よく晴れた日のことだった。
部屋の中には、家族やら親戚やら友人から頂いた花束が散乱。祝いと称して開かれた宴会に引きずりこまれたせいで、全ての体力を使い切ってしまった。
ベッドへと倒れこみ、うつぶせに寝転がっていると、部屋に誰かが侵入する気配。よたよたと立ち上がり出迎えれば、スーパー帰りのトリの姿がそこにあった。
「随分と大変だったみたいだな」
「皆大騒ぎしすぎなんだよ。漫画家デビューが決まったっていうだけで」
「祝う名目には充分な理由だとは思うけどな」
早々に告げて、トリはキッチンにそのまま引っ込んでしまった。
作業台の上には、掲載が決まった大量の原稿用紙のコピー。受賞の電話を貰ったときは、何がなんだかよく分からなくて呆然としてしまったけれど。時間を置いた今は、じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。口ではああ言ったものの、この結果を一番に待ちわびていたのは自分だ。おめでとう、という一之瀬や小日向の言葉に何度泣きそうになったことか。それでもぐっと堪えて笑顔で応対した自分を、今はひたすらに褒めてやりたい。
「吉野」
「ん?」
「デビュー、おめでとう」
突然顔を出したかと思えば、突拍子もなくそんなことを彼は口にする。声を詰まらせたのは一瞬で、すぐにへらへらと笑いながらありがとう、と答えた。すると、何故だかトリは不満そうな表情を浮かべて。
「絶対泣くと思ったのに」
「誰が泣くか!」
自分の心を見透かしたような言葉に、ぶんぶんと首を振った。何年も一緒にいた間柄だから、そんな小さな嘘は勿論彼は見破っているのだろうけど。
…トリの言葉は、まだ戻らない。
お互いの想いを確かめてから、もう間もなく一年が経過する。けれどトリはそれまで一度も、口にすべき言葉を発したことは無い。まあ、それも仕方ないことかと溜息をついた。トリは五年もの間、声を失くしていたのだ。軽く計算してみても、あと四年はかかる結果になる。けれどそれは、自分が蒔いた種。長期戦は無論覚悟の上。
ああ、でも。いつか聞きたいな。いつか聞かせてくれるかな。いつか「好き」って言ってくれるかな。俺の名前を自然に呼んでくれるかな。
お前の言葉、早く聞きたい。
「吉野」
「今度は何だよ?」
「お前が好きだよ、千秋」
…頭の中で散々ついた悪態は勿論声になんかなりはしない。俺の体をぎゅっと抱きしめながら、優しげに囁くようにトリが言った。
ほら。やっぱり泣いた。
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語る言葉を持たないのですが、私はあなたが大好きです
お付き合いありがとうございました!
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