もしゃもしゃと目前に並べられたデザートをがむしゃらに口に放りこんでいた。せっせせっせと甘ったるい菓子を噛み砕く口。空腹でもないのに何故こんなバイキングでもしているかのような食べっぷりなのかと言えば、そもそもの原因はコイツにある。


テーブルを挟んで一つ前の席に、俺をここに無理矢理連れてきた張本人が座っている。じろりと睨む俺の視線に気づかずに、すらすらと白い紙に文字を書き込んでいて、ちらちらと目を動かす先には彼のノートが。その横に添えられた俺のそれ。状況を説明するための条件はこれで揃った。


俺の不注意で体当たりしてしまった相手。そして俺をここまで問答無用で連れてきたその人。俺の不幸の最大の理由。


強引に奴に連れてこられた場所は、大学の中心部にある生徒御用達の学食だった。ずんずんと迷いのない歩調に、一体何処に向かっているんだと不安になっていたが、辿りついた場所は見慣れた風景。良かった、変な場所じゃなくて…と安心したのは一時で、ようやく腕を離した彼が尋ねるように口を開いた。


「小野寺は何食べる?」


何をどうしたらそういう質問になるのか。出会ったのが数分前の出来事で、経緯を考えてみても明らかに脈絡が可笑しい。文言からこの人も何かかしら召し上がることは確定だが、いつ俺がお前と一緒にご飯を食べると言った。というか今までの謝罪も無しかよ、と余りにムカムカして感情を抑えきれずに地団駄を踏みたくなる。


「俺、別にお腹減ってませんけど」
「あっそ。じゃーデザートとかで良いか?」
「…え?…いや、ちょっと。何勝手に頼んでるんですか!」


言葉が通じない人間にいくら話しかけてみても無駄だ。精神的にも疲れきって、仕方なく大人しく案内された席についた。待つことしばらく、どうやらこの人が食べるであろうカレー一つと、ケーキ十個程度乗せた皿が運ばれる。ああ、彼も食べるのかと思いきや、菓子はそのまま俺の方にやってきた。何この拷問。


「とりあえず、食べれば?」
「………いただきます」
.

メニューにある菓子を一つずつきっと全部注文したのだろう。腹が空いていないと先程告げたばかりなのに、こういった嫌がらせみたいなことをしているのは人の話を聞いていないからか、それとも聞く気がないのか。どちらにせよ俺の言葉はほとんど無視されているような状態なので、素直に彼の言うことを聞くことにした。その方がきっとダメージが少ない。


フォークでふわふわな生地ひと切れ。さくりと爽やかな感触と強い甘さが含まれる味。


ストレスが溜まったら甘いものという格言は本当なんだなあ、と関心して一人頷く。怒りで興奮してた頭が嘘みたいに静まっていく。険悪な雰囲気を潜めて緩く微笑む俺に気づいたらしいこの人、ええと高野政宗って言うんだっけ?が躊躇いなく自分の目の前にその掌を差し出した。


「さっきの講義のノート貸してくれない?」


話を聞けば今日の講義に寝坊して出席出来なかったから、その分のノートを俺に見せて欲しいということらしい。だったら紛らわしいことをせずに最初からそう言えばいいのに、と声に出しかけて飲み込んだ。誰も信用しない。その信念を作り上げた出来事を思い出し無意識に苦い顔を作る。


「貸すのが嫌だったら、ここで写させて」


後で払う予定だったデザートの料金は、この人なりの交換条件でありお礼でもあった。食べてしまったものは取り戻すことが出来ず、渋々と該当物を差し出す。と一緒に開かれた彼のノート。覗いて驚いた。何この綺麗なノート。パッと見でも分かりやすい。というか自分のノートがあまりにも黒板通りで返って見にくいのではないかと危惧すれば、要点だけを上手く拾いあげて自分のそれとは似ても似つかない美しい紙面が出来あがる。本屋で売っている参考書みたいなそれに、感嘆の息をつく。何なんだこの人は。


「あの、聞いていいですか?」
「何?」
「何で俺に声をかけたんですか?ぶつかったのは俺の不注意ですが、それにしたってあの講義を受けている人はもっと他にもいたのに」


この人みたいに綺麗なノートを取れる人だって他にもいたかもしれない。疑問に思ったことをそのまま口にすれば、持っていたペンを指先でくるくると回転させながら彼は答えた。


「頭が良さそうに見えたから」
「見た目で判断したんですか?」
「だってお前の番号いつも掲示されてるだろ?試験の後によく壁を見て笑ってたから、それで」


耳にした途端、喉の奥にひゅうと冷たい空気が入り込んだ。一瞬にして全身に冷たい汗。滅茶苦茶に動揺して、あわあわしながら高野さんを見上げる。毎回毎回あれだけ掲示板の前で食い入るように眺める人間がいたら誰でも覚えるだろ。あっさりと言い渡された言葉に、思わずテーブルの上につっぷした。自分の番号を見つけた瞬間に、どうしたって溢れる微笑み。あの姿を見られていたのか。そりゃあ誰だって紙の内容さえ見れば何が原因かなんてすぐに気づくよな…。多分知っている人はこの人だけじゃないんだろうな。あああああああ!恥ずかしい!なにこれ!今すぐ穴に埋まりたい!


「どーもありがとうございました」
「………い、いえ。こちらこそぶつかってすみませんでした。…あと、ケーキも有難うございました」


渡されたノートを奪い去るように掴み、あまりのいたたまれなさにその場から逃げ帰ろうとする。そのタイミングを見計らったように、彼が小野寺、と自分の名を呼ぶ。


「連絡先教えて」


その時は早くここから立ち去りたいとい意識ばかりが先行し、結果深く思慮することもなく番号とアドレスを教えてしまった。思えばそれが最初の過ちだった。まさかそれを理由にこの人と友達になってしまっただなんて。今どきそんな個人情報だけを知って友を名乗るのもどうかと思うが、連絡帳に存在する中で家族親戚以外の唯一の人になってしまった。それをただの知人と語るにはあまりにもおかしすぎる。変更せざるを得ないのはどう考えても俺の決意の方。


跡形も無く脆く崩れ去った理想。さらに苛立たしいこともう一つ。


何かのきっかけにふと見えた彼の学生証。写真の上方に現れた学籍番号。それが自分の暗記していた数字と一致していると気づいた時、自分の中で何かが壊れた。鈍い痛みが圧し掛かる頭を掌で抑えて、思わず言った。俺以上の頭脳明晰天才人間。


よりによって、コイツかよ。


結局は高野さんを自分の友達と認めることになった。けれどそれは彼だけの例外だ。他の人間なんて親しくなろうとも思わない。少し付き合っただけで分かる。この人は余程のことでもない限り自分に何かを頼んだりはしない。そこに利用しようという意思はない。だから緊張の糸を張り巡らすことも必要なくとても気楽だった。


高野さん曰く大学には友人が一人くらいいても良いだろう、とのこと。なるほど確かに、気を張っていた頃の自分と比べれば今は大分穏やかだった。誰かに何を貸さないとなれば、何かを誰にも貸してもらえない。だからゼロと一の間の深い溝は、この人の存在で塞がれる。


お互いに必要な時は手伝うという便利な関係、それは均等なもので。裏表のない彼の傍は酷く居心地が良かった。親友ってこんな感じなのかな?と湧き上がる感覚に、笑みを浮かべていた。ああ、何か嬉しいな。だってこんな気持ちになったのは初めてで。


初めての感情だったから、それが恋と気づくのも遅かった。


二人で酒を交わしていた時だった。何がきっかけになったかは分からない。話の中心が恋の話にうつり代わり、そこで彼の心の中に占める存在に気づいたのだ。男二人で飲むなんて淋しいですね、彼女はいないんですか?と下世話な声を発したのは自分。友達になってしばらく、その傍らに恋人の気配は無かったから。


「今はいないな」
「へえ」


今は、ということは昔はいたのか。その辺りを深く聞くべきか悩んで止めた。他人のプライベートを尋ねるということは、信頼の問題に関わりかねない。いくら親しい人でも聞いていいことと悪いことがある。つまりはその境界。


「振られたんだよ。昔凄く好きだった奴に」


息を飲んだ。そいつが忘れられないと彼が、今までに見たことがないような辛そうな表情をしていたことに。





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