それなりに羽鳥の抵抗はあったものの、ぐだぐだと待たせた時間堕ちるのも早かった。


何を考えているんだお前、とか正気に戻れという言葉を何度かかけられた気がする。でもそれを俺は鼻で笑ったのだ。正気?そんなものとっくに捨てたに決まっているだろう?気が狂わなければ、こんなことやっていられない。自分の体を犠牲にしてまで得たいもの。それが分かっていたから、安易な言葉で彼を逃がそうとはしなかった。


キスをしたのは俺の方から。二、三繰り返し、今度は羽鳥の方から。


「もう一度聞く。後悔しないか?」


羽鳥のベッドに体を押し付けられながら、見上げた彼の顔が随分せっぱつまっていて。けれど台詞からするに、彼自身もようやく心を決めたのだろう。当たり前だろ、と掠れた答えをあげて、両手で羽鳥の顔を優しく包んでやった。だって、こうでもしないと、トリが、


「辛いから」


叶わない恋心を抱く苦しさなら、俺にだって理解出来る。予測もなく突きつけられた現実に傷つき、それを悟られないようにと必死で繕う彼の在り方が分かる。お前を慰めることが出来る人間なんて俺しかいないんだよ、と目で必死に訴えた。俺が、好きなのはお前だと。


肩に唇が触れ、あらぬ声が喉奥から漏れる。正直誰かと体を重ねるのはこれが初めてだから、それが羽鳥だというのが不思議でならない。まさか幼馴染と寝ることになるとは、と驚きつつ、心の何処かでこうなるのが当然であった様な気がする。荒々しく口づけられ、それに応えるように腕を回してきつく抱き締める。自分の中に無理矢理突き入れられ、あまりの痛みに悲鳴が溢れた。


「大丈夫。大丈夫だ、吉野」


何が大丈夫なのかと文句を言いそうになって、でも羽鳥を受け入れた部分が熱を持ったように痛く、それに気を取られて答えることも出来ない。思わず瞳から涙がぽろぽろと溢れて、でも羽鳥は自分の体内からそれを抜くことはなかった。


「……んっ…あっ」


ゆっくりと馴染ませるように動かれ、その振動に次第に体が蕩けていく。少しだけ痛みが引いた時に見えた羽鳥の表情は、俺以上に苦しそうに顔を歪めていて。その顔を作った原因が俺ではなく、ナオくんにあることをふと思い出し、強烈に胸に悲しさが襲った。


最愛の人に抱かれる自分はいたく幸せなのだと言い聞かせる。そうでもしないと、心が壊れてしまいそうだから。


この出来事が行為を始めるきっかけとなった。誘うのは俺の方が多かったけれど、羽鳥からしてもいいかと尋ねることもあった。家に家族がいるときには断っていたが、そうではない限り俺は羽鳥を際限なく受け入れていた。


羽鳥は、薄々気付いているのだろう。俺が彼の失恋とやらを知っていること。現場に立ち会っていたのなら否定しようもない。そうして俺の発言に羽鳥も察したのだろう。俺が誰かに恋をし、それが破れたことを。相手が誰とは聞かない。俺もまた素知らぬふりを続ける。丁度良いバランスじゃないかと納得したのは僅か数日のことで、結局は前と何も変わらないじゃないかと知ってしまった。俺の気持ちが羽鳥に届くことも永遠にないし、羽鳥が俺の気持ちに気づくこともない。体の関係がある分、前よりも悪い状態だ。


そんな関係を続けて、もう半年になる。どう考えても異常だった。


それでも、俺を抱くときの羽鳥の表情は未だ悲しげなものだった。この状態で彼の手を振り解くことも出来ずに、行為を繰り返すだけ。それでも良い。羽鳥と繋がっていられるのなら、それで。心に決めたはずなのに、どうしてだろう。胸が苦しい。


羽鳥は俺のことなんか見ていない。だから、俺もそうする。


何もかも虚しいと感じたのはすぐで、けれど今更戻ることも出来ない。こうやって体を重ねた瞬間に、俺は彼の親友という大切な場所をとうに失くしていたのだから。


羽鳥が抱いているのは俺じゃない。心の奥で、彼はナオくんを抱いているのだ。


虚しいと思った。悲しいと感じた。苦しい。こうやって、愛の無いふりをするのは。




それは丁度十一月を過ぎたころで、クラスで一番のお祭り男が招待状らしきものを全員に配っていた。おもむろに中身を確かめるとそれはナオくんの誕生会の案内で、日付や場所、参加費等が記載されている。クラスメイト全員が集まって誕生会をやるなどいかにも子供っぽいと思われてしまうかもしれないが、それがナオくん中心なら有り得るなというのが正直な感想だった。


ナオくんは、クラスメイトの誕生日を忘れない。当日には、ちゃんと贈り物を渡し、周囲の人間だけでなく本人をも驚かせる。転入するよりも先に誕生日を迎えてしまった人には、食事の際にこっそりと何かを奢ってくれる。これくらいのお祝いはさせてね?なんて子犬のような瞳で見つめられれば、うんと頷くしかなくて。そういった行為や優しさの積み重ねが、この企画が催されることになった理由だろう。


未だ誕生日を迎えていない人だって、その光景を何度も目にしているから分かる。参加者は彼から祝ってもらうという条件が無いにしても、心からそれを受けいれるはずだ。


俺は、と言えばしばらくの間悩んでいた。ナオくんのお誕生日会に行くことは別に良いが、そこにトリの姿があるのは嫌だなと。一日のほとんどを過ごす学校ですら見かけるツーショットを、わざわざ休日に見せ付けられる必要もない。別に強制ではないのだ。当日は予定があると嘘をついて断っても、プレゼントは用意して渡してしまえばそれで良い。むしろ学校側が関わらないイベントで全員が揃うのは相当に難しいことなのだから。


「吉野くん。僕ね、吉野くんが描いた漫画が欲しいな〜。前に言ってた僕をヒロインにしたもの」
「あ、あれは…その、まだ出来てないんだ…」
「そうなの?でも、漫画を描くって大変だもんね〜。じゃあ、テストの裏に描いたイラストでも良いよ。吉野くんが描いたものだったら、何でも大切にするから!」


そうやって楽しげに笑うナオくんの傍にいると、時折胸が酷く痛む。自分の答えに深く追求することのない彼は、俺が表情を曇らせたことを瞬間に悟って直ぐ様話題を変えてしまう。ナオくんは、明るくて優しい。見る者誰もが、彼を愛せずにはいられなくなる。


俺には彼が、優しすぎて、眩しくて。


「ごめん。今は絵を描けないから、無理」


八つ当たりに近い言葉だった。


ナオくんは何も悪くない。羽鳥だって悪い部分なんて無い。ただ、心の何処かで考えてしまうのだ。もし、ナオくんがこのクラスに編入してこなければ。彼がこんなにも人を惹きつけてやまない人間じゃなかったら。もし、羽鳥が彼と出会わなければ。トリがナオくんを好きにならなければ。


トリの隣で当然のように笑っていたのは、自分だったかもしれないのに。


あからさまな責任転嫁だ。それでも彼への憎悪が止まらない。本当は同じ教室で同じ空気を吸っていることすら嫌なのだ。会話をすることも、笑いかけてくることも。彼があんまりにも眩しすぎて、それを愛せない自分の醜さに気づいてしまうから。


彼を呪う心を持つ自分に、絶望してしまうから。


平静さを装って、ギリギリのラインで俺は踏みとどまっている。立ち位置は、奈落の淵。一歩進めば地獄へと真っ逆さま。だからと言ってこの場所が安全であるかを問えば否定する。そんな不安定な危うさの中に、自分たちの関係はあった。


ナオくんの目の前で不参加を告げることは出来ずに、一旦その話は御終いになる。どうやって断ろう、と考え込むけれど、上手い言い訳が見つからない。こうなったら当日に体の調子が悪いとか言えばいいのかなあと思いつき、でも準備してくれるのなら最低でも事前に教えておかなければならないよな、と自分を戒める。ぐずぐずと悩んでいるうちに、いつの間にか俺の参加は決まっていた。羽鳥が、そうすると言い出したから。


そりゃそうだ。羽鳥は未だにナオくんが好きなんだもの。だから俺を抱いているのだ。俺がナオくんの代わりだから。もし羽鳥が恋を諦めたなら、違う恋を見つけたのなら。俺と体を重ねる理由なんて無い。つまり羽鳥が俺の体を欲する限りは、未練があるということに他ならない。


羽鳥は、いつだってナオくんの傍にいたい。だから、好きな人の大切な日に出席することは当たり前のことだった。


「一緒に行くよな?吉野」


縋るような瞳で訴えられて、それにへらりと笑うしかなかった。仕方ないなあという俺の返事に、羽鳥は安堵したような表情を見せる。


お前という人は、本当に何処までも残酷なんだね。






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