誕生日の贈り物を選ぶにあたり、そのセンスが些か不安であった為に妹への協力を申し出た。普段入る店と言ったら本屋や画材屋だけで、妹が見つけた可愛い雑貨屋に足を踏み入れた時は色々と衝撃的だった。まるで御伽の国かと疑われるような飾り付けに、何とも少女趣味の小物がちらほら。お兄ちゃん、これが良いんじゃない?と妹が差し出したのは、いたく実用的なパスケースで。それ、お前が欲しいんだろう、と突っ込めば、あ、バレた?とわざとらしく彼女は笑った。


「しょーがない。千夏も分も買ってやる」
「え?本当に?良いの、お兄ちゃん」
「此処に連れてきてくれたお礼に」
「わーい!やった!」


結局は彼女が欲しいと言ったものと色違いのパスケースをプレゼントに選んだ。千夏の分は明るめのピンクで、自分が選んだ物はワインレッドの色。男性らしく濃いブルーにするか悩んだが、最終的にはこの選択に落ち着いた。


綺麗に包装されたプレゼントを天井に掲げて、ベッドの上で見上げながら考える。どうして自分はこの色を選んでしまったのだろう。確かにナオくんは中性的な雰囲気かつ顔立ちではあるが、だとしてももっと良い色があったはずなのに。しばらくの間悩んで、ああ、と悟った。この色はナオくん自身ではなく、あの日見た彼女のイメージにぴったりではないかと気づいてしまったから。


家が隣同士故に別々に待ち合わせ場所に行く理由もなく、いつも通り羽鳥と一緒に外に出た。


冬が近いせいか吹き付ける風は冷たく、ぶるりと体が震えた。それを見かねた羽鳥が、ほら、と身につけていたマフラーを寄越してくる。お前は薄着をしすぎなんだよ、と口だけは文句を言うくせに、こういうところだけは優しいから。ありがと、と言って受け取り自分の首にそれを回す。ふわりと漂う羽鳥の匂いに、胸がきゅう、と締め付けられた。


昨日も抱かれたばかりだというのに、もう恋しくて仕方がない。己の余りの貪欲さに、それこそ背筋がぞっとした。


個人経営の飲食店を貸切にして行った誕生日会は、クラスのほぼ全員が参加するという快挙だった。プライベートでこんなに沢山の友人が集まることは滅多になく、そこにいた誰もがちょっとした祭りを楽しんでいるようだった。俺だってトリのことさえ無ければ、一緒になって騒げたかもしれないのに。という屁理屈は、一旦は脇に置いておく。羽鳥から少し離れた場所に座って、友人と適当に会話をすることで今にも沈んでしまいそうな程の気を紛らわす。


大人しく料理を食べていたのは最初の頃だけ。後は無礼講とばかりに、皆が思い思いの行動をとる。


今のうちにとナオくんの場所に近寄り、誕生日おめでとうという典型的な言葉を添えて、彼にプレゼントを手渡した。彼は、ゆっくりと自分から贈り物を受け取り、ありがとうと小さな声で囁き微笑む。その光景に無意識に頬が緩みそうになっていたところ、羽鳥が自分と彼の間を遮って。これは俺から、という台詞を口にしながら、一冊の本らしきものを差し出した。


「欲しがってた本、偶然見つけたから」
「え?あ、もしかしてあの本?嘘、本当にあったんだ!」
「ああ。古本屋でたまたま見つけた。新書じゃなくて申し訳ないが」
「ううん。全然良いよ!嬉しい、ありがとう!」


目の前でそんな会話を繰り広げる彼らから、気づかれぬようそっと離れた。話に夢中になっている為、きっと俺がいなくなったことすら知らないのだろう。部屋の隅で楽しげに表情を和らげる二人を見る。ぴくりと瞼が痙攣した。


ナオくんが欲しがっていた本があったなんてこと、俺は知らない。それを羽鳥が探し出して見つけていたことも、何も知らない。


俺の知らない間に、それでも二人の時間が確かに流れていること。そんなの知りたくも無かった。


ナオくんがふと、自分に視線を投げかけて来るのが分かった。小刻みに手を振って、かと思えば口元に手を寄せて、内緒話をするように羽鳥の顔に近づけていく。何を囁かれたのかは分からない。けれど羽鳥は、僅かに瞠目したかと思えば、至近距離でナオくんのことを見つめて。それに照れるように、ナオくんが笑って。


その瞬間、ああ、もう、駄目だと思った。


幹事らしきことをしている同級生に、具合が悪くなったから帰ると小さな声で告げた。すると、大丈夫か?羽鳥の隣の家なんだろ?送ってもらえば?という心配そうな返事をもらい、ううん、楽しそうだから邪魔するのも嫌だしね、という台詞をそれに返した。お大事に、という言葉に少し笑って見せ、気配を殺したまま店の外に出た。


借りたマフラーは、そっとトリの鞄に押し込んでおいた。これ以上の未練は、もう必要ないから。


てくてくと帰り道を一人歩きながら、そう言えば中学生の頃はこの道路を毎日トリと一緒に歩いたよな、なんてことを思い出す。あの頃は良かったな。俺とトリの関係は、ちゃんと友人同士の物であったし、だからその日も、次の日も、何年経っても、ずっと一緒にいることが出来ると疑いもなく信じていたのだから。もし俺が羽鳥への恋心を自覚さえしなければ、それは叶う夢だったのかもしれないね、と唇だけで笑った。


途端、涙が頬を滑り落ちた。


ありゃ、やっぱり家に着くまでに間に合わなかったかと、酷く冷静にその雫を指先で拭った。それでも溢れる涙は止まらずに、結局はそれを抑えることも諦めてしまった。けれども足は前へ前へと進み、向かい風の冷たさが濡れた頬に沁みる。それが冷たくて、酷く痛かった。


本当に、何をしていたんだろうな、と自分自身を嘲笑う。


何をどう間違えて、物事をこんなになるまで複雑にしてしまったのだろうかと現実を悔やむ。自分の体を犠牲にしたのが悪かったのか、と考えて、ぷるぷると首を振った。そこではないと思った。誤った選択肢を選んだのは、もっとずっと前。


俺が、羽鳥への気持ちに気づいた時から。


本当に、何処で何を間違えてしまったのだろう。俺は羽鳥が好きで、そんな羽鳥の隣に一緒に居たかった。それだけのはずだったのに。どうして、どうして。


目尻に浮かんだ雫が次から次へと下に溢れていく。堪えきれずに立ち止まり、人目もはばからずに、しゃくりを上げながら涙を零す。


鉛色の空に、届かない彼の名前を呼ぶ。何が間違っているかなんて、本当は最初から分かっていた。羽鳥が好きなのはナオくんで、俺じゃない。けれど俺は羽鳥が好きだから、そのままで良い。そうやって自分の甘さを許してしまったのが、全ての原因。俺は、自分の想いの存在を認めるべきじゃなかった。本当に羽鳥の幸せを願うのなら、その恋を抱いている事自体がいけないのだ。想いを捨てられなかったのは、諦めることが出来なかったのは全部俺の弱さだ。


羽鳥にとっては、俺なんて身代わりだった。でも、俺にとっての羽鳥は、本物だった。柔らかに口付けてくれて、優しく髪を撫でてくれて、それが死ぬほど嬉しかった。いつまでも続けばいいと願った。でも、それが本来与えられるべき相手は俺じゃない。


最初から決まっていたことだ。俺はヒロインではなく単なる邪魔者。必要が無くなったら、その舞台を潔く降りる。その後がどうなろうとも、舞台を降りた演技者には全てにおいて無関係。


俺の恋が生まれてきたこと。その全てが間違いだった。それに今の今まで気づけなかった愚かさを、どうか笑ってください。


だから、もう全てを御終いにしよう。何もかも、捨ててしまおう。


掌で涙を拭いながら思い出した。昔、自分が遠足の前に熱を出して行けなくなった時、ぎゃあぎゃあと泣き喚く俺の手を羽鳥が取って、もう一度一緒に行こうと誘ってくれた。嬉しかった。泣いている自分が縋るように求めた手。


今はもう何処にも無い。





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -