俺にはたった一人の弟がいる。


私達離婚することになったから。お父さん、お母さんのどちらについていくかを決めなさい。と両親が告げたのは確か俺が高校生に成り立ての頃だ。よく男女が別れる理由は、その仲が冷め切っているからというものだが、日常生活を過ごす上で夫婦の溝は微塵も感じられなかったので、その台詞はまさに青天の霹靂だった。置かれた家庭環境はいたく良好で、父も母も間柄は良さそうに思えたのに。一体何が原因でそうなったのかと問えば、母親は「お父さんのことは好きだけれど、それ以上に好きな人が出来た」と言う。うんうんと頷くあたり、おそらく父親も似たような理屈なのだろう。


物分りが特に良いというわけじゃないが、それを聞いて両親の決断に賛成はしても反対することは無かった。簡単な理由だ。この世界で最も幸福なものは愛する誰かと共に過ごすことで、それが一番好きな人であって欲しいと願うことは普通のこと。昔は両親がお互いにとって一番の存在であったけれど、それが二番になっただけ。愛が失くなったという訳じゃない。俺と弟は両親から愛情を注がれていたし、それがこれからも変わることはないのだろう。自分の幸せの為に両親に離れないでくれと頼むのは筋違いで、不満を持った家庭の中にいることよりも不幸なことはない。親が子の幸せを願うのが当然なら、その逆だって可能ということだ。


俺には特にどちらについていきたいという希望が無かった為、結局は弟の父親と一緒についていきたいという一言で全ては決まった。紙切れの上ではもう他人なのだけれど、血の繋がった家族なのだからいつでも会いにきていいし、困ったことがあったなら遠慮せずに頼りさないと両親が言うものだから。これが世間の常識からは遠い程幸せな離婚か、と子供心に思ったものだ。


結局それぞれの親が再婚したのは、弟が大学の入学した後だ。兄弟共々一人暮らしをすることは決定していたので、それはそれで丁度良かったのかもしれない。決して自分達が邪魔になったからということではなく、こちらの方が新婚ほやほやの家庭のいるのはちょっといただけない、と考慮した上での話だ。まあ、過去には散々両親のいちゃいちゃシーンを目撃したものだが。


ついでに白状すると、実は自分達兄弟の名前には他の家では考えられないような秘密が隠されていた。まあその名を呼べば簡単に分かってしまうので、秘密と断定出来る訳でもないのだけれど。とりあえず同じ小学校に通っていたときは、同級生ばかりでなく先生にも首を傾げられたものだ。でも、それをおかしいとも思わなかったし、不都合なりとも多少はあったものの、特に気にするものでも無かった。


両親は、結婚する前に子供の名前を決めていたのだという。


それが「政宗」という名で、つまり今の自分の名前は母方の姓を継いで、高野政宗と呼ばれる。元々母親は子供を産みにくい体質で、だからまさか二人目の子供が出来るなんて思いもしなかったらしい。長年考えてきた愛情を注いだその名。今から突発的に考えたものなど使えば、兄と弟との愛情の差が現れてしまうような気がして。そう悩む母親に父親が言ったのだ。君の方が法律に詳しいだろう?大丈夫だよ。簡単な方法がある。今から産まれる子にも、同じ名前をつければいいんだ。


今の戸籍法によれば、同一家系に置いて兄弟が同名であることは原則禁止だ。しかしそれは漢字もその読みも同じ場合に限られるわけであって、両親はその穴を見つけた。二つ年下の弟の名前は、正宗。父方に引き取られて行ったので、苗字は変わらずそのままに。


嵯峨正宗。それが俺の最愛の弟の名前だった。





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