「律っちゃん!久しぶり〜。会いたかったよ〜」
「うわっ!」
「ああもう!三日ぶりの律っちゃんだ!律っちゃん!律っちゃん!可愛い!」

上記で述べたとおり、当サークルにおいては入会においては著しく狭き門であることについてこれ以上の説明は不要だろう。これらの条件のせいで、このサークルの人員は激しい変化がない。激しい、というのは言いすぎか。だって、本当は。3年前に俺がこのサークルに入会した当初から、人数の変動がプラスマイナスゼロだったのだから。

その恒常性を破ったのが、他の誰とも言わないこの小野寺律という人物らしい。
最近いつも本を持って歩いている、可愛い子が気になって仕方が無い…とまるで恋に落ちた少年みたいにぶつぶつと木佐先輩が呟いていたのはつい最近のことである。そりゃあ、大学生なら本の一つや二つぶら下げて歩いているのは当たり前だし、顔に関してだって
それほど求めなければ、条件に当てはまる人物はごろごろいるだろう。そう指摘しても、木佐先輩は、違うの、そういうのじゃないの!とふるふる首を振っては都度否定していた。

最初の頃は一応は遠慮していたらしい木佐先輩が、強行突破を仕掛けたのが、あの日。


いつもどおりに本を片手に大学構内を歩いていく小野寺を見つけて、こともあろうに木佐先輩は彼の後をつけていったらしい。中庭に設置してあるベンチの上で、楽しそうに書物を読む小野寺のこっそりと近寄って。タイトルを確認して、この子はこのサークルに入るべき子だ!と確信したという。その本のタイトルが、アランの『幸福論』。…うんうん、なんでそんなものを読んでにこにこと幸せそうに笑っていたのか、さっぱり理解できないところが面白いから連れてきた!と半ば小野寺を拉致るようにサークルに巻き込んだその日が、そのまま彼の入会日となったわけだ。勿論、二つの条件を楽々とクリアした上。ついでに、自分の平和な大学生活も、その時に終わりを告げたらしいが。

そんな経緯があるため、木佐先輩は新しく出来たこの後輩を酷く溺愛している。

「…あの、その、木佐先輩こそ可愛いです」
「ほんと?うわーい律っちゃんに可愛いって褒められた!やったー!」

おいお前ら、年考えろ年とは思いつつ、その辺にいる乙女みたいな会話を耳にすることも最近は、もはや日常茶飯事になってしまった。男が男に抱きつく、という光景は、大抵は見るも痛々しいものではあるのだが、この二人にどうやらそれが当てはまらないらしい。


木佐先輩は、―現在院生1年生なのだが―れっきとした成人男性にも関わらず、そのすさまじい童顔のせいでぱっと見どう考えても高校生、―下手すると中学生に見えるのだから始末に終えない。それに対して小野寺は、木佐先輩よりは若干顔がシャープになっているようだが、愛らしい碧眼とさらさらの亜麻色の髪のせいか、幼さが消えていない。その為、本当にこれで大学生と言っていいのかすら危ぶまれるくらいだ。

まるで、小動物がじゃれあっているようで、見ていて微笑ましい、というのが俺の隣にいる美濃さん談である。…この光景を微笑ましいとか思えるって、どんだけ心が広いんだこの人、と関心せざるを得ない。残念ながら俺の瞳は、ただただうっとうしい光景としか映らないが。

「木佐先輩。皆わざわざ時間をとって、先輩の招集に付き合っているんですから。遊んでないでそろそろ本題に入ってください。」
「えー」
「そういえば、小野寺くんは、今日の講義は大丈夫なの?」
「はい。教授の都合が悪いらしくて、本日は休講になったみたいなので」
「じゃあ、律っちゃん、ゆっくり出来るね!何して遊ぶ?」
「…木佐先輩」

じろりと羽鳥さんが木佐先輩を睨むと、はいはい、もうしませんから、というように木佐先輩が両手を挙げて降参のポーズを取る。うん、どう考えても羽鳥さんの方が年上に見える。木佐先輩が年下に見えるというのが根本的な原因かもしれないけれど。

「じゃあ、本題に入るね。とりあえず皆、これ読んでー。そんで、後で感想聞かしてね」

木佐先輩の鞄、随分と荷物が入っているなあ、とは思っていたけれど、結局やっぱりこれか、と内心舌打ちする。口を大きく開けた袋の中から出てきたのは、漫画だ。しかも漫画といっても、少年漫画ではなく、少女漫画。全部で40巻くらいあるから全部読んでねー、むしろ読め!と命令してくるこの木佐先輩は、察するにどうやらかなりの少女趣味らしいい。どうせ読まなければ読まないで、嵯峨くんが先輩を苛める!と横澤に告げ口されるだけなので、嫌々ながらもその中の一冊を手に納める。

「律っちゃんどうしたのー?読まないの?」
「えっと、こんなに沢山あるから、どれから読んだらいいか分からなくて」
「ああ、そーだよねー。じゃあ、これ読んでみて!お勧めだから」
「はい、ありがとうございます」

何処までも素直な後輩は言われるままに、木佐先輩から渡された一冊の少女漫画を受取る。一応読書愛好会の名前にふさわしく、読書、といえば読書なのだが。何が悲しくて男5人狭い部屋で少女漫画を読むというシュールな行為をしなければならないのか。ああ、おそらく、こうやってどうでもいいことに思い当たって悲観的になるよりも、純粋に言われたままに先輩お勧めの本を読むことがベストな対応なんだろうな、と思う。…思うがしかし、自分にはいつまでたっても出来そうにないわけで。

「…木佐先輩って凄いですね。こんなに面白い漫画があるなんて知りませんでした」

こういうことを普通に言ってのけてしまうから、木佐先輩はますます小野寺のことを気にいってしまうのだろう。元々漫画好きな先輩ではあったが、少女漫画の趣味に入ったのはつい最近。なんでも、その頃に中学生の家庭教師のバイトを始めて、話を合わせるためにその生徒が好きな少女漫画を読み漁り、そしてドツボに嵌ったらしい。そんな事情を知らない小野寺は、純粋に先輩を褒め、そして先輩はその言葉を真に受けて調子に乗ってしまうのだから尚悪い。

「…やばい、俺みんなに読ませる漫画だけ持ってきて、自分が読む本忘れてきた」
「一緒にこの漫画を読んだらいいんじゃないんですか?」
「うーん。でもこれついさっき読み直したばっかりだからなあ。ねえ、美濃は何かいい本持ってない?」
「ぐっちゃぐっちゃの死体溢れるサスペンス本でよろしければ持ってますが」
「うげ、美濃ってば、なんでそんな本ばかり持ってるの。相変わらず悪趣味」
「俺のが嫌なら羽鳥のはどうですか?さっき『10分で出来る節約料理』という本を読んでましたよ」
「うわ。それはそれで悪趣味」
「…木佐先輩」
「ねえ。嵯峨くん、この間面白い本があるっていってたよね?今持ってない?」
「この間のって…、ああ、『その時パンダが動いた』ですか?」
「そうそれ。持ってない?」
「持ってませんよ。誰かさんが急に呼び出したから、そんなもの持ってくるわけないでしょ」
「何その言い草。ものすごい悪意を感じるんだけど」
「…あっ…あのっ」

仕方なしに木佐先輩の戯言に付き合っていると、今まで沈黙を押し通していた小野寺が意を決したように口を開いた。

「お、俺っ、その本持ってます!だから今、家から持ってきます!」
「え?別にそこまでしなくても大丈夫だよ?律っちゃん。無理してまで読みたいってわけじゃないんだし」
「平気です。俺の家、ここから五分の距離にあるんで!」
「あ、ちょっと!律っちゃんってば…!」

木佐先輩の制止を振り切って、可愛い後輩はばたばたと大きな音を立てて部室から立ち去ってしまった。ああ、行っちゃったよ、と苦笑いしながら、木佐先輩はにやにやと視線をこちらに向けてくる。ねえ、嵯峨くん。律っちゃんの家って、ここから歩いて五分だと思う?それとも走って五分だと思う?という意地の悪い質問と共に。

「俺は走って五分だと思います」
「お、美濃。俺と一緒。羽鳥は?」
「…右に同じく」
「じゃあ、嵯峨くんは?」
「…ノーコメントで」
「えー、何それ。つまんなーい」

面白おかしくからかおうとする先輩を無視して、目の前の本に集中しているふりをする。


同じ本を持っているってだけで、走っちゃうほど嬉しいのか、律っちゃんは。ぼそりと木佐先輩が呟く。本当に、大好きなんだね。本が、という最後の部分だけ小声で言う先輩を睨みつけると、逆に三人に穏やかな瞳で見つめ返されてしまった。ああ、だから。



―何が言いたい。







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