chapter.4-31


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「んーっ! ええ朝っ!」

 少女――イリス・ロアは、何故だか身体の軽さを感じて、鼻歌交じりにスキップしながら甲板を歩き回っていた。
(船が出る前ってなんかめっちゃわくわくするっ!)
 ジブリールでのドラゴン騒ぎのせいで思わぬ足止めを食らい、このアメリから離れられずにいたが、ようやく今日、出発することができるのだ。もちろんアメリだって嫌いではないが、自分はひとところに留まらず、あちこち旅をするのが向いている。それは彼女がこの一年、ギルド「ソルス・マノ」で過ごし、自覚したことのひとつである。
 ソルス・マノは、西大陸南部のミナという国を中心に活動している旅芸人ギルドだ。平たく言えばサーカス団である。イリスはそこで道化師の真似事をしながら生活している。ここにいる人たちは、家出同然に飛び出したイリスを迎え入れてくれた、大事な仲間たちだった。

「お〜い、イリス! こっちのん運ぶの手伝うてくれ〜!」

 若い男女――ロルダンとパウラが船室からこちらへ手を振っている。ロルダンは曲芸師で、パウラは衣装係。この二人はソルス・マノで出会い、ついこの間結婚したカップルだ。おーおー、朝から仲良しですな、とイリスはニヤける頬をそのままに二人に駆け寄る。

「ほいほーい! なに運んだらええん?」

「これを下の階に置いといてくれへん? うちらはまだまだ運び込まなあかんから……」

 そう言って指されたのはいくつかの木箱だ。詰め込みすぎて蓋が締まりきらずに、中身の布が尻尾のように飛び出ている。カラフルな中身からしておそらくテントの周りに立てる旗たちだろう。

「なんやちょろいなぁ! まかしときー!」

 イリスが元気よく答えると、ロルダンはやれやれと苦笑し、パウラはくすくすと笑う。なんだか馬鹿にされた気がして、イリスはムッと顔を顰めた。

「そんなおもろい顔すんなや。昨日それ言うて転んだばっかやろ?」

「気ィつけて運びぃよ」

「わかっとる! わかっとるよもうっ! こー見えて昨日からめっちゃ調子ええんやから!」

 嘘は言っていない。実際昨日(正確には昨日の夕方だ)、三人組の女の人にぶつかってから、妙に身体が軽くなっていた。それまでも別段重いと感じていなかったのだが、この感覚は「身体が軽い」と言う以外になんと言っていいのかわからない。

「ほんまかぁ? おこちゃまイリスにできるんかなぁ?」

「できるったらできるったらできるんっ!! ロルダンのアホっ!! 将来後頭部からハゲろ!!」

 ソルス・マノでの生活に不満はない。しかし強いて挙げるとすれば、一番年下のせいで、こうしてみんなから子供扱いされることだ。もう十三歳になるのだから、そこまで小さい子扱いしなくてもいいと思う。自分のことはだいたいきちんとしているつもりだし、まだまだとはいえ公演にも出演してもいる。イリスとしては、もうすこし対等でいたいと思っているのだ。(もっとも、彼女が子供扱いされているのは、そのそそっかしさから来ている部分もあるわけだが)
 なんてことを頬を膨らませて考えながら、イリスは積まれた木箱の一つを抱えこもうと手を伸ばした。

「よいせっ……とっ!?」

 ばちん。手のひらに電流が走った気がした。反射的に手が引っ込んだのか、ガタンッ! と床に木箱が落ちる。

「なに、いまの……」

 冬に金属を触ってバチッとするアレ。なんて言うのだろうか。あの現象によく似ていた。けれど今はそんな時期でもなければ、あの箱は金属でできてもいない。

「あーもー、何してるんよ〜。今度は落としたらあかんで?」

 パウラがしゃあないなぁと言いたげに、落ちた木箱を元に戻し、しっかりとイリスへと手渡した。今度は先程のようなことは起きなかった。

「う、うん。わかった。気ぃ付ける」

「素直でよろしい。任せたで」

 ロルダンはにっこりと笑みを浮かべ、ぐしゃぐしゃとイリスの頭を撫で、パウラを連れて残りの荷物を取りに向かった。
 残されたイリスはなんとなく腑に落ちないものを感じながら、頼まれた物を運ぶのだった。


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