大きく広げた色画用紙にスーっと曲線上にカッターを通した。先程作った型通りに刃を入れてくり抜けば、某出版社のイメージキャラクターであるウサギそっくりの形が出来上がる。中心部にペンできゅきゅと目を書き入れ、余り紙で作った花を傍にぺたりと貼り付ければ完成。頭上に掲げてその全体像を遠目で見る。うん、実に良い出来だ。


作りたての装飾物を本棚の隙間に埋めてやる。虚無の空間だったそこが、紛い物のウサギが出現したというだけでぐっと引き締まった。その光景に一人満足していると、同じ本屋の女店員が、自分の背後でうわぁ、と感嘆の声をあげた。


「雪名くん、これ凄く可愛い!」
「本当ですか?ありがとうございます」
「わー、華やかになったなあ」


賛辞の言葉をやんわりと受け止め、彼女が持っていたらしい書籍の上部をひょいと取り上げる。一瞬状況が分からずにぽかんとしてた彼女も、直後ああそういうことかと納得したらしく、持ってくれてありがとうと首を傾けて笑う。


「雪名くんて優しいね〜。惚れちゃいそうだわ」
「確か、恋人がいたはずですよね?へえ、堂々と浮気ですか?」
「え?まさか!私は彼氏一筋なんで。あーでも、もし彼氏と出会っていなかったら好きになってたかもなあ。美形でかつ優しくて、しかも美術センスも有りな男だなんて…。どんだけ良い男なんだよお前!ムカつく!」


前後の脈絡なく理不尽に怒られ、それに反撃するように荷物もう一度持ちますかと聞けば、調子にのってごめんよお雪名くん、という返事が返ってくる。彼女らしい猪突猛進な行為も後に直な謝罪があるからこそ簡単に許せるというものだ。彼女は自分がこの本屋にアルバイトとして採用された時から一緒にいる同僚で、本人の申告によれば経済学部に通う大学生だとか。


「本当はさー、私漫画家になりたかったんだよね。だから大学なんかいかずにずっと絵を描き続けていたかったんだけど、それ話したら両親にすこぶる怒られちゃって。もっと現実を見なさいって。漫画を描くのは趣味で楽しんで、将来性のある勉強をなさいと至極正論なことを言われちゃってさ。戦って結局負けたのね」
「漫画、今も描いているんですか?」
「ううん。コンテストっぽいものに応募はしたんだけど。全部駄目だった」
「最初は誰でもそんなものじゃないですか?」
「そうかなあ。私はただ自分に才能がなかっただけだと思うよ。本屋で働き初めて思い返すように漫画読んでみたけれど、私にはこんなもの描けないなってやっと自覚して。だから夢を着々と叶えている雪名くんが少し羨ましい」
「着々、ではないですけどね」
「そう?いつのものことだけど雪名くんが作るディスプレイとか凄いなあって思うけど」


それは自分の画力が凄いのではなく原作の力なんですよ。元の作品が素晴らしいから、自分が作ったものも同じように思える。けれど実はそれは単なる勘違いで、二次創作が原作に敵うわけがない。原作が一とすれば自分たちはそれらを二倍三倍にも出来るが、零から一、つまりは原初を作り上げることは不可能なのだ。少なくとも、俺には。


「そういえばこの間言ってた絵の評価、どうだったの?」
「………」


散々にお褒めの言葉をいただきましたが、結果は酷く残念なものです。けれどそれを口にすることはせずに、彼女に曖昧に笑って見せるだけだった。


残暑を迎える頃だというのに、異常気象のせいで連日猛暑を記録中だ。けれど今日は太陽の光が随分緩やかで、歩いていても汗をかかないという状況は近頃では珍しかった。曇り空の下をてくてくと歩き、辿り着いた場所と言えば家の近くの公園。


きょろきょろと視線を動かし、空いていたベンチに腰掛けた。今まで部屋の中に篭って延々と絵を描いていたが、早朝からずっとそうしていたので流石に腹が減ってしまったのだ。とはいいつつ今更食事を作る気にもなれずに、こうしてふらふらとコンビニを目指して出かけた訳だ。


適当なおにぎり数個と飲み物を買ったはいいが、どうも家まで我慢できないような空腹だったらしい。ぎゅるぎゅると鳴る胃を抑えながら、何処か食べることが出来る場所があるなら、そこでさっさと食べてしまおうと思った。少々気分転換も必要だという言葉で背中を押して。


ぐっと背伸びをしながら目の前を眺めると、元気な子供達がくるくると遊び回っている。子供のパワーというか、ああいった無意味な力は一体何処から湧き出てくるんだろうな、と、ぼんやり考えながらぱくりとおにぎりに噛み付いた。


と、足元に何かの感触が現れ驚いて下に目を見張れば、なんて事はなかった。ただ小さな黒猫がそこにいただけだ。何かをねだるようにその子猫はみゃあ、とか細く鳴きながら足元でよたよたと歩いている。おいでおいでをするとその手に擦り寄り、撫でてとでもいうように頭をぐりぐりと擦り付けてきた。望み通り触ってやればぐるぐると喉から音をたてて喜んでいる。


随分人懐こい猫だなあ。この公園に住み着いているのだろうか?それにしては毛並みが綺麗すぎる。家から抜け出したか、それとも飼い主とはぐれたのか。下ろした腕を辿って、猫が上へ上へと爪を立て駆け寄ってきた。至近距離になった途端、生まれたての子供にするみたいに優しく抱きしめてやれば、その腕に応えるように、みゃあ、と可愛らしく一つ鳴く。うん、何この子猫超可愛い。


辺り一面を見回してみても、何かを探す素振りを見せるような人は存在しなかった。その間、その子猫はフンフンと鼻を近づけては俺の昼食に興味深々だ。幸か不幸か。おにぎりの中身は猫が大好きであろう鮭フレーク。どうやらこの猫も俺と同じく空腹だったようだ。


猫に人間が食べる食べ物を与えて良いのだろうか?一瞬悩み、でも結局は奪い取られるという形で結末を迎える。うにゃうにゃと声を出しながら食べるその姿を見ながら背中を撫で、まあいいかとため息をついた。


ふと自分が笑っていることに気づき、思わず驚く。人前に出るとき以外の日常でこんなふうに笑ったのが随分と久し振りのようなことに思えて。あー、最近何だかスランプ気味だったからなあ、と独り呟く。描いても描いても上手くいかず、まるで全て行き止まりの迷路にいるような感覚の。


焦っても仕方がないと分かっていても妙に心が急き立てられる。何を描いていいのか、自分は本当にこれを描きたいのかそれすらも分からないくせに。猫の為に少量の食料を残して、何かに弾かれるように腰をあげる。もう一度柔らかな黒い毛並みを撫で味わって、名残惜しくその場を立ち去る。頭の中は絵を描くことだけいっぱいで、だからその猫が耳をぴんと立てながら俺の後ろ姿をじいっと見つめていたこと。


その時は知りもしなかった。




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