事態の流れにも逆らえずになあなあな帰宅道。エレベーターにいる横澤さんを一緒に連れ添っての移動だった。突如現れた邪魔者に、その顔に不快は現さず必死に冷静さを装う。高野さんも驚きを見せたのは一瞬だけだ。猫かぶりは互いお手の物。


「で?プレゼントはどうするんですか」
「そーだなー。家とか土地とか現金とか」
「バカじゃないですか」


会話は普段と変わらず、けれど高野さんの意識は萎縮して縮こまる横澤さんに向く。だから嫌なんだ。二人きりのときはお互いに親友らしく振る舞えるのに、この人がいるだけでその空気が変わるのが。気まずさに居たたまれなくなったのか、横澤さんの本屋に寄るので失礼しますとの台詞。お、と思いや、俺も欲しいものあったんだわと高野さんが空気を読まずに本屋に入る。


ここまで来て到底一人で帰る気にはなれなくて、店の出入り口付近で高野さんを待つことにした。出任せの口実が役目を果たさずうろたえる余所者。これが欲しかったんですと傍にあった適当な本を手に取る奴に、それは丸川が出版したものでしかも先月号だろ、と告げて白々しい行為に棘を刺す。


「一緒にいたくないのなら先に帰ったらどうですか?」


見抜かれたという表情を浮かべながら、すみません、それではお先に失礼しますと彼は言う。背中を向けられた瞬間何故だか分からないほどの衝動が体の仲を突き抜けて、気づけばちょっと良いですか?という言葉を無意識に彼に投げていた。


「横澤さん、24日何日ご予定はありますか?」
「今年は休日でしたっけ?何かあるんですか?」


疑問に満ち溢れるその顔は本物か。苦笑いしながら息を吸い、そして吐く。


「高野さんの誕生日」


言えばその顔が強ばる。あ、そうなんですか、という呆然とした彼の言葉を聞いて、ああ、やっぱりなと思った。この人が高野さんの誕生日なんて、捨てた人間の大切な日なんてどうせ覚えちゃいないと気づいていたんだ。所詮この人にとって高野さんの存在なんてその程度のもので。失ってもいいと簡単に手放してしまえるような、そんなちっぽけな絆。


「今更出てきて構われても、いい気にならないでくださいね」


俺はその日も高野さん自身も誰よりも大切に大切に守っていく。今までも身を削るような想いを抱きながら今日までそうやって生きてきたのだ。彼を一番に想っているのはこの俺だ。だから、きっと高野さんも。


それでも逃げ帰る横澤さんの後ろ姿を見て考える。高野さんはどうして彼を好きになったのだろう。


予約していたケーキも受け取りチキンも買った。オードブルはなじみの店から近くまで配達してもらう。どうやら高野さんは留守らしい。今日は自身の誕生日なのに、と思いつつもちょっとしたサプライズになるならそれも良い。一週間前から不器用な手つきでつくりあげた装飾を彼の部屋のあちこちに貼り付ける。おまけにもらったシャンパンも冷蔵庫の中で息を潜め。窓の外には鉛色の空。今日は雪が降るという天気予報を聞いていたが、どうやら現実になりそうだ。


高野さんが飽きないようにと用意した映画や本。食べて飲んでいつの間にか眠ってしまって、どちらかが起きたと思えば本を読んで。話して笑ってと十年前から唯一変わらぬ日。


少し時間が早かったか。高野さんはまだ不在のままだ。手持ち無沙汰で仕方が無いので、持ってきていた本を読む。一冊読み終え、二冊目に。そして三冊目に入るかどうか悩んで
結局手に取る。そんなことばかりを繰り返して、それがおかしいと気づいたのは夕刻七時を迎えた頃だった。


変だな。お誕生日会で高野さんがいなかった時なんてなかったのに。考え始めたら胸がざわざわして止まらなくなる。もしかして、事故とか?思いついた最悪な結果をどうにか打ち消しながら思い出す。あれ?以前にも同じような出来事がなかったっけ?


高野さんが雨に濡れて帰ったあの日の。


………嫌な予感がする。試行錯誤した後に思い切って携帯電話に手を伸ばし、彼の番号に迷いなく発信する。いつまで経っても決して繋がらない電話。不安が確信の色に染められてゆく。今体験している現実が、事実として受け止めらない。乾いた声で嘆く。何で?と繰り返しながら自問自答。


何で高野さんの心の中は、あの人のことばかりなの?


悪い夢であって欲しい。ささやかな願いは残酷な真実の前に無残にも散る。とうとう今日を終えるまでの戻ることがなかった彼。部屋に取り残された自分。ああ、何だあの日と全て同じじゃないかと自嘲する。高野さんにとって、俺なんて約束を破ってしまってもどうでもいい人間なんだと今更気づいてしまって。


いつだって、彼を占めるのはあの人だけ。


明け方近くに戻った高野さんの隣には、横澤さんの姿。目にした瞬間、俺の中で張り詰めていた何かが壊れた。


部屋の中に入ってくるなと壁から引きちぎった装飾を横澤さんに向かって投げつける。それを高野さんが防いで、小野寺、と声を高める。それを無視して横澤さんに問う。何故俺が一番に大切にしている世界に土足で入り込むような真似をするんですか。十年間守り続けたかけがえのない日常を壊そうとするんですか!


「何でそうやって過去を忘れようとしていた高野さんの決心を揺るがすようなことをするんですか?俺には関係ないって言いましたよね?なのになんで当然のように高野さんの傍にいるんですか?それがどれだけ酷いことしているかって分かってるんですか?今傍にいることが優しさだとか思っているんですか?俺の方が迷惑しているだなんて言葉を吐くくらいなら、最初から好きだなんて言わなければ良かったじゃないですか。付き合わなければ良かったじゃないですか。出会わなければ良かったじゃないですか。いっそのこと、」


お前なんか、消えてしまえば良かったのに。


「小野寺」


はっと意識を覚醒すれば、高野さんは横澤さんに帰るように促している最中だった。今、俺、何を言った?感情のままにわめき散らした自分の台詞に、今更ながら愕然とした。あれ?なんでこんなことになっているんだっけ?だって昨日は高野さんの誕生日だよ?いつもだったら今頃残ったケーキを朝食代わりに二人で食べながら笑っていたのに。俺からのプレゼントを高野さんがかみ締めるように喜んでいたのに。どうしてこうなってしまったの。高野さん、何でそんなに冷たい目で俺のことを見るの?


「ずっと言おうと思っていたけど」


大きく息をつきながら、高野さんが言った。


「俺が好きなのは横澤で、お前じゃない」
「………お、俺は」
「俺がお前を好きになることは一生ない」


告げられた瞬間、目の前が真っ暗になった。何かを言おうとして、でも声にならなくて。あの人を追うように高野さんが部屋を出る。散乱した装飾の中、一人呆然としたまま座り込む。ああ、なんだ。そっか。乾いた笑い声が空中に浮遊した。


それが答え。





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