「…兄さんがそう言うのなら、お言葉に甘えるよ」
「その、宜しくお願いします!」
「はいはい。期待に添えるように頑張ります」


何気なく弟がそうしたように織田の頭をくしゃくしゃと撫でてみたら、織田は織田で真っ赤になり、弟はあからさまにふてくされた表情を浮かべた。全く見ているだけで可愛らしい二人だ。傍にいるだけでこちらまで幸せな気持ちになってくる。だから、守らなくてはという感情が湧き上がってくるのだ。


弟が涙を零す姿なんて、もう二度と見たくはないから。



大学内の一教室に、俺と弟、その間に織田を挟んで仲良く席についていた。講義開始五分前の予鈴が鳴り、遠くに勇ましくこちらに向かってくる小野寺の姿を見つける。小野寺は俺が織田の隣に座っているところを発見したらしく、訝しげに顔を歪めた。


「高野さん、でしたっけ?律から色々聞きましたけど、他大学の生徒がこんな場所に居ても良いんですか?」


予想はしていたけれど、やはり最初から喧嘩ごしだ。しかしながらそれに怯まず、嫌味っぽい笑みを浮かべながら、彼の質問に応じることにする。


「俺が此処にいる正当な権利はある」
「はあ?」
「単位互換制度って名前、聞いたことないの?」


余裕綽々だった小野寺の表情が、さっと青くなった。


単位互換制度というのは、つまり他の大学で学ぶことを公然と許可するものだ。大学が認めた他の教育機関での受講を認め、ついでにその単位をも受け取れる。垣根を越えた勉学者は、この大学の純粋な生徒ではないがそれこそ部外者という訳でもない。だから俺がこの場所に居て講義を受けることはむしろ当然で、そこに何の不思議も有りはしないのだ。


事態を知った小野寺が、静かに俺を睨んでいる。


「とりあえず、お前もこの講義を聞くんだろ?だったら座れば」


そう伝えると彼はくっと苦虫を噛み潰したような顔をして、俺の隣にどかりと座った。弟の傍らにいることだけ絶対に許せないらしい。それでも、織田からは目が離せないと言ったところか。けれど講義中にこの二人が不真面目になることは決してないのだから、そんなに心配しなくてもとは思ったが、彼は彼なりの信条があるのだろう。


教授が室内に入ってきた時に小野寺がひそりと言った。


「お言葉ですが、家族なら不毛な恋を叶えようとしている弟を説得するものじゃないですか?」
「生憎だが、世間一般の家族論は俺には通用しねーよ。大体説得する理由だってどうせ世間体が悪いからだろ?」
「はっ。まるで、俺自身が後ろ指をさされたくないからしているとでも言っているみたいですね」
「自意識過剰」
「それこそ余計なお世話ですよ。俺は俺なりの考えで、これからも二人の間を幾度となく引き裂きますから」
「戦線布告にしてはいい台詞だな」
「あんたがここにいるってことは、みんな本気だってことでしょう?いくらこの大学に来る制度あるとしたって、こんな短期間すんなり認められること自体おかしいですから。どうせ裏で手を回したんですよね?それならば俺も今まで以上に本気を出しますから。覚悟しておいてください!」
「はいはい。どうぞお手柔らかにお願いしますよ」


今まで険しい表情だった小野寺が、ふと俺を見ながら目を細めて笑った。如何にも挑発的な態度だった。けれど、圧力に屈してたまるか。彼がそうであるように、俺にだって俺なりの信条がある。それだけは決して譲れないものだから。


目には目を、歯には歯を。そして邪魔には邪魔を。言葉ではなく行為で。





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