探偵物語 *






「……お名前は、平子真子さん。歳は?」

「高校生に見えなくもないし、ちゃんとした服装をしたら、もっとずっと年上にも見えるんです、それで……」



目の前にいるのは、思い込みの激しそうな妙齢の女性。こういうタイプは、いいお客さんではあるのだが、話を聞いていると物凄くエネルギーを吸い取られるような気がする。

「わかりました。定期連絡はパソコンへのメール、ということでよろしいですね。何かありましたら、携帯の方へ御連絡致します」

「はい……あの、やっぱり他に女がいるんでしょうか……」

「いや、それは現時点ではお答え致しかねますが」


…………疲れる。

 
友達には、ふざけて「探偵だ」なんて言ってるけど。いや、「自称・探偵」だなんて、ネタの振りしてはいるけれど、実は かなり本気なのだ。

この世界に入る前から、わかってたよ。このテの事務所が、『興信所』だなんて、ロマンのカケラもない名称で呼ばれてることも。その仕事のほとんどが、浮気調査や身辺調査だなんて、つまらない仕事に限られていることも。わかってたよ、ちゃんと。……だけど、憧れてたんだ。



依頼人から預かった写真に写るのは、金髪おかっぱの細身の男性。かなりお洒落で、正直、どちらかといえば地味で真面目そうな依頼人と気が合うタイプとは到底思えない。

……マニアックそうだしなぁ、色々と。

よく対象者が現れるという このカフェも、品揃えがアレな中古盤屋も、一見さんは入りづらそうなバーも。


一瞬、写真に視線を落とし、また対象に目を向けようとした瞬間。

「あ、あれ?」

……見失った?まさか!

身を潜めていた路地裏から、慌てて立ち上がろうとした。その時だ。

「オマエ、誰や」

ひやり、と首筋を掠める冷たい感触。恐る恐る目を遣ると、首筋に刀身の長い刃物が押し当てられている。

……日本刀?まさか、こんな街中で、そんなもの……!


「じゅ……銃刀法違反じゃないですかっ」

必死に押し出した科白。声は裏返って、喉はカラカラに渇いている。背筋が寒くなる感覚と、胸の谷間を滴り落ちる冷たい汗。

……ああ、やっぱり あたしには無理だったんだろうか。
大好きなミステリ小説の探偵たち。憧れていたものとは違うけど、この平和な日本なら大して危険なこともないだろう、なんて甘いことを考えて……。

そんなことをぐるぐると考えていたら、背後に感じていた殺気は、何故だか唐突に すとんと消えた。

「なんや……やっぱアンタ、フツーの人間かい」

「……に、人間じゃなかったら、なんだって言うんですかっ」

……ああ、情けない。声が震える。これでも、いっぱしの修羅場は潜ってきたつもりでいたのに。やっぱり、平和ボケしてるんだ、あたし。武器を持ってる危険な人間を見抜けないなんて。


「スマンなぁ、脅かすつもりなんかなかってん。泣かんといてや、なぁ」


先ほどまで殺気を放っていたのと同じ人間とは思えないほど穏やかな声。その場にへたり込んでしまった あたしを宥めるように、ぎゅうっと抱き締める腕。

長い指先が目元を拭う。クリアになった視界に映るのは、写真と同じ金色の髪。……けれど写真の皮肉な笑みとは違って、腕の中の あたしを見下ろす目は、やたら優しい。


「……ごめんな」

その言葉と共に、顔に吹き付けられるスプレーのようなもの。

その後の記憶は、なんだか曖昧で、よく覚えていない…………。



   *   *   *   *   



「……ホンマに、何考えとんねん!ハゲ真子!あれやろ、100年も現世におって平和ボケしとんやろ!」

「やかましいわ!悪かった言うとるやろ!」

「……で、どうするのさ。その子の持ってたバッグの中身、調べさせてもらったけど。……浮気調査って、何やってるの、君」

「浮気も何も、彼女なんかとちゃうわ!……あれやろ。ストーカーいうヤツやろ?多分その依頼人て、最近、よおカフェで話しかけてくる子ぉやわ。会話すら、トータルで30分話したかも怪しい、言うねん」

「おーおー、こないなハゲにストーカーて、世も末やなぁ。……で、どないすんねん」

「そら……面倒やから、その依頼人に記換神機 使て記憶入れ替えて、それから……」



   *   *   *   *   



……結局、依頼は失敗した。

対象者に見つかってしまい……そもそも、その依頼人自身がストーカーだったことが発覚。

それで散々揉めた末、あたしは事務所をクビになった。
 

しかも…………。



「帰ったでー!おやつ買うてきたで、食うやろ?」

「ここは、あたしんちだっての」

「ええやん、別に。カタイこと言いっこなしや」

へらへらと笑いながらガサガサとコンビニ袋を漁り、シュークリームを差し出す真子。

あの浮気調査の一件以来、何故だか気に入られてしまったらしく、とうとう あたしの部屋に転がり込み、今では半同棲、という状態だ。


……正直、あの日の記憶はおぼろげで、よく覚えていない。


「……ねえ、ホントに あの時、日本刀みたいなの持ってなかったの?」

「せやから、言うたやろ?俺を見張っとる途中で、オマエ貧血で倒れてん。その時に見た夢なんちゃうんか?」

「夢……」

……にしては、妙にリアルだったけど。首筋に触れた刀身の冷たさや、殺気を放つ真子の声……。


「夢、か……。そういえば、その夢の中で、凄く優しく真子に抱き締められてたような……」

ぽろっと口にした自分の科白に思わず赤面した あたしを見て、真子はニヤリと笑う。

「それは、貧血で倒れた時の記憶なんちゃうか?……それとも」


あたしを引き寄せ、あの日の夢のように ぎゅっと抱き締める真子。

「……正夢やったのかもしれへんな」


……まあ、どっちでもいいか。

ぼんやりとした記憶。それは今となっては、酷く優しい幸せな夢だった気すらしているのだ……。
 

考えるのをやめて目を閉じた あたしの唇を真子の唇が そっと塞いだ。



(2010.10.02. up!)



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