自分の気持ちを自覚したというのに、それをトリに伝えなかった理由があるとするなら、それは今までの心地良い関係を失うのが怖かったから、というものでは断じて無い。自負しすぎだと笑われるかも知れないが、この程度のことでトリが自分を見限ったりはしないと信じているから。幼馴染でしかも同性である男にあらぬ想いを抱かれたとしても、彼は今まで付き合ってきた友人を、もう要らないからという理由であっさり捨てたりはしない。そんな友人想いのトリを裏切っているのはお前の方だろうと言われたら唇を噛みしめて黙るしかないけれど、自分の行為が彼自身を否定することだけは許さない。


間違っていると分かりきった上で答え合わせをしているようなものだと思う。


事実関係を今一度整理しよう。トリはナオくんのことが好き。不本意ながら俺もトリが好き。ナオくんの気持ちは分からないけれど、トリが良い男だからほだされる可能性は、有り。明確な回答だ。そんな中もし俺がトリのことを好きだと告白しようものなら、きっと彼を困らせてしまうだろう。


トリを、苦しめてしまう。


きっとトリのことだから、自分が好きだなんて言ったらきっと天と地がひっくり返るくらいに驚くだろう。けれど真摯な言葉を持って、ごめん、お前の気持ちには答えられないとかなんとか言うのだ。そしてその日からトリは俺のことが気がかりでならなくなる。それは恋情故に生まれたものでは決してなくて、自分を振ったという後ろめたさがそうさせるのだ。例えば食欲が無いと俺が口にすれば、告白したあの日のことをトリは思い浮かべて、ごめん、と小さく口にするのだ。いいや、お前のせいじゃないよ、と俺は彼を慰めて、それでも奴はきっと首を振ってごめん、と言い続けるのだ。本当は大好きなお菓子を食べ過ぎて胸焼けをお越しただけだという俺の言葉を無視して、トリは自分自身を延々と責め続ける。


好きな人に好きと言われるのは嬉しいことだ。けれど、好きな人にごめんと言われて、幸せな人間が何処にいる?


トリのことは好きだ。でも、それ以上にトリには幸せになってもらいたい。その想いは、嘘じゃないんだ。


いつしかきっとちぐはぐな状態に耐えられなくなって、俺の方がトリから離れる。逃げる俺の後ろ姿を追いかけるように眺めて、彼はああ、やっぱりと言うのだ。やっぱり、俺が吉野を傷つけてしまったから、こんな最後になってしまったと後生悔やむ。たんなる思い込みとか予想とかではなく、これはやってくるであろう未来で確かに起こり得る現象だ。生まれたときから一緒にいたんだもの。トリがどんな考えでどんな行動をとるかなんて全てお見通し。


自分の恋心のせいで苦しめたくない。トリを傷つけたくない。


それなら、自分が傷つくしか方法はないじゃないかと思いついて、乾いた声で思わず笑った。


言う必要が無い。


という自分なりの回答に辿りついたのは、羽鳥への想いを自覚した当日のことだった。問題をよく先延ばしにする自分が、珍しく即断即決した。それが意志ある勇気ではなく、逃げ道の無い愚かさであることは語る必要もないだろう。そうする以外他に無かった。それだけのことだ。


自分の想いはひた隠し、トリに対しては今まで通りの友人で有り続ける。


難しいことじゃないと思った。いつもと同じく振舞えば良いだけのこと。そこにほんの少しの努力をすれば、これまでと等しく自分達は仲の良い幼馴染のままでいられる。


「やば…。今日って課題の提出日だっけ?」
「俺が先週あれ程口をすっぱくして忠告してやっただろう。課題も俺が言ったことも全部忘れたのか、お前は」
「…うう。…ね、トリ。今日だけ、今日だけ見せてくれない?後で借りは返すから〜」


掌をパチンと叩いて羽鳥に向かって拝み倒すと、彼は呆れた様にため息をついて、ぽかりと俺の頭を軽く叩いた。それが自分の欲しがっていた数学のノートだと気づき、にんまりと笑みを浮かべる。ありがとー、助かる。流石トリ!なんて褒め言葉を告げながら、普段と変わらない時間が過ぎていく。すらすらとノートの上をシャープペンの先が駆けていき、
見る見るうちに数字の羅列を作り上げる。本当は忘れてなんかいなかった課題を、わざとらしく俺はこの場所で完成させるのだ。うん、これで良い。これで。


「これって羽鳥くんのノートなの?」
「ああ、そうだが」
「すっごく丁寧だね〜。しかもちゃんとポイントが抑えてあって、まるで本屋の参考書みたい」
「褒めるほどのものじゃないと思うがな」
「そんなに謙遜しないの!それに凄いと褒められたら、素直にありがとうって言うものだよ?羽鳥くん」
「…分かった。お褒めに預かり光栄です」
「何その堅苦しい言葉。あ、もしかして今の冗談?羽鳥くんって、面白い人なんだねー」


途中ナオくんが自分の机を覗きこみ、そうやって羽鳥に話かけた。もちろん好きな人に話しかけられて満更でも無い羽鳥は、えらく楽しげに会話を続けている。その様子に唇を少し尖らせながら考える。何だよ。いつもだったら、羽鳥の隣で笑っていたのは自分だったはずなのに、と。


もやもやと悩んで、はっと意識を覚醒した。


馬鹿じゃないのか?羽鳥が隣にいてほしいのは俺じゃなくてナオくんなんだよ?今までずっと一緒にいたという事実は無関係に、将来トリが傍にいて欲しいと願うのはナオくん。トリの未来に、俺はいない。彼の恋において、俺は全くの部外者で。


慌ててノート羽鳥に押し返し、ありがとうの感謝の言葉もそこそこに教室から逃げ出した。


上履きのままに外に出て、建物の壁に隠れてそのまましゃがんだ。掌で自分の頬の感触を確かめる。ああ、危なかった。もう少しでこの貼り付けた笑顔が崩れてしまうところだった。良かった、既のところで間に合ったと大きく息をつく。と同時に目頭にこみ上げてくるものがあって、首を振ってその感情を消し去った。


今まで通り。いつもと同じように。俺は羽鳥の友人で有り続ければいい。それしか方法はない。だからやるしかない。選択肢が無い。


でも、それっていつまで?と考えた。いつまで、あの二人のことを心を殺して見守れば良い?


もしかして永遠に?そう考えてしまったら、目の前が真っ暗になった。




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